第十三話 御部屋衆(1)
天文十五年(1546年)12月
もみじ饅頭の原料となるメープルシロップの安定的な作成のためには大量の「カエデ」の樹液が必要になってくる。
京周辺の山という山からカエデの樹液を採取したいのだが、戦国時代とはいえやはり地権者(山の管理者)の了解が必要になってくる。
勝手に山になぞ入ったら農民も僧兵も武装して襲ってくるだろう。
なんといってもここは話し合いの通じないデンジャラスでエキサイティングな戦国時代なのだから。
多くの地権者に個別に会い、了解を得ていきたいところではあるのだが、あいにく時間的な余裕がない。
そのため俺は幕府に対して京周辺の山への入山の一括許可を出して貰おうと考えたわけだ。
洛中における「もみじ饅頭」の独占販売権と入山の許可のお墨付きとなるもの。室町幕府における最も公的な文書である幕府の「奉行人奉書」を得たいと考えていた。
公方様に取り次いで貰い、大御所様に話を通して貰った。
幕府の実権はまだ年若い公方様ではなく大御所様とその側近達にあるのだ。
俺は公方様と大御所様に招かれて慈照寺の常御所に赴いた。
常御所は大御所一家の居住と政務にあてられている建物になる。
「細川刑部少輔が子、細川与一郎藤孝になります」
「面を上げよ」――この声は大御所の足利義晴であろう。
「大御所様が仰せだ与一郎、面を上げよ」――この声は実父の三淵晴員の声だな。
促されて顔をあげる。上座には公方様と大御所様が並んで座っていた。
脇に控えるのは大御所の側近であろうか、その中には実父の三淵晴員もいる。
だが残念ながら他の人物にはまだ面識がなかったので名前と顔が一致しない。おいおい覚えていかなければならないだろう。
「久しいな与一郎。お主の献上したもみじ饅頭とやらを食してみたが、確かにとんでもない美味さであった。このもみじ饅頭とやらは、与一郎、お主が考案したのであるか? ……わしはもう公方ではないゆえ直答で構わぬぞ」
大御所に献上したもみじ饅頭は食べて貰えたようだ。
「与一郎お答え申し上げよ」――実父に促されたので回答する。
「はっ、それなるもみじ饅頭はそれがしが公案し、饅頭屋宗二に作らせた一品になります」
「製法は秘密であるが、何やら便宜を図って欲しいということを大樹(公方様のこと)より聞いておるが、たしかか?」
「はい……いえ、公方様には製法は伝えさせて頂いております。大御所様にあらせられましても恐縮ではありますが、お人払いをして頂ければ製法をお教え致します」
「何を生意気な!」
「人払いを求めるとは不届きなことを考えているのではないか?」
「この痴れ者めが!」
「黙れこわっぱ!」
うん、大御所の側近から罵声をあびせ掛けられるぞ。
まあ若造がと思われてもしょうがない。
「無用じゃ。製法などわしが知ってもどうしようもないのでな。皆も静まれ……それで便宜を図るとはどういうことだ? 便宜を図ることによってどうなるのか説明はあるのであろうな」
「はっ。このもみじ饅頭は非常に甘くできておりますが実は砂糖を使用しておりません。もちろん砂糖を使っても作れるのではありますが、砂糖は高価なため饅頭の大量生産ができません」
「砂糖を使っていないとは聞いていたが、本当に砂糖を使わずにこれ程の甘さを出していると申すのか?」
「はい。とある材料を使えば可能であります。このもみじ饅頭の製造に使用しますのは、とりあえず糖液(シロップのこと)と名づけますが、その糖液の原料を採取するためには人手と、とある場所への立ち入りが必要になって来るのであります」
「ある場所とはここでは言えぬのだな」
「はい。恐れ多きことなれど……公方様にはお伝えしておりますれば、後ほどお聞きくださって頂きたく存じます。この糖液作成の技法の秘匿については幕府の、ひいては公方様の利益に適うものでありますのでご理解いただければ幸いです」
「幕府の利益とはいかなるものか?」
「はっ。大御所様におかれましては、糖液の原料採取のお墨付き及び技法の秘匿についての許可と、もみじ饅頭の販売の独占権を公認頂きたく存じあげます。代わりに饅頭屋宗二からは、公方様に毎月製造したもみじ饅頭の一定量の物納と、毎年の利益から税をお納めいたします」
本当は幕府の利益というより俺が儲けたいためだがな。
「これは既存の幕府財源とは異なるものとなり、あらたな財源を公方様にもたらすことが可能とあいなりましょう。決して悪い話にはならないかと存じます」
簡単に言えば便宜を図ってくれればみかじめ料を払いますよということだが、さて認めてくれるだろうか。
「大樹は如何に考えるか?」
大御所に呼び掛けられた大樹こと公方様の義藤さまが答える。
「国内で砂糖の代わりとなる物を作ることができるのであれば、わしとしてはそれを厚く保護したく考えている。このもみじ饅頭なるもの、確かに美味いものであるが、幕府においても下賜品などとして有益に使える物になるのではないかと考えている。新たな財源については言うまでもなかろう」
公方様はもともと賛成というか、もみじ饅頭作りに便宜を図るために大御所様に話を持って行って貰っているわけなので、ぶっちゃけ根回し済みの茶番である。
「大樹が賛成であるのであれば儂にも異存はない。が、ひとつ条件を出そうかの。与一郎、お主は御部屋衆として大樹に近侍し、この一件を取り仕切るがよい。もはや兵法指南役の役儀ではないゆえな」
養祖父の細川高久が御部屋衆であり内談衆にも取り立てられているから家格的に問題はないが、元服直後の13歳で御部屋衆に就任するのは早すぎるんジャマイカ?
実父の三淵晴員の申次衆より格上だし、淡路細川家当主で養父の細川晴広と同格だけど良いのだろうか?
まあ、幕府の職制もいい加減になって来る時期ではあったと思うが……
「どうした? 不服でもあるのか?」――いかん考え込んでしまった。
「いえ、過分なるお引き立てを賜り恐悦至極に存知上げます」
「うむ。では大樹と図り事を進めよ。それと儂の所にも必ず饅頭を持ってこさせるようにな。確かに美味であり、御台も喜ぶであろうからな。はっはっは」
「ははっ、しかと承りましてございます」
こうして俺は幕府の奉公衆でも上位職となる御部屋衆に抜擢されることにあいなった。
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【御部屋衆(2)につづく】
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やる気がみなぎって車えび