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第十三話 御部屋衆(2)

 ◆


 大御所の謁見が終わり東求堂(とうぐどう)に引き上げたであろう義藤さまを訪ねる。

 新二郎がスクワットしながら歩哨(ほしょう)しているのですでに戻っているようだ。


「新二郎、公方様はお戻りか?」


「これは御部屋衆(おへやしゅう)の与一郎様。公方様は先ほどお戻りになり中で御休息中であります」


 俺は上級武家であり公方様の直臣(じきしん)たる奉公衆(ほうこうしゅう)かつ、その中でも正式に公方様にお目見えが許される御部屋衆に新たに(にん)ぜられた。

 新二郎は幕府の直臣ではなく、公方様の母親の家である近衛家の家士の扱いであり、下級武士である恪勤(かくごん)御末衆(おすえしゅう)のようなものである。

 二人の身分差は広がってしまったのだ。


「うるさいなあ新二郎。そんなこと言うともう何も美味い物を食わせてやらないぞ。それにこの前もみじ饅頭(まんじゅう)をくすねたことを義藤さまにバラすけどいいのか?」


 新二郎とは家格(かかく)などを気にしない付き合いを、これまで通り憎まれ口を叩き合える関係を続けたいとの想いで、少し乱暴に言葉を返した。


「それは困るだろ。仕方がない、はなはだ無礼ではあるがタメ口は続けさせてもらうだろ」


 二人でニヤっと笑い合いながら拳をぶつけ合う。

 新二郎とはこれからも心の友であり続けたいものだ。


「公方様、失礼いたします」


「与一郎か? 入るがよい」


 許しを得て室内に入ると公方様は一人であった。

 いつも一人だけど人払いでもしているのだろうか?

 そういえば史実と違って女の子だしな。


 友達がいないとか言ったら可哀相(かわいそう)だから言うなよ。

(作者にもダメージが来るから絶対言うなよ)


「少し驚きました。私を御部屋衆にお取り立て下さったのは公方様のご意向でありますか?」


「公方はよせ。今は二人であるぞ。それにわしの意向ではない。父上のお考えである。もちろんわしにも異存はないがな。藤孝が側近になれば堂々とお主が作る美味いものが食べられるからな」


「メープルシロップの生産が軌道(きどう)に乗れば毎日でも甘い物を持ってきますよ」


「うむ、期待しておるぞ」


「冗談はさておき。今回の件、すんなり決まりましたことには驚いております」


「冗談ではないのだが……」


「拗ねないで下さい。今度パンケーキでも作りますから」


「ぱんけーきとは何だ? それも美味いものなのか?」


「とても甘くて美味しいですよ。期待して待っていて下さい」


 後年、細川藤孝は公方様を「餌付(えづ)けした男」とでも呼ばれるのではなかろうかと真剣に悩みそうだ。


「おおそれは楽しみだな。ゴホン……まあ大方(おおかた)(やから)は糖液とやらの価値が分からぬのではないか? 前例もないゆえ良く分からぬのであろう。どれほど儲かるのかもな。まあ正直わしにも分からぬ。分かっているのはとても甘くて美味いものが今よりももっと食べられるということだけだな」


 砂糖が(ほとん)ど無い、甘いものといえば「まくわ瓜」や「干し柿」程度のこの戦国時代に現代のお菓子と同等な物が現れればどうなるか? なんてことは、まあこの時代の人には分からないだろう……


「あえて言います。死ぬほど儲けてみせますよ」


「期待している。で、糖液(とうえき)の生産に関して問題はないのか?」


「原料の採取のために各地の山へ入る必要があります。入山(にゅうざん)するにあたり幕府の公認があれば問題は大いに減るかと思われます」


 山にも既得権益(きとくけんえき)は有るし揉め事もある。村同士での森林資源の奪い合いによる抗争などは日常茶飯事だ。

 山が寺社の領地であったりする場合には神域を荒らすなと文句を言われる場合もある。大きな寺の僧兵などはヘタな国人よりも強かったりするから始末に終えない。

「鴨川の水にサイコロの目、それに山法師」というやつである。


「それで奉書(ほうしょ)というわけか」


「左様です」


「藤孝の言うとおり祐筆方(ゆうひつがた)奉行人(ぶぎょうにん))に奉書を書かせるが具体的にはどのような記載があれば良いのじゃ?」


「奉行人奉書」は幕府の「公文書」である。

 領地の争いや権益の保証を求めて幕府に訴え、幕府の主に政所(まんどころ)が審議してそれらを決裁する。

(この時代右京兆代(うきょうちょうだい)奉書なるものもあったりしてややこしいがそれは割愛する)


 裁判の結果のいわゆる証書となるものであり、土地の権利書や代官の任命書、商売の免許、水利権、通行許可証、免税許可証などなど、ありとあらゆるものの権利が確定されるのが「奉行人奉書」になる。

 江戸時代における朱印状(しゅいんじょう)とほぼ同等のものと考えてもよい。

 まあ言ってみれば室町幕府最大のお仕事だと言ってもよいかもしれない。(あくまで個人の意見です)


「まずは御料所や幕府に関係する国人、寺社などの所領内の山地などへの出入りの自由と関所の通行の許可があれば助かります」


「奉行衆には伝えておくが、具体的なことについては藤孝から説明してくれ。それと奉行衆にはそなたの養父である刑部少輔(ぎょうぶしょうゆう)晴広の顔が効くゆえ、手助けを頼むが良いと父上が言っておったぞ」


「大御所様が義父上にと?」


「うむ。晴広殿は内談衆(ないだんしゅう)であったそなたの祖父伊豆守(細川高久)殿を手助けして奉行衆と訴訟の調整などを行なっていたそうじゃから適任なんだそうだ」


「分かりました。奉行衆との調整は義父と相談してみます」


 奉行衆とは祐筆方とも言われ、幕府の行政を支える「ザ・官僚」である。

 霞ヶ関(かすみがせき)の国家公務員や司法の裁判官・検察官(けんさつかん)みたいなものだ。

 同じ国家公務員ではあるが自衛隊や地方公務員の警察官のような「ザ・武力」である奉公衆とはまた性格の違ったものになる。

 非常に名前が似ているので正直めんどうくさい。


 義父との相談のため話を切り上げ立ち上がった俺に、食いしん坊将軍が声をかけた。


「ぱんけーきとやらも早く頼むぞ」


 どうやら厳命のようである――


 ◆


「宗二殿。樹液の採取はどうでしたか? 上手く行っておりますか?」


「これは与一郎様。おかげ様で順調ですよ」


 俺達は幕府の御料所や京都五山(ござん)荘園(しょうえん)禁裏(きんり)領、山門(さんもん)領などの山への立ち入りの自由を保証する奉行人奉書を獲得した。

 そのため領主や代官、坊官への入山の交渉はとてもスムーズに行えている。


 住民達に対しては木を伐採(ばっさい)するものではないと説明し安心もさせた。

 少量の()き木取りと水汲みと称して山に入っているし、領主や代官には焚き木代として(いく)ばくかの手数料も払っている。


 採取した樹液は煮詰める前では少し甘い水と言えなくもない。

 桶や壷に()んで持っていくぶんには水と変わらなく見えるだろう。

 各所の関は幕府発行の手形で関銭(せきせん)なしで通れることになっている。

 今年は山城(やましろ)国の国内での樹液採取がメインである。

 来年にはもう少し広範囲で行いたいし、その必要が出て来るであろう。


 真冬に山に入りたがる者はそうは居ないし、木を切り倒すわけでもない。

 木の幹に穴は開けるが、その穴の埋め戻しも行うので、そこまで木に負担をかけるわけでもない。

 山の所有者やそこで暮らす住民と、そこまで揉めることもなくスムーズに事を運べている。


 饅頭屋宗二もそうだが、相変わらず清原業賢伯父と吉田兼右叔父がコネを使いまくって、領主や坊さん、神職などに根回しをしてくれるので、幕府奉行人奉書と相まって事がうまく運べている。

 普段は鬱陶(うっとう)しいが非常に役立つ伯父達なので手に負えない。(別に嫌ってません憎まれ口です)


 情報の秘匿に関しては作業の難解さから数年は大丈夫であろう。


 シロップが取れるのは山の数ある木の中で「イタヤカエデ」や「ウリバタカエデ」、「オオモミジ」など「カエデ」の一部である。

 そのカエデの木の幹に穴を開けて、中の(ふし)を取って空洞にした細い竹を幹の穴に刺して、幹の穴から流れ出る樹液を壺に貯めこんでいく。

 樹液がよく取れる期間は旧暦の1月から2月、長くて3月の頭までの間だけである。

 1年の内で最も寒い時期の2ヶ月ていどの間にしか出来ない作業だ。


 取れた樹液を煮詰めて樹液の状態によって80分の1から40分の1に濃縮することでようやく十分な甘さのメープルシロップになる。

 このような訳のわからない作業がそう簡単にバレるとは思えない。

 一目見て分かる人間がいたら、そいつは(もの)()()()()()()()()()()であろう。


 この1500年代においてメープルシロップ採取の作業を理解しているのは、今の北米カナダの地域に住むネイティブアメリカン(北米先住民)くらいであろう。

 カナダにはまだ西欧人の入植(にゅうしょく)は始まっていないと思われる。

 この先10年ぐらいは、まあバレずにメープルシロップを独占できるのではないかと考えている。


 採取した樹液は饅頭屋宗二と謎の宮大工集団が建てた吉田山の作業場に集めている。

 作業場で十分な甘さになるまで煮詰めていくのだが、その際の燃料は樹液と一緒にカモフラージュで集めた焚き木を使うので効率も良い。

 饅頭屋宗二の指揮のもと、シロップを煮詰める作業が進んでいる。

 作業場にはとても甘い香りが漂って来た。


「どうでしょう与一郎様」


 宗二殿が量産品のメープルシロップを俺に渡して来る。

 宗二殿は俺が御部屋衆になってからは様付けで呼ぶようになった。

 少し寂しい。


「いいんじゃないでしょうか。良い甘さですよ」


 戦国時代の日本においてメープルシロップの商品化に成功した瞬間である。


「さあ、もみじ饅頭もどんどん焼いていきましょう」


 饅頭屋宗二殿のやる気が溢れ返っている。

 大丈夫だ問題ない。もみじ饅頭は間違いなく売れるだろう。

 問題はいつも売れ過ぎることなんだ……


 ◆


 饅頭屋宗二は林家伝来の薯蕷(じょうよ)饅頭(のちの「志ほせ饅頭」)の製造は林北家に任せてしまい、饅頭屋宗二の林南家ではもみじ饅頭の製造に注力(ちゅうりょく)してしまった。

 なかなか思い切った男である。


 そして饅頭屋宗二が全力ぅ! 全力ぅ! を掛けて奮闘したもみじ饅頭の売れ行きだが――


 売れに売れまくった。そりゃそーだ♪ (バカ殿風に)


 砂糖不使用とはいえしっかり甘く、現代のもみじ饅頭に匹敵するものが戦国時代に現れて、しかも高価な輸入品の砂糖を使わないため比較的廉価(れんか)に販売できるのだ。

 売れないわけがない。売れなかったら広島県民にしばき倒される。


 俺は売上の幾割かを頂く約束なのだが、爆発的に売れたため饅頭でもかなりの金額得ることができた。

 しかも定期的入って来る収入だ。()れ手に(あわ)左団扇(ひだりうちわ)ですが何か? この(ぜに)で灯りをつけてしんぜようか? (注:銭は燃えません)


 そして何よりも、今回のメープルシロップは俺に修羅場が来な〜い♪ (これかなり大事)

 思い切って材料調達から製造販売までのすべてを饅頭屋宗二に委託してよかった。

 問題は饅頭屋宗二が俺を裏切ったらどうするか? であるのだが、まあ大丈夫だろう。


 俺は幕府の御部屋衆であり公方様の側近でもある。

 それに饅頭屋宗二の文芸面での師匠である吉田家、清原家の縁者でもあるため、宗二が裏切る可能性は今のところ低いだろう。

 饅頭屋宗二としてもメープルシロップにもみじ饅頭の製造・販売を独占できているわけで、裏切ったら俺がメープルシロップの製法を他家に教えて協力相手を切り替えてしまうことも分かっているだろう。


 逆に俺からすれば饅頭屋宗二でなければならない理由はないのだ。

 饅頭製造の基本的な技術を持ち、清原家、吉田家に縁があるから選んだ。ただそれだけである。

 饅頭屋宗二はそれが分からないほど愚かではないだろう。


 問題は製法の秘匿だが、まあ10年もすればメープルシロップの製法も漏れてしまうかもしれないが、その時はアレだ。

 こっちはそれまでに砂糖を国産化してしまえばよいのだ。

「商いとは、いつも二手三手先を考えて商うものだ」と、どこかの赤い偉い人が言ってたしな。

 うん、今回は何も問題(修羅場)が無いな。なぜか少し残念がる俺であった――

先ほど活動報告にも書きましたが、日間歴史〔文芸〕ランキングの1位になっておりました。

皆様がブックマークと評価で応援してくれたおかげです。ありがとうございます♪


これを励みに頑張ってまいりますので今後ともよろしくお願いします。

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[良い点] もみじまんじゅうが食べたくなりました…架空本も見てみたい笑 [一言] お侍様、水や細木が必要ならオラがとって届けるだ。山の道迷ったら危ないから、案内するだ。という善良な農民もしくは、わざわ…
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