第二十話 北白川城入城(2)
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「藤孝。この挙兵どう見る? 父は細川氏綱を支援するための挙兵であると言っている。ここには新二郎とお主しかおらぬ。遠慮のう申してみよ」
いそいそと義藤さまの部屋の拭き掃除をしていたら、義藤さまに質問されてしまった。
あそこまだ拭いてナーイとか思ったが、諦めて座って質問に答える。
「はい。実際に細川晴元方の大勢力である三好長慶を摂津や河内の戦場から引き離し、この北白川城に引き付けております。細川氏綱を支援するという挙兵の目的は果たしているといえましょう。ですが、この戦で細川氏綱に勝機はありませぬ」
「どうしてそう言い切れるのだ?」
「今この城を包囲している三好勢の存在です。その兵力は1万に達しています。摂津や河内の防衛に兵を残しての1万です」
とりあえず、身振りで義藤さまにマスクを取るように伝える。
残念そうな顔をしながら、しぶしぶマスクをはずして義藤さまが答える。
「だが、その三好長慶はここ北白川に居るではないか。三好勢が居らぬ間に細川氏綱方が細川晴元を討てばよいのではないか?」
「細川晴元はあれでいて逃げ足だけは(マジで)速いのです。それに三好長慶はいつまでもここには居ますまい。我々には三好長慶を引き止めうる兵力がありませぬ。追撃をかける兵力もありませぬ」
「だが近江より六角定頼の援軍が来れば三好長慶は動けまい」
「果たして六角定頼殿がお味方いたすかどうか……細川晴元は六角定頼の娘婿です(養女だけど)。定頼殿が晴元に敵対する理由が今のところありません」
「じゃが、定頼殿は大御所に長年仕えた忠臣ではないか。大御所様を裏切るわけがなかろう。それにわしの烏帽子親で管領代になるのだぞ」
「考えても見て下さい。細川氏綱が晴元を打ち破り管領になったとしましょう。六角定頼になんの得がありますか? 六角定頼としては晴元の舅として幕政に関与できる現状の方に利があります」
「何も利のみで動くわけではあるまい。六角定頼殿の忠誠に期待しても良いのではないか?」
「義藤さま。六角定頼は大御所様を擁立した前管領の細川高国殿を最終的には見殺しにしていることをお忘れなく」
「むう……」
「挙兵するならば、六角定頼の兵が来てから、確実に勝てる状況を作ってからでなければならなかったのです。――」
『算多きは 勝ち、算少なきは勝たず。しかるにいわんや算無きにおいてをや。われ、ここにおいてこれを観るに、勝負あらわれん。』
「――戦とは条件がそろっていれば勝ち、そろっていなければ負けます。勝算がない戦や、どのように勝利するかを考えてもいない戦は論外です。彼我の戦力を検討し、客観的に見れば勝敗は自ずと分かるものです」
「……孫子か」
「将たるものは、勝ち目のない戦をしてはならないのです」
「我らに勝ち目はないのか?」
「非常に厳しいでしょう。四国より三好勢が上陸したのが昨年の秋と聞いております。それ以降、細川氏綱方は兵力で劣勢となり不利な状況とのこと。氏綱方は京の支配にも失敗し、今の所は勝てる要素がありません。その状況を打開したくての大御所様の挙兵なのでしょうが、わずかな兵で城に篭っても戦局を変える力になりえるかどうか……」
「六角勢が来れば兵は互角と言えるのではないか?」
「六角勢がまことに来援するのであれば、であります……」
嫌な沈黙が流れる。
新二郎はおろおろしている。
もしかしたら話がわかっていない可能性があるな……うん、あの顔はただの筋肉馬鹿かもしれん。
腕っ節とその忠誠心は頼りになるが、頭も筋肉かもしれぬ。
今回は脱出するタイミングを逃したようだが、哀れなり。
沈黙が嫌なので、話を続ける。
「もともと、この戦はする必要がないのです。細川晴元と氏綱の争いは、しょせんは細川京兆家の中だけのこと。大御所様や公方様が関わる謂れはございません。極端なことを言えば、勝った方と手を握るだけで良かったのです」
「そのようなこと今更になって父上に言えぬわ!」
めずらしく義藤さまが声を荒げる。怒った顔も可愛いが……
「この戦に唯一勝てる方法があるとするならば。眼前の三好長慶をお味方にするほかありますまい」
「なんじゃと。馬鹿な。そんなことが出来るわけないであろう!」
「……」
「あ、いや。別にそなたを愚弄するつもりはないのだ。すまぬ。少し驚いてな」
「三好長慶は義藤さまにとっては敵でありますか?」
「敵であろう。現に我らを包囲しているではないか」
「それは、我らが挙兵に驚いた細川晴元が差し向けたもの。あえて申し上げます。大御所様が敵にされたのです。三好長慶は主君である細川晴元の命令に従っただけのこと。大御所や公方様が憎くて兵を向けているわけではないことを理解してくだされ」
「あまり父上を悪く言わんでくれ……」あ、義藤さまが涙目だ。
いかーんやり過ぎたぁ、俺の馬鹿者ぉ!
おい待て新二郎! 刀を抜こうとするな。
分かってる、分かってるってば!
「私こそお耳汚しな話で申し訳ありませんでした。ですが三好長慶に使者を出すことは検討して頂ければ幸いです。味方に引き入れることは難しくとも三好麾下の乱暴狼藉を抑えることくらいは交渉出来るやもしれません」
(三好軍に洛中で暴れられると商売あがったりなんですとはいえない)
「ん……」
「申し訳ありませんでした。少し言い過ぎでありました。ご機嫌直しに新作のお菓子などはいかがですか? 今すぐ焼いてまいりますので」
「……うん、食べる。早く焼いてくるがよい」
「ご注文ありがとう御座います♪ お客様少々お待ち下さいませ〜」
少しおどけて言って、脱兎のごとく、台所へ走っていく。
走りながら思うのだ、少し失敗したと……。
だがこれも剣豪バカ殿化阻止計画の一環であるのだ。
考えることを覚えてもらわなければならないのだ――今回も間違いなくやり過ぎたけどなー。
義藤さまの部屋を出たところで追いかけて来た新二郎からニードロップを食らった。
でもまあ反撃はしないでおいた。
新二郎が怒るのも仕方が無いからな。
今回はあえて受けておこう……何も全力でやってこなくても良いではないかと思ったが。(マジ痛い)
とりあえず、新作のお菓子である『蕎麦ボーロ』をあげたら義藤さまの機嫌は直った。
だが、なにかこう、餌付けしているようで申し訳ない気になってしまう。
「この『蕎麦ぼーろ』と申すものなかなか美味いな♪ どういうものじゃ?」
「はい。これは卵に蕎麦粉と小麦粉、メープルシロップを混ぜて焼いた物になります。煎餅と同じようにお菓子として作りました」
蕎麦ボーロは商品名では「蕎麦ほうる」、「蕎麦ぼうろ」、「蕎麦ボーロ」などの名称で売られているお菓子だ。
ボーロの名のとおり卵ボーロと同じく南蛮菓子に分類されることもあるが、日本の京の『総本家 川道屋』や『丸太町かわみち屋』などで今も売られる伝統の和菓子でもある。
北白川城に篭城するであろうことを知っていたので、兵糧代わりに作った保存食の一つである。
1回焼いてつくればまあ1、2週間ぐらいは持つ。
卵を使うので篭城初期にしか作れないのが難点である。(現代で食べる場合には賞味期限をしっかりお守りください)
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総本家河道屋 「蕎麦ほうる」
丸太町かわみち屋 「蕎麦ぼうろ」
どちらも現在の京都で蕎麦ボーロを売る老舗の和菓子屋である。
河道屋の先祖は平安遷都のころからの京の人といわれ、江戸時代から蕎麦屋を営んでいた。
「蕎麦ほうる」は明治初期に河道(植田)安兵衛さんが考案し小麦、蕎麦粉、砂糖、卵を材料に作られた。
かわみち屋はその河道屋からのれん分けしてできたお店だという。
どちらが美味いかはその人の好みもあると思うので、是非京都に行ったらどっちも食べて味比べをしてみよう。
――謎の作家細川幽童著『そうだ美味しいものを食べよう♪』より
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「新二郎も食べるがよいぞ。だが今後、わしに黙ってお菓子を持っていくのは禁ずるからな」
「バレてただろー」
――篭城中のため東求堂ではないが、相変わらずこの三人での空間は平和そのものであった。
城下では三好長慶率いる大軍が包囲しているのだが、戦う気のない俺にはほとんど関係がないはずであったのだ……
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