第八十八話 裏切り(1)
天文二十年(1551年)1月
ザビエル一行に勝軍山城内で鉄砲隊の訓練を見学させた。一種の脅しのようなものだな。すでに我が国でも鉄砲の組織的運用を行っていることを見せ付けるのである。どう思ったかまでは分からないがな。
坂本から今津への道中でもザビエルに人買いなどの禁止を強く訴えておいた。無駄かもしれないが牽制はしておくべきだろうと思うのだ。
今津ではザビエル一行らを歓待しながら高島屋の経営会議を行った。メインテーマは北国船である。洛中から茶屋明延や吉田光治らに来てもらい、若狭からは組屋の若旦那である組屋源四郎宗久も参加している。
高島屋で日本海交易に本格的に参画するため、組屋の手配で船を買ったのだ。俺はその船を見ていないのだが恐らく羽賀瀬船の中古だろう。普通の商用の和船らしいので遠洋航海なぞは望めないと思うが、とりあえず日本海沿岸での商売に使えればよい。
吉田の神酒や固形石鹸、洗濯した古着、漢方薬などを積み込んで売りに行く感じだ。始めのうちはそれほど儲からないかもしれないが、船の維持費が賄えればそれでよい。数年後には高島屋でジャンク船を建造するつもりであるので、まずは海運や操船技術の経験を高めることが大事なのだ。
2月末(旧暦)の春になってから運行を始める予定で、角倉吉田家が中心に準備を進めてくれている。責任者は吉田宗忠の四男で吉田光治や吉田宗桂の弟になる吉田宗栄が担当することになっている。吉田宗栄は竜安寺の僧だったのだが、商売第一で当然の如く還俗させられてこき使われるようになった可哀想な人でもある。
高島屋の日本海商船の運行先は西国を予定している。北は組屋や鼠屋がすでにやっているし、優先して購入したい品が西国の物であるためだ。買って来るものとしては塩に鉄、鉛そして銅の鉱石をお願いしている。
ザビエルは日本海での商船運航に興味を持ったようで、小浜にも行きたいと言って来た。平戸へ戻るのに可能であれば一緒に連れて行って欲しいのだそうだ。
運行を開始してすぐに九州の西部の平戸まで行くのは難しいと思うが、途中まででも良いそうなのでザビエルの世話も角倉家にお願いした。
別れの際にザビエルには固形石鹸をお土産であげた。「これはシャボンというものデース」とか言って、今さら石鹸を珍しいものとして献上されても困るからな。
小西隆佐も高島屋に正式に出資してくれることになった。開発が進む今津の町並みに驚いていたようだし、近江の五箇商人や若狭、越後の商人とも協力体制を築いている高島屋に大いに魅力を感じてくれたようだ。
堺の小西本家や日比屋家も紹介してくれるというので、近いうちに根来衆とも繋げたいと思っている。和泉を攻めている根来衆にとって、堺の商人の協力は大きな助けとなるであろう。
さて、これで面倒な高島屋のお仕事はあらかた片付け終わったので、本命である茶屋明延との密談におよぶとしよう。
堺の商人とかザビエルとかキリスト教とか朝貢貿易とか、そんなものはオマケで、事のついでなのだ。
俺にとっての最優先事項は義藤さまも可愛い格好をさせることなのだ。茶屋明延に無理やり作らせているコスプレ衣装こそが大事であり、今津に作らせた呉服屋の支店とその作業場の視察こそが、今津にわざわざやって来たメインテーマなのだよ。
「茶屋クン。装束の製作具合はどうなのかね?」
「なんとか試作品の完成にこぎ着ける事ができました。こちらをご確認下さい」
「なかなかの出来だよ、茶屋くん!」
茶屋明延から完成した義藤さまのコスプレ衣装を見せてもらう。よく見ると荒も目立つのだが試作品としてはこんなものであろう。
「会長、この南蛮渡来の生地を手に入れるにはえらく苦労しましたぞ」
「分かっておるぞよ、むろん特別報酬を弾むとしよう」
実は吉田宗桂にお願いしてツテを使って密かに南蛮渡来の生地を手に入れるために画策したりしています。手に入れた生地は茶屋明延に任せて、今津の作業場において超特急で縫製させた。正直とんでもない金額が掛かっているが、芸術にはお金が掛かるものなのだ。
「いつもありがとうございます。では、こたびの北国船の件に私も噛ませて貰えると考えてよろしいでありますかな?」
「モチロンよー、次の衣装も是非とも頼むよ?」
俺が作りたいコスプレ衣装は無限大だ。今後も知識と金とコネをフル活用して義藤さまの萌え萌えな衣装を作り続けるのだ。室町幕府の再興なんてそのついでにやれば良いとは思わないかね?
「茶屋呉服店を今後ともご贔屓にお願いします」
完成した義藤さまにピッタリの衣装を手に入れてウキウキの俺は、まさに飛ぶような勢いで勝軍山城へと帰るのであった。早くこの衣装を着た義藤さまとイチャイチャしたくて我慢ができないのである――
◆
高島郡から中国大返しばりの強行軍で勝軍山城に帰って来てしまった。今津まで行って商談をこなして帰って来るのにわずか三日と半日とか馬鹿か俺は……
「儀式で忙しいわしを置いて遊びに出かけた裏切り者がのこのこ帰ってきおったか」
拗ねているだろうとは予想していたが、いきなり裏切り者とかなかなか手厳しい。だが口調とは裏腹にそこまで表情は厳しくないというか、笑みをかみ殺してないか?
もしや予想より早く帰って来たから喜んでいるのか?
「この藤孝、義藤さまに寂しい思いをさせぬよう飛んで帰って参りました」
「べ、べつにそなたが居なくて寂しいとか思ったりはしないのだが、早く戻ったことは褒めてつかわそう。じゃが、遊女のような格好をしてまでザビエルとやらの歓待に協力してやったわしを見捨てて遊びに行ったことは絶対に忘れないんじゃからなっ」
いや違うそうじゃない。白粉をほどこした遊女のような格好は南蛮人をどうしても見たいという義藤さまの願いでやったことだ……芸妓さんのような義藤さまは可愛かったけど。
「義藤さまの協力を持ちまして、南蛮人の歓待は良き運びと相成りました。本日はその御礼と思いまして、新作の料理をお持ちしております。なにとぞお許しくださり一緒に食べていただければ嬉しくあります」
「む、礼に料理とな? それは美味しいものであるのか?」
「若狭で獲れたクルマエビを使った料理にて天丼と申します。美味しさはこの藤孝が保障いたします」
ワンパターンで申し訳ないが、どんぶりの蓋を開けて匂いによって懐柔をはかるのだ。義藤さまにゴマを摺るには美味しいご飯に限るからな。
「も、ものすごく美味しそうな香りであるのう……」
天丼の香りってどんぶり物の中でも最強じゃないかと思っている。
「実は急いで帰って来たのでろくに食事を採っておりません。私もお腹が空いて倒れそうでありますれば、この藤孝めを助けると思って一緒にお食事をお願いできないでありましょうか?」
味見をしているのでそこまで空腹じゃないのだが、やさしい義藤さまに天丼を食べる口実を与えてあげのだ。
「む、その方もお腹が空いているのであるか。それでは仕方が無いのう……今日のところは疲れて帰って来たそなたに免じて許してやるとするか」
「ありがたき幸せにございます。では冷めないうちに頂きましょう」
相変わらずちょろい義藤さまで助かるわー。
「うむ……めちゃくちゃンまー♪」
天然もののエビを使った天丼は現代でも贅沢な品であるので、戦国時代では恐ろしく美味いものになるだろう。新鮮な海老さえ手に入ればお手軽に出来る品ではあるがな。
あとはどうやって義藤さまに新しい衣装を着せようかなぁなどと、天丼を食べながら思案していたら部屋の外から声が掛かってしまう。
「公方様、一色七郎殿がお見えであります」
あいかわらず空気の読めない一色藤長が食事中にやって来てしまう。義藤さまの食事を邪魔しないようにいつも言っているのであるが……
「何用じゃ七郎、わしは食事中であるぞ」
「公方様、連歌会の刻限ですのでお迎えに上がりましたですぅ」
ん? 連歌会の予定があったのか?
「ああ、そうであったな。すまぬ、食事中ゆえしばし待つがよい」
「公方様ダメでありますぅ。進士九郎殿が膳の物を用意していると申していたではありませんかー」
供御方の進士賢光が食事を用意していたのか、これはまた嫌味を言われてしまいそうだな。
「あっ……そうであった、すまぬ。じゃが、藤孝がせっかく美味しいものを作ってくれたので仕方がなかったのじゃ」
謝りながらも天丼を食べる手を休めない義藤さまである。
「あれれ? 与一郎殿、戻られておりましたのですかぁ?」
「ああ、高島郡から先ほど戻ったばかりだぞ」
「それは困りましたですぅ」
「ん? なぜに俺が居ると困るのだ?」
「はいー、与一郎殿が居ない今が好機だから公方様を連歌会に誘うのだと、伊勢守殿が申していたのですぅ」
なんじゃそりゃ……俺が不在だから好機って怪しさ満点じゃないか。伊勢貞孝は何を企んでいるのだ? なぜか一色七郎は疑問に思っていないようだが……
「公方様」――義藤さまにアイコンタクトを試みる。義藤さまも不審に思ったのか、うなずいてくれた。
「七郎、連歌会には食事を終わらせてから参るので、伊勢守にはその旨伝えて欲しい。それと進士九郎にも謝っておいてはもらえぬか?」
「分かりましたですぅ。伊勢守殿にはなるべく急いでお連れするように言われているので、お食事は手短におねがいしますですぅ」
「なるべく急ぐゆえ許すがよい」
公方様に伝言を頼まれた一色藤長はノー天気に部屋から出て行くのであった――
◆
【裏切り(2)へ続く】
いろいろあって書けなくて更新が遅くなりました
申し訳ないですぅ
と、一色藤長の口調で謝ってみる




