第八十一話 釣り野伏せ(2)
【釣り野伏せ(1)の続き】
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「しかと白状するがよい。そなたはわしのこの格好に萌えておるのだろう? 白状しないと着替えてしまうがよいのであるか?」
なぜに義藤さまが「萌え」などという単語を知っているのだ?
俺の服を掴んでしかめっ面で問い詰めて来る義藤さまであるが、怒っていても可愛いお顔が近いです。いや問題はそこじゃない。
「体操服を着替えるなんてそんなご無体な。人類の損失です。も、もう少しそのままでいるべきです」
「む、そなたようやく喋ったな。ちゃんとわしのことを褒めないとダメなんじゃぞ」
そう言いながら義藤さまは身を乗り出す格好をやめ、俺の上で座りなおすのだ。だが、少し後ろに座りなおしたことによって、我がムスコが緊急事態を宣言する。
「よ、義藤さま、こ、この体勢は非常に……」
「む? なんじゃ? 苦しいのであるか? 重いのであるか?」
苦しいではなく気持ちいいで、重いのではなくエロいのだ。
「こ、この体勢は危険なのです」
「何が危険だと言うのじゃ? おかしな男じゃのう。それともこのわしが本当に重いとか言うのではなかろうなっ」
違うそうじゃない。どっからどーみてもこの体勢は「騎乗位」なんだYO。
たんてきに申せば俺のムスコにぶるまぁがあたっているのだ。
俺のムスコが危険で危ない。
「そ、そうではなく……」
「さっきからソナタは何をニヤニヤしておるのだ? もしかしてわしとこう密着しているのが嬉しいのであるか? ふふーん、そうかそうか。そんなに嬉しいのか、ほれほれ」
腰をぐりぐりとかしちゃう義藤さまである。
もしかしてこの娘(公方様です)、分かっていてやっているのか?
体操服で騎乗位の体勢でぐりぐりされるとか、おいくら払えばよろしいのでしょうか?
もはや火縄銃とか買っている場合ではない。俺は有り金を全部はたくぞ。
「ほれほれ、早く白状するのじゃ。わしのこの姿が可愛いのであろう? 萌え萌えなのであろう? 密着して嬉しいのであろう? しかと白状するのであれば、もしかしたら今日は少しぐらいおさわりを許すかもしれないぞ?」
え? 見るだけでなく体操服姿の義藤さまをおさわりしてもよろしいの? ま、マジで???
マテマテマテ。俺は御供衆の細川藤孝だ。公方様に対して堅い忠誠心を持っているのだ。おさわりなどというそんな不届きなことは出来ない。公方様の側近としての立場をわきまえるべきであろう。
「ふふーん、わしのこの姿がとても可愛くて、わしに触れたくてしょうがありませんと素直に白状するのであれば、そなたの大好きなふとももをほんの少しは触らせてやってもよいのじゃぞぉ?」
だから何でふとももが大好物であることがバレているのだ?
だがそんなことを言っている場合ではなかった。
義藤さまはふとももを強調するためであろうか、その美しいおみ足を閉じてアピールしてくるのである。だがそれは正に最強のエロいポーズのひとつともされる「M字開脚」であったのだ!
そんなとってもエロエロのエサで、俺が釣られクマー!
「よ、義藤さまの体操服姿が可愛くて可愛くて、藤孝はもう辛抱たまりませーん!」
忠誠心とか何それ? そんなものはゴミ箱にポイだ。
「こ、こりゃ、そんなにがっつくでな――」
だが、安心してくれ。全国30万の武士の頂点に立つ義藤さまには健全なる八幡神のご加護がついているのだ。むろんこのナイスタイミングで毎度の如くお邪魔虫がやって来る。
「お楽しみのところ、まことに、誠に申し訳ありません! 危急の仕儀にて皆のものが大広間に参集して来ております。恐れながら大広間まで至急参上をお願い申し上げます!」
「にゃ、にゃにゃぁぁぁ」
源三郎の声で義藤さまがネコのように飛び跳ね、至高のぶるまぁが離れていってしまう。
ぶ、ぶるまぁカムバーーーック!
源三郎のヤツには一度こんこんと話をする必要があると思うのだ。和泉細川家に世継が生まれないのはお前のせいじゃないかと……
「べ、べつにお楽しみ中でもなんでもないが、それは本当に危急の用件なのであろうなっ?」
こたびはさすがに義藤さまも少し怒っておいでのようだ。
「源三郎、危急の仕儀とはいったい何であるのか? 公方様もお怒りであるぞ、しかと説明せよ」
「わ、わしは別に怒ってなど……」
「はっ、恐れながら申し上げます。三好宗三殿からの危急の使者の言によりますれば、三好長慶の軍勢およそ2万が上洛したとの事でございます」
俺はこの日、始めて三好長慶という男を討とうと決心した。
ブルマでにゃんにゃんの邪魔をされた恨みは決して忘れないのだ。
ほ、ほんのちょっとぐらい触らせてくれたっていいじゃないか……
◆
「遅くなった。状況を説明するがよい」
大広間には幕府軍の主だった者がすでに参集していた。義藤さまは着替える必要があったので俺達二人は遅くなったのだ。
「西院の小泉城を攻めていた京兆家の三好宗三様より報せが参りました。三好長慶の兵およそ2万が上洛し、一条から五条に掛けて兵を展開しております。右京兆(細川晴元)殿の軍勢は小泉城の包囲を解き、上洛した三好勢を迎え撃っているとのことであります」
大和晴完が現在入っている洛中の状況を改めて教えてくれる。
「2万では勝負にならぬではないか。六角家は六角家の援軍はどうなっておるか」
「六角家にはすでに報せの早馬を出しておるわ」
「京兆家の軍勢は1千にも満たないはずであるが危険ではないのか?」
「援軍を出さねば右京兆殿があぶないでおじゃる。誰ぞ援軍に向かう者はおらぬのか?」
「三好方には洛内で狼藉に及ばぬよう忠告は以前にしております。案ずる必要はありますまい。右京兆殿にはこの勝軍山城へ兵を引くようにお伝えするべきかと」
「じゃが――」
軍議の議論としては太閤殿下(近衛稙家)が細川晴元への援軍のための出陣を主張し、伊勢貞孝は援軍を送る必要はないとの立場で主張でぶつかり合っている。
まあ2万の軍勢とかいう三好軍に好き好んで立ち向かおうとする者はいないだろう。援軍は出せないんじゃないかな。
そう無責任に思っていたら、なぜか太閤殿下と目が合ってしまうのだ。正直言って嫌な予感しかしねえ……
「おお、我が軍には兵部大輔殿がおるではないか。江口の戦いの英雄である今超雲よ。兵部大輔殿が援軍に向かえば安心できるのでおじゃるがのう」
「おお、それは名案」
「兵部殿なら、きっと何とかしてくれるはずよ」
「おお、ここはこわっぱに任せましょうぞ」
おい、ちょっと待て。近衛派の幕臣までもが俺を出陣させる方向に持っていこうとしているぞ。なんで俺が細川晴元なんぞを救いに行かねばならないのだ? マジでご免被るというか、たまにはお前らも出陣しろよ。
「左中将殿、兵部大輔殿を右京兆殿の援軍に差し向けてはくれぬでおじゃるかのう? 伯父であるわしの頼みを聞いて欲しいでおじゃる」
あかん、太閤殿下が公方様にお願いをしてしまった。太閤と公方の会話になってしまっては誰も口を挟めやしない。場が静まり返り、皆が公方様に目を向けることになる。
義藤さまは非常に困った顔をしている。太閤の、近衛家のお願いを無碍にできないのが今の幕府なのだ。義藤さまとしては俺を三好家の大軍に向かわせるのは嫌なのであろうが……
公方様の発言を待ち、静まり返ってしまった軍議の席に足音が響き渡る。
「恐れながら申し上げますただいま洛中より伝令が……」
幕臣の本郷信富(泰富)が伝令の言を伝えに大広間へ入って来るが、皆の視線を受けて言いよどんでしまう。
「何事だ、早く申せ?」――上野信孝が本郷を急かす。
「お、恐れながら申し上げます。上洛した三好勢の続報が入りました。上洛したのは十河民部大夫(一存)と三好日向守(長逸)ら都合1万8千であり、三好筑前守(長慶)は入洛せず大山崎に陣を張ったとのことであります」
2万も1万8千も大して変わらないと思うが、三好長慶の本隊が来ていないだけ多少はマシだと思うべきなのかね……だが、待てよ?
三好長逸か……公方様も太閤殿下に懇願されて困っていることだし、いっちょやってみるか。
「公方様! この私めが必ずや右京兆殿を救って参りましょう。なに、三好日向には一度勝っておりますればご安心ください。何卒この兵部にご出陣の下知を賜りますよう」
「おお、さすがは兵部殿でおじゃるな頼もしきことよ」
「よくぞ申した、こわっぱ」
不安そうな顔で義藤さまが俺を見つめてくるが、俺はそんな義藤さまを安心させるように笑顔を返すのだ。しばし見詰め合う二人である。
「よかろう、そなたに全権を委ねる。幕府軍の指揮を執り、右京大夫を見事救って参るがよい」
「ははーっ」
大丈夫だ。敵は1万8千の大軍ではあるが、やり方を間違えなければ死ぬことはない。もう一度義藤さまとブルマでにゃんにゃんをしなければ死んでも死にきれないからな……
◆
【釣り野伏せ(3)へ続く】




