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第十八話 伊勢伊勢守(2)

【伊勢伊勢守(1)の続き】

 ◆


 さらにその翌日も、いそいそと新作料理を作りなおして、今日こそはと心のオアシスに向かったのであるが、さらに難儀な敵が俺を待ち構えていた。

 昨日は幕府の役儀について揉めたりしたのだが、本日のお相手は()()()()()()()()といってもよかった。


 東求堂(とうぐどう)へ向かう俺を見つけた、松田(まつだ)飯尾(いいお)諏訪(すわ)治部(じぶ)中澤(なかざわ)ら「ブギョーズ」、いわゆる奉行衆(ぶぎょうしゅう)祐筆方(ゆうひつかた))の集団に取り囲まれ、俺はジョッカーに捕まった仮面を被ったライダーのようにいずこかへ連れ去られてしまったのである。(イー! イー!)


 連れ去られた俺はどこかの武家の屋敷の一室に座らされていた。

 残念ながら悪の軍団の秘密基地とかではないようだ。

 有無をいわさず連行するという手荒い手段ではあったが命を取られるといった危険はあまり感じられない。

 そこに一人の壮年の男が現れ俺の正面に毅然とした態度で綺麗に正座で座った。


伊勢伊勢守(いせいせのかみ)である」


 どうやら話し合いですみそうではある。


「お初にお目にかかります。細川刑部少輔(ぎょうぶしょうゆう)が子、与一郎藤孝であります。お見知りおきのうえ、お引き立て賜りますようよろしくお願い(たてまつ)ります」


「……一応、礼儀作法は習っているようではあるな」


「恐縮であります」


 この男の名は、伊勢伊勢守貞考(さだたか)だ。

「いせいせのかみ」という駄洒落みたいなふざけた官途(かんと)名だが、長年に渡り幕府の台所を預かり支えてきた、室町幕府の「政所執事(まんどころしつじ)」を代々世襲する名家、伊勢伊勢守家の当主である。


 伊勢家は鎌倉時代より足利宗家に内衆(うちしゅう)として仕えた譜代(ふだい)家臣の家柄であった。

 足利義満の教育係を勤めた伊勢貞継(さだつぐ)が政所執事となり、その後も代々の将軍の養育係を務め、政所執事職を世襲化し、室町幕府においてその権力は絶大なものとなる。

 また「伊勢流(いせりゅう)」という武家故実(ぶけこじつ)に優れる家でもあり、武家社会においては「礼法(れいほう)の家」としても名声を得ている。


 室町幕府における政所とは、幕府の財務を預かり、所領の管理や所領の紛争、借財などの訴訟を取り扱う。いわば大蔵省と法務省になる。

 室町幕府が崩壊し侍所など他の機関がまともに活動しなくなっても、いまだにその統治能力を維持し続ける幕府の『最強機関』であったりする。


 その長である政所執事の職は室町初期には、あの婆沙羅(ばさら)大名の佐々木道誉(どうよ)二階堂(にかいどう)氏が担っていたが、今や伊勢家の独占するところとなっている。

 伊勢家は室町幕府の中枢である政所を掌握し、その執事代や奉行衆を率いる悪の組織の親玉なのである。(個人の一方的な主観です)


「淡路与一郎殿。公方様のお気に入りだからと言って、あまりやりたい放題されるのはいかがかと思うのだが?」


「こ、これは伊勢守様。やりたい放題とはいったい何のことでしょうか? 私にはそのようなこと身に覚えがありません」


「これはこれは、お(とぼ)けが上手であるようだな。織田弾正の饗応の件、その方が公方様に働きかけ、進士家よりその職務を強引に横取りしたと抗議の声があがっていると聞き及んでおる」


「それは進士美作守殿、大草三郎左衛門殿に説明しご納得頂いております。織田殿の饗応につきましても公方様がそれがしの料理を気に入ってしまったがためであり、私が進士家から強引に職務を奪ったというは誤解にあらせられるかと」


「ほう、誤解であると申すのか」


「はい。私自身は饗応役に興味はありませぬ」


「……では、その織田殿に毛氈鞍覆(もうせんくらおお)いに赤傘袋(あかかさぶくろ)の使用の許可を与えるなどと、公方様をそそのかした不埒(ふらち)な者が居たと聞くが、もはやその方ではないであろうな?」


 うぐぅ。


「そ、それはそれがしにござりまする」


「ほほう。これも誤解といい逃れるかと思いきや認めるか。ただ、どういった魂胆(こんたん)でそのような世迷言(よまいごと)を大御所様や公方様に吹き込んだのであるか?」


「世迷言でありますか?」


「そのように申したが?」


「織田弾正忠(だんじょうのちゅう)殿は自ら上洛し幕府へ忠義の心を示し、多額の献金を納めたとお聞きしました。朝倉家を守護と認めた前例もありましたので、その思いに幕府が(こた)えることも有りやと考えました(よし)にございます」


「それは心得違いというもの。かの朝倉孝景(あさくらたかかげ)公はさきの応仁の大乱で大功を上げ、室町殿に厚き忠義をお示しすること大であった。分家の分家のそのまた分家の織田弾正と朝倉家の嫡流とでは家格に違いがありすぎる。幕府の秩序やお家の家格をもそっと考慮すべきだと思わないとは……まだお若い淡路与一郎殿には無理からぬ話かな」


 家格なんぞ朝倉も元はたいしてねーし、それに越前朝倉家も分家だろうが、朝倉の本家は但馬(たじま)かどっかにいたわ。

 そうは思うのだが、それを言ってしまったらさらに面倒なことになるのは明らかなので黙っておいた。


 俺の沈黙を敗北と受け取ったのであろう、()()()()は畳み掛けて来た。


「その方は織田弾正の申次になったとも聞いたが、今後も不必要に織田家に肩入れすることの無きよう、幕府の秩序というものを考えて動くよう心がけることである」


「はっ、以後気をつけます」


「たしか、もみじ饅頭とやらと申したか。何やらあの件も政所を通さずに公方様に直訴したとか。これもあまり感心できるやり方ではなかろう。奉行衆より強引であったと抗議の声も聞いておる」


「あ、あれは、饅頭屋宗二(まんじゅうやそうじ)殿に頼まれた口利(くちき)きを行ったにすぎません」


「ほう、何やら与一郎殿から甘い香りが漂っておるが、口を利いただけだと(たばか)るか」


「ええ……甘い香りとは一体何のことやら」(バレてーら)


 戦国時代だけど毎日湯浴(ゆあ)みをしているわ。自作の石鹸で体を洗ってもいるわ。

 それに吉田家の風呂は、かの明智光秀がわざわざ借りに来たぐらい立派なんだぞ。(この時代は風呂というよりはサウナに近いです)


「若輩の上、養子でもあればまだ分からぬことも多いようだが、あまり派手に動くと、淡路細川家のためにもならぬことを覚えておくがよかろう」


 お前も「養子」だろうが! とは、口が裂けても言わぬが吉だろう。


「まあよい。ではあまり政所を(ないがし)ろにせぬようにと、饅頭屋とやらにもしかと伝えることだな」


「饅頭屋宗二殿が政所を蔑ろにしているとは思いませんが、政所の皆様には日頃のご苦労に(むく)いるため、ご機嫌伺いに(さん)じるようしかとお伝えしておきます」


「殊勝な心がけではある。吉田兼右(よしだかねみぎ)卿を見習い、もう少し上手く立ち回ることを(おぼ)えたが(よろ)しかろう。まだお若い淡路与一郎殿には難しきことかもしれぬがな」


「はっ、若年なればご迷惑をお掛けいたします。今後ともご指導よろしくお願い奉ります」


「ふむ。どうやら淡路与一郎殿はお若い公方様に()くう奸臣(かんしん)というわけではないようであるか。わしの誤解であったようだ。今日はお互い実りのある話ができた。今後とも幕府のためによく励むことである」


「はっ、誤解が解けましたようでそれがしも安心した気持ちでございます」


「ふむ、誤解が解けた祝いに酒でも酌み交わしたいところであるが、あいにくと政所にはよい酒がなくて残念である」


「わたくしめが、よい酒を知っておりますので後日、政所へ届けさせましょう」


「吉田の神酒であったか。政所で働く祐筆方どもも喜ぶであろう。誠に殊勝な心がけである」


「はっ」


「淡路与一郎、ご苦労であった下がるが良い――」



 ――ようやく解放された俺が屋敷から出ると、そこは京のど真ん中であった。

 室町幕府の政所、すなわち伊勢伊勢守邸の門前である。

 大御所や公方様が東山(ひがしやま)慈照寺(じしょうじ)に留まろうが関係なく、政所は変わらずここで動くというわけか……不遜だな。


 用が済んだら帰りは勝手に帰れということらしいが……遠いな。

 しかたなく吉田神社まで歩き出す。

 上京の淡路細川の屋敷は荒廃しているし、公方様が慈照寺に居るので、俺は相変わらず吉田神社に居候しているのである。


 なーにがお互い実りの話だよ。俺が一方的にむしり取られただけじゃねーか。

 メープルシロップの件では時間が無かったとはいえ、少し派手にやり過ぎたかな。

 それに織田信秀の饗応役も公方様に頼まれたとはいえ、迂闊(うかつ)だったようだ。

 いろいろ派手に動き過ぎて、政所執事様に目をつけられてしまったか……


 ろくに体力がなく虫の息な室町幕府ではあるが、その中で権力を握ろうとする者。

 その中で仕事にしがみつく者。室町幕府がこの先も続くと思って疑わない者。

 何も考えない呑気な者。室町幕府を食い物にする者……まあいろいろ居るわけだ。


 室町幕府を牛耳(ぎゅうじ)るなんて夢のまた夢だなこりゃ。

 何かやるとこう抵抗されるわけだからな。先が思いやられる……


「とにかく疲れた……」


 俺の(すさ)んだ心のように空からは雨も降って来る。

 俺は打ちひしがれてずぶ濡れになりながら洛中をトボトボと独り歩くのであった。

 室町の空にはまだ暗雲が立ち込め、日の輝きが差すことは無かったのである――

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