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第八十七話 ザビエル(2)

【ザビエル(1)の続き】

 ◆


「藤孝! そなたは先日の乗馬始めにも付き合わなかったうえに、今日も儀式に出ないで何をサボっておるのじゃ! 一体そなたはわしに隠れてコソコソと何をしておるのじゃ!」


 義藤さまが乗馬始めに使った馬は、俺が若狭の鼠屋(ねずみや)にお願いして奥州から取り寄せて献上した「春浦羅(ハルウララ)」という頑丈だけがとりえの馬だったりする。たしかに乗馬始めには立ち会わなかったが、馬を献上したのだからそんなに怒らなくても良いじゃないか……


 ちなみに今日の儀式とやらは連歌始めだったかな。生贄に一色藤長(いっしきふじなが)を差し出しておいたのだがお気に召さなかったようだ……


「べ、別にコソコソ隠れて悪事を働いていたわけではありませぬ。本日は堺の商家の者との商談がありまして、御歌始めに出席できなかっただけであります」


 むっきー! あかん、下手な言い訳で義藤さまの怒りゲージがさらに高まってしまった。


「お主はまたボインボイーンな女子(おなご)の接待でも受けておったのか、この浮気者めがー!」


「あいやしばらく! 私はそのような接待を受けてはおりませぬぞ」


「嘘をつくでない! お主はわしのことを放っておいて女子とよろしくやるようなスケベな男なのじゃ! お主なんかもう打ち首じゃ!」


「だから違いますって、私が会っていたのは女子じゃなくて南蛮人ですから!」


 あ、言っちゃった。マズイ……


「なんじゃと南蛮人に会っていただと? そなたが前に話しをしてくれたことがあったのう。南蛮人とやらは是非わしも見てみたいぞ」


 まあ、そうなるよな……


「そ、それは無理というものであります。公方様ともあろう御方が軽々しく得体の知れない南蛮人に会って良いものではありません」


「やはり南蛮人とかウソなのであろう。お主はやっぱり浮気者なのじゃ」


「だから違いますってー」


「じゃあその南蛮人とやらに会わせるがよい。本当に南蛮人が居れば、そなたのことを信じてやってもよいぞ」


 ザビエル個人は別によいのだ。腐敗したカトリックを立て直そうとイエズス会を設立して、危険な船旅を経てはるばる日本にまで布教に来るような行動力には尊敬の念を持ってしまうし、聖職者たらんと自己律して清貧を旨とするところも良いと思う。

 それにザビエルは日本人に対して少なからず好意も持っているようだし、彼なら義藤さまに会わせても良いかなぁとも思うのだ。


 だがキリスト教はダメだ。カトリックが、とくにイエズス会が日本にとって危険な存在であることは歴史的な事実なのだ。(現代のカトリックを否定するわけではありません)

 イエズス会はポルトガルの海外進出、植民地政策の尖兵(せんぺい)であり、ザビエルもポルトガルの金銭的支援を受けており、ポルトガルに対して日本の内情を記した書簡を何度も送っている。


 ザビエルや宣教師とは、ようするにスパイみたいなヤツらなのだ。

 ザビエルやルイス・フロイスなどは、それでもまだマシな部類なのだが、そいつら以外の伴天連(バテレン)、宣教師の中には、はっきりと日本を見下している人物も多く居たりする……


 キリスト教に限ったことではなく一神教の排他性はとにかくこの時代では危険なのだ。現代でもタリバンが仏像の破壊で有名になったと思うが、戦国時代の日本でも似たようなことは行われている。キリシタン大名の高山右近(たかやまうこん)は熱心にの寺社の破壊を行ったともされる。(いろんな説がります)


 むろん宗教を善悪で判断するつもりはない。利用できるなら利用するだけのことなのだ。戦国時代は仏教勢力が強すぎるのでキリスト教がその力を削ぐことに使えるなら利用もする。

 だが、万が一義藤さまがキリスト教を信じてしまったらどうするよ? 正直言って、公方様が洗礼とか受けてキリシタンになるとかバッドエンドしか想像できねえ……なるべくなら義藤さまと宣教師は会わせたくないのだが……まあ、義藤さまは俺が見張っていれば大丈夫かな。


(足利義輝はザビエルとは会っていませんが1560年にヴィレラと謁見して布教の許可を与えている)


「あー、では公方様としての身分を明かさないということであれば、南蛮人と会うことを考えますが」


「む、なんでわしが南蛮人と会ってはならぬのじゃ。まあよいか……そなたのことじゃ何か考えがあるのであろう……ひとまずは見るだけでもかまわん。早く会わせるがよいぞ」


「では、これより南蛮人を歓待する宴を催しますので、その時にでも」


「宴か、それはよいな。よきにはからうがよいぞ」


 ◆


「おお、デリシャース。トレビアーン」


(面倒なので、ザビエルとの会話はエセ外国人風でお送り致します。一応裏ではフェルナンデスが通訳を頑張っているということにしておいて下さい)


 公方様の部屋をお借りしてザビエル一行を歓待するささやかな宴を開いた。なるべく余計な幕臣をザビエル達に会わせたくないので隠れてやっている。

 いわゆる結城忠正(ゆうきただまさ)清原枝賢(きよはらえだかた)ではないが、キシリタンになってしまう馬鹿者が居ないとも限らないからな。出席者は俺と米田求政(こめだもとまさ)にザビエル一行の3人と小西立隆(こにしりゅうさ)吉田宗桂(よしだそうけい)に美しい()()()()()が一人だけである。


「本当にすばらしい料理でありますな」


 小西立隆も俺の料理に驚いている。料理はいつもの鰻重、天ぷら蕎麦、たくわん、吉田の神酒、おやき、とろろご飯、チキンカツ丼、焼き鳥、もみじ饅頭、笹団子に若狭から取り寄せた魚介類といったところだ。


「ザビエル殿にも日本の味を楽しんで貰えたら嬉しいものである」


「ひょ、兵部さま、お酒をお注ぎいたしまする……」


「うむ、くるしゅうない、もっと近こうよるがよい」


 そういって芸者ガール風に顔に白粉(おしろい)をした妾スタイルに化けさせた義藤さまを抱き寄せるのだ。(鉛の害が怖いので小麦粉で白粉やってます)


「こら、なにをするのじゃ」


 義藤さまが小声で文句を言ってくる。


「しーっ。今日の義藤さまは私の愛妾(あいしょう)という設定でございますぞ。もっと親しげな演技を心がけてくれないと困ります」


「あ、愛妾って……」――ボンっ。義藤さまが真っ赤になる。


 可愛い義藤さまをはべらせて酒を飲めるとか役得すぎて楽しい。これはクセになりそうだ。


「おお、ゲイシャガール美しいデース。あなたのような可愛らしいお嬢さんは見たことアリマセーン」


(この時代に芸者という言葉があるのかは知らん。雰囲気だ許せ)


 怪しい外国の宣教師をふつうは幕府の高官が持て成したりはしないからな。ザビエルも良い気分になるだろう。


「お、お上手でございますこと、オホホホ」


 笑顔が引きつっており、見事に大根役者な演技の義藤さまだが、まあ外人には分からないだろう。


「兵部大輔サマ、お願いがアリマース。なにとぞ公方様に謁見シテ、ジーザス教の布教をお許し願いたいのデース」


「ザビエル殿、公方様は高貴な御方でありお忙しくもある。そう簡単には目通りを許されるものではないのだ」


 その公方様とやらは俺の横で笹団子をツマミ食いしてるけどな。食うなとは言わないがもう少し上品に芸者ガールらしく食べてくれ。


「おおそれは残念デース。どうすれば公方様に会えて、布教の許可を貰えマスカー?」


「我が日の本の国は八百万(やおろず)の神がおわす神の国である。仏教も元は異国の教えであったが今は我が国に根付いておる。そなたらのジーザス教がいたずらに我が国を騒がすことの無いことが確認できれば、公方様にそなたらを取次ぐことはやぶさかではない」


「おー、我々は争いを好みマセーン」


 イスラムとの十字軍や魔女狩りに異端審問(いたんしんもん)に破門とか、俺はキリスト教の攻撃性をよーく知っているがな。現在進行形でプロテスタントやオスマンと争っているし、ゴアとかマラッカを占領しておいてよくも言うわ。


「ではマラッカを攻め落としたのはどのような仕儀であるか? 言い逃れが出来るとは思わないことだ。琉球(りゅうきゅう)明国(みんこく)からその方らを支援するポルトガル国の動きは伝わっておるのだ」


 むろん口からでまかせだけどな。琉球や明から聞けるわけがない。少し怒気を含んだ声を出したら、皆が驚いてしまったようだ。義藤さまも少し不安そうな顔で俺を覗き込んでくる。

 演技だと分かるように隠れて義藤さまの手を握ると真っ赤な顔で(うつむ)いてしまわれた。うん、芸者ガールな義藤さまが可愛い過ぎるぞ。


「マラッカではイスラム商人に騙されたのデース。それでイスラムとの戦いとなりましたのデース」


「我が幕府は信教の自由を保障している。幕府に敵対しない限りにおいては守護や奉公衆らに宗派を強制するようなことはしていない。ジーザス教が仏教や神道、それにイスラム教などの他の宗教を攻撃することのないよう肝に銘じることだ。我が国の寺社仏閣を破壊したり、我が国の民を不当に害したり、国外に拉致するようなことがあれば、国中の守護にたいしてジーザス教を禁ずる幕府の奉書(ほうしょ)を出すことになるであろう」


「ワ、分かりましてございマース」


「友好的な隣人であればこうして酒を()み交わすこともできるのだからな。それと公方様に謁見を求めるのであれば、ジーザス教の布教を許可することで公方様がどのような利益を得ることができるのか、そのあたりも考慮するがよい。公方様には毎年寺社から莫大な貢物があるのでな」


 そんなに寺社から貰ってませんがハッタリというものです。


「おお、おみやげデスネー。平戸に置いて有るので持って参りマース」


「つまらぬ土産は不要であるぞ」


「公方様はどのようなものをお好みでありマスカー?」


「甘くて美味しいものじゃな」


 芸者ガールな義藤さまが余計なことを言いやがった。義藤さまに対して余計なことは言わないでくださいと冷たい目線を送るが、義藤さまは知らぬ顔である。


「オホン、確かに公方様はこのもみじ饅頭のような甘いお菓子も大変お好きで有るが、一番好きなものは武家の棟梁らしく武器である。特に鉄砲や大砲をとても好んでおられる。その方らがキャノン、つまりは大砲を献じることがあれば間違いなく布教の許可は許されよう」


「おお、キャノンでありマスカーそれは難しいデスネー」


「鉄砲や大砲に軍船など、幕府にとって有益なものを持参することが布教許可の条件であると思うがよい」

 ◆

【ザビエル(3)へ続く】

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― 新着の感想 ―
[一言] 実際、足利義輝が1560年にヴィレラと謁見して布教の許可を与えていることが朝廷の怒りを買って暗殺につながった可能性は高い気がするので、最低限、京の都での布教許可は出さない方がいいでしょうね。…
[良い点] 東西分割令とか中南米見たらね~後フィリピン・インドは惨いね [一言] クシャトリア・大雑把に言うと武人階級で序列二位の支配者層
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