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第八十八話 裏切り(2)

【裏切り(1)の続き】

 ◆


 義藤さまの部屋として建てた勝軍山城(しょうぐんやまじょう)の天守閣は、趣味で作ったようなものなので防衛施設とは言いがたい。だが、本丸御殿や屋敷に比べれば(そな)えはまだマシなほうであろう。

 低いながらも石垣を組み、天守の入口へは階段を登って入るしかないようになっている。少しぐらいなら時間が稼げると思いたい。


(勝軍山城天守のイメージは丸岡城(まるおかじょう)の天守閣をもう少し小さくしたような感じのものと思ってください。石垣は丸岡城天守よりもっと低いですが)


 その天守の入口にはすでに伊勢家の手勢が詰め掛けており、騒動となってしまっている。

 天守の守備をする者は公方様の供廻りを担っている奉公衆や足軽衆らであるが、今居る数はそれほど多く無いのだ。はっきり言えば油断していて数をそれほど配置していなかった。


 この日の当番であったのは、奉公衆(ほうこうしゅう)飯河秋共(いいかわあきとも)千秋左近(せんしゅうさこん)(のちの千秋輝季(せんしゅうてるすえ))、走衆(はしりしゅう)沼田光長(ぬまたみつなが)斎藤利堯(さいとうとしたか)、それと足軽衆の中嶋孫太郎(なかじままごたろう)奥小蜜茶(おくこみっちゃ)などであり、その供の者らが詰めていたに過ぎなかった。その総数は20人程度でしかない。

 それに対して押しかけて来たのは御供衆(おともしゅう)伊勢貞倍(いせさだます)に率いられた伊勢一門の手勢で、伊勢貞順(いせさだずみ)伊勢貞隆(いせさだたか)に、供御方(くごかた)進士賢光(しんしかたみつ)や、奉行衆(ぶぎょうしゅう)治部(じぶ)大蔵丞(おおくらのじょう)光栄(みつひで)らが居るようであった。数は40から50人といったところで、数の上では守備側が不利となっている。


「藤孝、これはいったい……」


 義藤さまは部屋から廊下に出て、そこの武者窓(むしゃまど)(縦格子窓)から外の様子を窺っていた。窓の下には伊勢家の手勢が天守の入口で押し問答をしているのが見える。


「申し上げににくきことなれど、伊勢家の動きが妙です。すでに十数人が天守の入口に押しかけて来ておりましょう」


「さきほどの七郎の言動はわしもいささか(いぶか)しんだが、まさか本当に伊勢守が何かたくらんでいると申すのか?」


 一色藤長(いっしきふじなが)の言動がなにやら怪しかったので、政所執事(まんどころしつじ)たる伊勢貞孝(いせさだたか)主催の歌会への出席を少し遅らせて、護衛の兵を手配しようとしていたら、すぐにこのような状況になってしまったのだ。


 1階の詰めの間に居た柳沢元政(やなぎさわもとまさ)に命じて、和泉細川家の手勢を至急集めるように走らせたのだが、送り出してすぐに伊勢家の手勢が押しかけて来てしまった。正直ろくに対策を講じる時間は無かったと言ってよい。


「伊勢貞孝の考えは不明ですが、万が一の事態に備えたくあります」


「万が一の事態じゃと? それはなんじゃ」


 何を企んでいるのかは現時点では正直よく分からんのだが、俺が不在の状況で歌会を開催しようとしたり、一色藤長の言動が怪しかったり、そして伊勢一門のこの素早い行動……怪しさ満点で何か企んでいるとしか思えないだろう。


「伊勢貞孝による裏切りであります」


「まさか……」


「義藤さま時間がありませぬ。間違っていた場合にはお叱りはいくらでも受けますれば、ここはひとまず私の言に従って頂きたくあります」


「う、うん……分かった」


「新二郎、伊勢家の手勢に踏み込まれた際には、公方様と俺はお忍びで出かけたことにしてくれ」


(うけたまわ)っただろ」


 1階から2階への階段の手前で仁王立ちする新二郎に声を掛けて、室内へと急ぎ戻る。


「義藤さま、早速ですがこちらをご覧ください」


 義藤さまの部屋の奥にある(とこ)()の目の前に立って説明を始める。


(ちが)(だな)がどうかしたのか?」


 違い棚とは書院造(しょいんづくり)の和室に見られる物で、床の間の横にある床脇に設置され、2枚の棚板を左右に食い違いに取り付けた飾り棚のことである。

 義藤さまの部屋の違い棚には茶道具の香炉や茶碗などが飾られている。


「じつはこの違い棚にはカラクリがございます」


 違い棚の上棚を奥に押し込むとロックが外れるようになっている。ロックを外した状態で違い棚の左にある床の間の壁を押すと、壁が回転するカラクリとなっているのだ。忍者屋敷にあるような回転扉のようなものだと思ってくれればよい。


 カタッ――ギィ……


 違い棚を操作してロックを外し、床の間の壁を押して回転させる。


「な、なぜ、このような仕掛けがわしの部屋に……」


「こんなこともあろうかと隠し部屋を設けていたのです。さあ、義藤さまこちらへ」


 ◆


「狭いし暗いな……」


 回転扉の先の隠し部屋は畳3枚分を横に並べるのが精一杯のスペースとなっており狭くはあるが、とりあえず身を隠せるようになっている。


「義藤さましばしこの隠し部屋にて様子を窺いましょう」


「う、うむ」


 義藤さまと二人で隠し部屋に入り、回転扉のロックを元に戻したところで、さっそく部屋の外から新二郎と誰かが口論する声が聞こえて来る。思ったよりも展開は早かったようだ。もう2階にまで伊勢家の者らに踏み込まれてしまった。


因幡守(いなばのかみ)様(伊勢貞倍)、お待ちくださいだろ。お許しを得るまで室内にお通しするわけには――」


「足軽風情がしゃしゃり出るでないわ。御供衆たるわしが貴様から許しを得る(いわ)れはないわ」


「下がれ下郎! 公方様の供御方(くごかた)たるわしの役儀を邪魔立てするつもりか!」


「皆々様お待ちくだされ、そのような人数で押しかけるなど――」


 控えの間で松井新二郎や沼田光長らが、強引に公方様に謁見を求めているであろう(やから)と口論している声が聞こえて来る。

 押しかけているのは伊勢貞倍や進士賢光らのようで、ほどなくして部屋の中にまで踏み込まれてしまった。


「公方様、失礼(つかまつ)りますぞ!」


「お、お待ちくだされますだろ」


 義藤さまと俺は隠し部屋に身を潜めて、壁の木目に巧妙に偽装した覗き穴から、室内の様子を窺っている。


「公方様? 公方様はいずこにおわすか」


「貴様ら公方様はどちらへ参ったのじゃ」


「く、公方様は細川兵部大輔様の作られた天丼とか申す夕餉(ゆうげ)を食したのち、食べ足りないと申されて、兵部様の部屋へとお忍びで出かけられましただろ」


「くそっ、細川兵部のやつがまた余計なことを!」


 ナイス言い訳だぞ新二郎。進士賢光の馬鹿が言い訳を信じている。義藤さまは横で「わしはそんなに食いしん坊ではない」と小声で文句を言っている。


「それを早く言わぬか、クソったれ! 公方様を追うぞ!」


 ドタドタドタ――伊勢貞倍や進士賢光らは公方様の不在を確認すると慌てて部屋から出て行ってしまった。なにかもう行動が不敬極まりないよな……

 伊勢家の者らが部屋を出て行ったことを確認して義藤さまが口を開く。


「あれではまるで謀反の所業ではないか……さすが藤孝だな。伊勢守の裏切りを予見してこのような隠し部屋まで用意してくれているとは……そなたには助けられてばかりじゃ」


 言えない……この隠し部屋は義藤さまの着替えを覗くために作ったなんて……まだ未遂だけどな。それに伊勢守の裏切りとか予見してねーよ。伊勢貞孝が裏切るのが分かっていたら今津に遊びになんか行ってねーし……


「む、むろんであります。この藤孝はいつでも義藤さまをお守りする盾となりましょう」


 日本では手で持つ盾は衰退して、地面にたてる矢盾が主流だけどな。盾の役割は大鎧(おおよろい)大袖(おおそで)が果たしている。アレだ、ザクⅡの肩についているみたいな感じだ。


「そなたは頼もしいな。感謝する……」


 義藤さまが俺に向ける信頼の眼差しが心に痛いぞ。


「義藤さま、柳沢元政が我が手勢を連れて戻るまで、もうしばらくこの部屋にて身をお隠し下さい」


「ん、分かった。そなたの言うとおりにしよう。しかし伊勢守はなぜ裏切りなどをしでかしたのじゃ……いや、そなたのことだからすでに見当はついているのであろうが」


 そんなもん知らんがな……先日まで戦勝祝いで伊勢貞孝も皆と仲良くしていたから、正直、この時期の裏切りは想定外ですわ。とりあえず三好長慶(みよしちょうけい)所為(せい)にしておくのが無難だろうか。


「恐らくは、三好長慶による調略であろうと存じます」


「やはりそうか。さすがは藤孝じゃな」


 ん? とりあえず出任せで言ってみたが義藤さまは納得してくれたようだ。


「許すがよい藤孝……先ほど、わしを置いて今津に遊びに出かけたと申してそなたを怒ってしまった。そなたが今津へ向かったのは伊勢守を油断させるためであったのだろう……」


「む、むろんであります。義藤さまもさすがでありますな。そのことに気付かれるとは……」


 言えない。完全に油断していて、コスプレ衣装を作るために今津に出かけていたなんて……


「しかし、伊勢守は連歌会にわしを招いて何をしようとしていたのか……」


「義藤さま、伊勢貞孝は三好長慶との和睦に動いていたかと存知ますが、私が不在の折りに何か話はされましたか?」


「今までと大して変わらぬ話ぐらいだぞ。三好長慶からの和睦の条件の提示じゃ。あいかわらず細川晴元(ほそかわはるもと)の隠居を求めておったので、評定で細川晴元と太閤殿(近衛稙家(このえたねいえ))に握りつぶされてしまったがな」


「評定以外で伊勢貞孝と個別に何か話はされましたか?」


「今日の連歌会の誘いぐらいであるかな。政所の奉行衆(ぶぎょうしゅう)の慰労のために連歌会と(うたげ)を開くことになったので出席をお願いしたいと頼まれたのだ。発句(ほっく)は一色藤長が用意するので出席するだけでよいと言われたから、それならと参加を承諾したのじゃ。特に不審なことも無かったのじゃが……」


「先ほどの伊勢一門の素早い対応を考えると、恐らく伊勢貞孝は公方様を捕らえようとしていたのではないかと思われます。公方様を奉じて勝軍山城を脱出したのち、三好長慶と合流しようとしていたのではないでしょうか。これは伊勢一門だけでなく、伊勢貞孝に同調する者が他の幕臣にも多くいるのではないかと考えられます。ひとまず我が和泉細川家と供廻りの奉公衆以外の者は警戒が必要でありましょう」


 俺の家臣に伊勢家と結ぶ者がいるとは思えないが、奉公衆には伊勢家と通じるものが居るであろう。


「ん、分かった。しかし供廻りと申すが、一色七郎もわしを裏切ったのであろうか……七郎とは歌を通じて親しくあったはずなのじゃが……悲しきことじゃ……」


「義藤さま、こうは思えませんか? 七郎は裏切ってはおらず、伊勢貞孝のよからぬ企みを我々に報せてくれたのだと……私も七郎の言が無ければこの企みをすばやく看破することはできませんでしたゆえ」


 一色藤長のことだから何も考えていないような気もするけどな……というか多分何も考えてないだろう。供廻りとして公方様と親しくある一色藤長であれば、疑われることなく公方様を連れ出すことが出来ると伊勢貞孝は考えたのではないかな。

 だが、伊勢貞孝の失敗は一色藤長の空気の読めなさを知らなかったことだな。公方様の供廻りはほとんど俺の身内で固めているから、伊勢貞孝は一色藤長を使ったのであろうが……あの一色藤長と密議するとか正気の沙汰とは思えない。


「そうか、七郎のお陰か。ではあやつにも感謝しなくてはな」


 感謝の必要はないと思うが、とりあえず義藤さまが笑顔になったからよしとしよう。一色藤長のことは今はそこまで重要ではない。どうせたいして手勢も持ってないから一色式部家は戦力にならん。


 義藤さまと二人密室で会話しているうちに天守の外が少し騒がしくなって来た。どうやら柳沢元政が和泉細川家の手勢を連れて来てくれたようだ。


「さて義藤さま、我が手勢が参ったようです。とりあえず隠し部屋から出ましょうか。天守を軍勢で固めてさえいれば、伊勢家の連中は公方様に手の出しようがなくなるはずです。伊勢貞孝の企みを防ぐことができましょう」


「ん、しっかりわしを守るがよいぞ」


 ◆

【裏切り(3)へ続く】

久しぶりの投稿になり申し訳ないです

いろいろあって執筆が滞ってます

不定気になりますが書ける時に書いていきますので

今後とも生暖かい目で見守っておくんなまし……


更新できない間も多くの人に読んでいただけたようで

感謝しかありませぬ

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[一言] ふむ… そろそろ催促しても良い頃合いでしょうか?(笑) 健康面には、お気をつけた上で、続きを読ませて頂ければ幸いです(・∀・)
[良い点] 掛け軸の裏だと、馬鹿が見るって張り紙残したいよね
[一言] ふむむ、なんだか空気が不穏になってきていますね。 伊勢としても細川が権力を取り戻すのは面白くないでしょうし、ここからのかじ取りはかなり難しそうです。
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