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第二十一話 三好長慶(2)

 ◆


 三好一族の歴史はなかなか悲惨である。

 三好長慶の曾祖父(そうそふ)三好之長(ゆきなが)は細川高国との戦いに敗れ斬首されている。

 祖父の三好長秀(ながひで)も細川高国との戦いで之長より先に敗死している。

 父の三好元長(もとなが)は細川晴元の重臣であったが、同族の三好宗三(そうぞう)と対立し、晴元に(うと)まれ、一向一揆の大軍に攻められて壮絶な自害で果てている。


 長慶以前の三好三代は、細川京兆家のお家騒動である両細川の乱に翻弄(ほんろう)され、その全員が無残な死を迎えているのである。

 というかこの有様で、何で三好家は滅亡してないんだ? 普通なら滅亡してる状況じゃね?


 だが、三好家は讃州(さんしゅう)細川家(阿波守護(あわしゅご)細川家)の有力被官であり、細川京兆家と阿波守護細川家に両属する形であったのだ。

 京兆家の細川晴元と対立しても、阿波守護細川家の支持を失ってはいなかったのである。

 当主を次々に失っても三好家の本領である阿波の地盤を失うことはなかった。


 三好長慶は若年でありながら親の(かたき)であるはずの細川晴元に臣従し、これまた親の仇の本願寺と細川晴元との和睦を仲介するなど狡猾な動きをなして頭角を表し、摂津の越水城(こしみずじょう)を得て、今また細川晴元の麾下として1万の軍勢で京を占拠しているのである。

 三好長慶が稀代(きだい)の英傑であることに疑いはないであろう。


 幕府や京における三好家の評価は低い。

 それはなぜか? 幕府の幕臣や、幕府を牛耳る京兆家の内衆などは主に畿内の人間である。

 三好家は四国の阿波の国人であり、畿内の京兆家内衆からすれば地方のいわゆる田舎者の扱いであった。

「田舎からはるばるお越しやす」ということである。

 一見(いちげん)さんお断り、ぶぶ漬けでもいかがどすか? と京の排他的なところは今も昔もということであろう。


 それに三好家はやり過ぎたのだ。

 曽祖父の三好之長は応仁の乱で暴れまくり、かつ土一揆の煽動なども行った。

 京の人々からすれば三好の者は厄介者なのである。


 両細川家の乱は大雑把に言ってしまえば、細川家の内衆の畿内勢力と四国勢力との権力争いである。

 細川晴元は四国勢であったが、足利義晴との協調路線を選び畿内勢力と妥協した。

 三好元長は四国勢力の代表的存在であったが、畿内勢力から排除されて悲惨な死を迎えた。

 細川氏綱は高国派の畿内勢力を従えている。

 もっとも、打ち続く細川家の内乱により細川家の内衆はすでにボロボロであったが……


 三好長慶はその反省からだろう、今は畿内に地盤を築くことに腐心している。

 摂津の越水城を基盤に摂津衆との繋がりを強化し、もはや三好家は四国だけの勢力とは言えなくなっている。

 また堺衆とも繋がりを持ち畿内に確たる地盤を整えつつある。

 やはり三好長慶は一廉(ひとかど)の人物である。


 それに俺は知っているのだ。

 これから織田信長の登場までは畿内の覇者が三好長慶になることを。

 三好長慶との全面対決に益はない。

 公方である足利義藤様と三好長慶との妥協が当面の、そして最大の俺の方針なのである。


 ◆


 準備を整えた大館晴光殿と俺は公方様よりの使者として、三好長慶が陣を張る洛中の相国寺に向かった。

 考えて見れば戦国大名級の有名人に対面するのは初めてだ。

 織田信秀に会ったのも嬉しかったが、三好長慶の方が現状では格上である。

 まだ畿内の支配者として君臨する前ではあるがミーハーな気分で少し楽しみになってしまう。


 本堂と思われる場所の上座に通される。

 敵対している相手ではあるが幕府の正使であるため上使としての扱いは受けられるようだ。

 まずは安心する。

 儀礼も分からぬ相手とは交渉など望めないからな。

 三好家の過去などに思いをめぐらしながら待っていると、甲冑姿の武将が入って来た。


(き、金髪だー!)


「三好孫次郎範長(まごじろうのりなが)に御座る。公方様の御使者に対してこのような無粋な姿で出迎えたことをお詫びする。今、陣中を見回っていたところでありましてな」


 そういって三好長慶(範長)は兜を脱いだ。

 あ、良かった。黒髪だ。金髪に見えたのは兜の飾りの毛皮か何かであったのだ。

 うん、ちょっとびっくらこいた。


「このたびは公方様よりの使者を我が陣に迎えられこと恐悦至極に存じあげ申す」


 三好筑前守長慶と名乗るのはもう少し後のことであり今は孫次郎範長である。

 大館殿が使者の口上が述べる。

 特段変わったことのない型どおりの挨拶である。


「公方様の御使者を迎えるにはこのような場所は無粋である。私も着替えてすぐに参りますゆえ、使者の両名には別室にてお寛ぎ頂きたい。陣中なればたいしたもてなしはできかねますが、簡単な宴席を設けましょう。ごゆるりとお(くつろ)ぎ頂きたい。おい、案内(あない)差し上げろ」


 三好家の者に案内されて別室に通される。

 さて本番はこれからだな。


「それがしは三好弓介長縁(ながより)と申します。以後お見知り置きをお願い奉ります。当主孫次郎が戻られるまで少々お待ちくだされ」


 30歳か40歳前ぐらいの壮年の人物だが、三好家の誰であろうか? 三好一族は人数が多い上にこの時代名乗りをころころ変えるからよく分からないのだ。


大館(おおだて)左衛門佐(さえもんのすけ)にござる。お手数をお掛けしますな」


「細川与一郎と申します。若輩者ですがよろしくお願いします」


「お若いですな。左衛門佐殿の縁者に御座りますかな」

 うーんやっぱ若いから舐められているかな。


「与一郎殿は若輩ながら御部屋衆を務め公方様の近侍(きんじ)としてご活躍の身。此度(こたび)も公方様直々のご指名で参っております」大館晴光殿が俺のフォローを入れてくれる。


「それは大変失礼しました。田舎者ゆえお許しくだされ」


「気にしないで下さい。若輩者ですので、この度は勉強のつもりで参りました。今日を縁によろしくお願い致します」


「お許しくださり有難う御座ります。我が殿の準備も整ったころに御座いますれば、もう少しごゆるりお待ちくだされ」


 三好弓介殿はばつが悪かったのか席を外し、奥へと下がっていった。

 額がピクピクしていたけど生意気な若造とでも思われたかな。

 どこまでが額なの分からないぐらい髪が薄かったけど。


「あまり歓迎はされてはおりませんかな?」晴光殿が俺に呟いた。


「我々は三好軍に包囲されている身ですからね。形はともあれ何が上使だと思われても仕方はないかと。あの甲冑姿もおそらくは威嚇の意味もあるのでしょう」


「そんなものか……」


 大館晴光殿は出来た人で偉ぶることもなく、また穏健派(おんけんは)で三好家と事を構える人物ではないので穏便に済ませたいのだろうけど、ごめんね。

 今の内に心の中で謝っておく。


 そんなことを話しているうちに略服に着替えた三好長慶と先ほどの三好弓介殿が部屋に入って来た。


「お待たせしましたな、左衛門佐殿。お父上の常興(じょうこう)様はお元気であらせられますかな?」


 三好長慶が大館晴光殿に親しげに話しかける。

 両者は面識があるのだろうか。


「父常興は歳のためか近頃は()せることが多くなっておりまする」


「それはいけない。お見舞いの品を用意させますのでよろしければお持ち帰り頂きたい。この孫次郎、河内(かわち)十七箇所(じゅうななかしょ)の裁定のおりのご恩は忘れておりませぬ。常興様にはくれぐれもよろしくお伝え頂きたい」


「父を心配くださり痛み入りまする。その言葉を聞けば父も喜ぶことでしょう」


 河内十七箇所というのは河内の国、今の大阪府東部にある荘園群(しょうえんぐん)である。

 肥沃(ひよく)な土地で古くから有力者の争奪戦が繰り広げられた。

 室町期には幕府の御料所となりその代官職に長慶の父である三好元長(みよしもとなが)(にん)じられていたが、その死後同族の三好宗三(みよしそうぞう)政長(まさなが))に代官職が奪われる形となっていた。


 三好長慶は三好家の惣領(そうりょう)として父の遺領(いりょう)である河内十七箇所の返還を求めたが、細川晴元は側近であった三好宗三の領有を認め長慶への返還をしなかった。

 そのため三好長慶とその主筋である細川晴元は対立することになった。


 この両者の対立の際に幕府は仲裁にあたり、当時内談衆であった大館常興(尚氏(ひさうじ))が河内十七箇所は三好長慶に返還すべしとの裁定を行なっている。

 結局、十七箇所は長慶に返還されず、代わりに摂津国(せっつのくに)越水城(こしみずじょう)が長慶に与えられる妥協案(だきょうあん)で決着した。

 だが細川晴元の側近として重用される()()の三好宗三と()()の三好長慶との対立は残り、それが今後の歴史を動かしていくわけであるのだが……


 ◆ 

【三好長慶(3)へ続く】

いや、まじで1日2話投稿とか限界を超える……


限界を超えろという鬼のような方は、

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