第十六話 マネーの虎(2)
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足利一族随一の名家である、いわゆる「斯波氏」の宗家である「武衛家」は室町幕府における三管領家の一つとして栄華を極めた。
だがその武衛家は応仁の乱を前後して壊滅するのである。
(武衛とは唐名で兵衛督のことであり、代々当主が任官したため武衛家と称された)
斯波氏の9代当主の斯波義健が後継者のないまま早世した。
そのため一門の大野斯波家から斯波義敏が養子として宗家に入り武衛家の家督を相続することになった。
ここまでは良くある話なのであるが、この後から武衛家はマジで意味が分からないことになる。
まず、斯波義敏が守護代の甲斐氏と対立して内紛を起こしてしまう。
それにより関東計略を台無しにされた時の将軍足利義政が激怒し、何故か堀越公方の執事であったとされる渋川義鏡の子の斯波義廉が斯波家の家督となってしまう。
その後は、斯波義敏とその子の斯波義寛、それに渋川氏出身の斯波義廉との間で斯波家の家督があっちにいったりこっちに来たりしてグチャグチャになるのだ。
この斯波家の家督継承の問題は応仁の乱の原因ともなり、最終的には血筋がよりまともな斯波義寛の系統が武衛家の嫡流に落ち着くのだが、武衛家は衰えきってしまいその領国支配は壊滅する。
そんな武衛家ではあるがかなりのメーモン(名門)なので越前、尾張、遠江と三ヶ国もの守護であった。
その武衛家の領国の守護代としては越前、遠江の守護代である甲斐氏、尾張の守護代である織田氏が居た。
武衛家の家臣の序列としては甲斐家が一位、織田家が二位、朝倉家が三位とされる。
朝倉家は今や越前の守護ではあるが、元々は織田家の方が上だったとも言われるのだ。
朝倉家は応仁の乱において朝倉孝景が西軍から東軍に寝返るなどして、その影響力を高め、その後、斯波家と甲斐家を越前より追い落として守護となる。
いわば下克上の先駆けなのである。(朝倉家は越前の守護代であったという説もあります)
越前の太守としてふんぞり返る朝倉家だが、どこからどう見ても下克上そのもので、北条早雲や斎藤道三、宇喜多直家なんぞより下克上の代名詞は朝倉じゃね? とか思っていたりする。
朝倉家が今はそう見られていないのは、その後に朝倉家が室町幕府を支援することに多くの功があったからではある。
尾張の国の守護代となる織田家は元々は越前の国の二宮である劔神社の神官であったとされる。
越前を本国とした武衛家の被官となり、武衛家の尾張守護就任にともない越前から尾張に移り住んだといわれる。
その当時の守護は在国せずに、京に居たため織田氏は武衛家の下で尾張の国の守護代となり尾張に土着した。
尾張の守護代を代々受け継いだ織田家の宗家は伊勢守家と呼ばれ、主君の斯波氏と共に在京することが多かった。
そのため織田家の宗家は分家に尾張を統治させ、その家系が又守護代の織田大和守家となる。
応仁の乱とその原因の一つである斯波家の家督争い「武衛騒動」で、斯波家はぐちゃぐちゃとなるが、尾張は上四郡を織田伊勢守家が支配し、下四郡と正式な尾張守護代職は織田大和守家のものとなる。
(下四郡のうち知多郡と海東郡については諸説ある)
ちなみに遠江では、駿河の今川家と争い今川義忠を討ち取るなどするのだが、尾張守護代の織田氏が遠江への出陣を拒み、最終的には斯波義達が今川氏に大敗し、遠江は今川氏が支配することになる。
甲斐氏はいつのまにか歴史から消えてしまう……哀れなり。
正式に守護代となり、武衛家の当主を擁した織田大和守家から、その一門に大和守家の家老を務める家が三家生まれる。
因幡守家、藤左衛門家、弾正忠家の俗に「清洲三奉行」と呼ばれる家である。
その一つが今回上洛してきた織田信秀の「織田弾正忠家」なのである。
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一気に武衛家と織田家の説明をしていたのだが、義藤さまに睨まれた。
「ふーじーたーか! 長いわ」
「……は?」
「藤孝、お主の話は長くてくどいのじゃ。もそっと簡潔に言うがよいぞ」
「も、申し訳ありませぬ。では――」
斯波がバカやってお家壊滅。
甲斐は消え、越前朝倉、尾張織田。
織田の中では信秀サイキョー!
「――以上です」
「うむ。簡潔でよろしい♪ これからもそうせい」
「ど、努力いたします」(一生懸命説明してるのに……)
「でだ、その織田信秀とやらが今の尾張では第一人者なのだな?」
「はい。家格としては大分下になりますが実力は相当あります。尾張で今最も勢いのある者と言っても良いでしょう。その勢いは尾張にとどまらず、隣国の美濃や三河にも出兵していると聞き及んでおります」
義藤さまは織田信秀についてはあまり知らない感じだな。
まあ無理もない。全国的にはまだ無名だろう。
「それで半国守護代の家老ごときがなぜそんなに実力があるのだ?」(正確には守護代の家老)
「当主の織田信秀は戦も強いと聞きますが、最も評価すべきはその経済力であります。朝廷にもかなりの献金をしているとの話です」
「勤皇家であるのか?」
「……家格の低き家ゆえに家名を上げるための策とも考えられます」
「しかし半国守護代の家老ごときが、そんなに多額の献金ができるものなのか?」
義藤さまは各大名家や各国の動向などに興味が無いというわけではなさそうだ。
教える者が居ないだけということであろうか。
「いろいろと理由はありましょうが、多額の献金ができる最大の理由は銭の出所を抑えていることが大きいかと」
「銭の出所?」
「津島湊、熱田湊にございます」
「津島? 熱田?」
「伊勢湾に面する湊町(港湾都市)であります。津島社、熱田神宮もあり信仰を集める土地でもありますので人の往来も多き土地です。海上交通、河川交通、そして陸上交通の要所であり、町は湊としても市としても栄えていると聞き及んでおります」
「町を支配することで銭が入るのか?」
「それは幕府も同じことをしております。幕府も京の町の土倉・酒屋から税を取っております。大津などの湊からは津料も取っております」
「そういうものであるか」
「ですが普通の守護や国人領主などは土地からの年貢を中心に考えております。都市を支配してそこから税を徴収することを考える大名は少のうございます」(織田と上杉が有名かな)
「うん、なにやらわしもその織田信秀とやらに会うのが楽しみになってきたぞ。お主は織田家についてやたら詳しいのでやはり同席せよ。いや宴席の方がよいか、面白き御仁のようだからお主の料理でおもいっきり歓待してやれ。どうせなら、わしもお主の料理が食べたいからな」
「は?」
「堅苦しい挨拶だけの儀礼は嫌なのじゃ、どうせなら宴もお主の料理を味わいながら楽しくやりたいのじゃ。膳は急げじゃ、ちと父上と相談してくるぞ〜♪」
「ちょおまっ――」
ちょっとお待ち下さいの声もむなしく、あの食いしん坊将軍は何か楽しげな顔で飛んで行き、はるか彼方に消え去ってしまった。
慌てて追う新二郎の足音が聞こえたりもする。
数刻後、戻って来た我が主が俺に告げる。
「織田信秀とやらをお主の料理で歓待することに決まったぞ。大御所様とそう決めたからな、天ぷらや蕎麦に鰻重にほっとけーきとやらも出すんだぞ♪」
「……宴の予定は明日の夕刻ですか?」
「うむ。そうじゃよろしく頼むぞ、ああ明日が楽しみじゃのう〜♪」
義藤さまは、何の悪意もないニコニコした顔で俺を見ながら、俺に滅びの言葉を投げつけた。
――こうして俺の修羅場がはじまったのである。
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おまけ突発シリーズ
謎の作家細川幽童著「どうでもよい源氏の知識」より
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「斯波氏」と「武衛殿」
尾張の守護である斯波家の嫡流は武衛家とよばれる。
実は斯波氏嫡流は「斯波」とは鎌倉期、室町期を通して呼ばれず「武衛」または「尾張足利」と称されるが、それは武衛家の家格が他の足利庶流に比べて高いからである。
斯波氏の初代とされる「足利家氏」は本来は正当なる足利氏の嫡男であった。
だが、鎌倉幕府執権の北条得宗家が源氏の名家である足利氏との結びつきを強めたいがため、すでに北条一門の名越家出身の正室を持っていた、家氏の父「足利泰氏」に得宗家からさらに娘を与え、その得宗家出身の母が正室となり、生まれた「足利頼氏」が新たな足利嫡流となった。
哀れな家氏は嫡男からはずされ、その母も側室となってしまうのである。
この足利家氏にさらに不幸が襲う、家氏から嫡男の座を奪った頼氏が早世してしまい、その嫡男の「足利家時」が幼少だったため、家氏が足利氏の惣領(代行)となってしまうのである。
自分の嫡子としての立場を奪った弟の子を後見する家氏の心情はどうであっただろう?
家氏は足利一族の中でも最も不幸であり、最も苦労した男の一人だと思うのである。
このような経緯があったため、足利家氏の家は他の足利庶流が細川や吉良、畠山、一色などの苗字を名乗り足利宗家の被官となる中、「足利」の家名を使い続け、鎌倉幕府においては御家人の地位を保ち、他の一門とは別格の「尾張足利家」を称するのである。
その家格の高さは室町期においても別格で、その庶流が「斯波氏」を称されるなか、嫡流は斯波と称されず「武衛殿」と別格で呼ばれるのである。
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おまけ突発シリーズとは、我が主にくどいと言われそうで、泣く泣くカットした原稿を再編集してどうにか載せてやろうと謎の作者が画策した、とても無駄でどうでもよい話なので、マジで読まなくてもよいものである。正直シリーズになるのかは誰にもわからない……
すいません無駄に書き殴ってます。くどくてすいません。
こんな小説ですがよろしくお願いします。ブックマークに評価は励みになってます。
が、頑張るゾウ。