第八十一話 釣り野伏せ(1)
天文十九年(1550年)9月
鉄砲製造の打ち合わせをしたり、材料の鉄や鉛を調達するために今津の町で高島屋の経営会議を開いたり、勝軍山城では根来衆相手にビジネスマナー講座を開いたりと、俺は何やらひたすら駈けずり回っていた。
津田算長ら根来衆が根来に帰ることによってようやく一息をつけるような有様であったのだ……
あまりにも忙し過ぎる。これはもう少し家臣を増やす必要があるかもしれないな。
そんなことを考えながら久しぶりに出来た時間で料理をしている俺である。
本日私が作っているのは……カツ丼だ。
といっても肉は鶏肉を使ったチキンカツ丼だけどな。材料としては揚げるための油と小麦粉と卵とパン粉があればまあなんとかなる。
いきなりチキンカツ丼にしたのはチキンカツだとソースがないと味気ないと思ったのでカツ丼にしたのだ。
問題となる材料はパン粉であるが、それはそろそろ食べないとマズイであろう古くなったアンザッククッキーを砕いて代用とした。
現代のパン粉は専用のものが売られていたり、食パンから作ったりするのだが、それは日本発祥のものだったりする。現代の美味しいパン粉はジャパニーズスタイルのパン粉であり、本場のはずのヨーロッパでは乾パンやビスケットを砕いたものを使用していたという。
今回俺が代用としたパン粉はそのマズイパン粉であるが、古くなった篭城用保存食の処分だからしょうがあるまい。
鶏肉に小麦粉、溶き卵、パン粉をまぶして油に投入する。熱々に揚がったチキンカツを包丁で切って、小さめの鍋(フライパン代用)に投入。めんつゆと残りの溶き卵もなべに入れて、卵が半熟になったら、どんぶりによそったご飯の上に乗せて出来上がりである。
たまねぎが無いのが残念だが、まあこんなものだろう。さて、熱々のチキンカツ丼が冷めないうちに義藤さまの所へ行かねばなー♪
まあ、予想通りに義藤さまは拗ねているのだけどな……
「よ、義藤さまー、本日は新作の料理をお持ちしましたよー」
「ふんっ――」
あかん、めっちゃ怒ってる。顔を合わせてもくれない。
「あつあつのうちに食べないと美味しくなくなっちゃいますよー」
だが、めげずに交渉を試みる。どうせ拗ねているだろうと思ってカツ丼を作って持ってきたのだが、普通に美味しいから食べさせることが出来れば勝てるはずなのだ。
「……なあ藤孝よ、そなたはわしを馬鹿にしておるのか?」
「そ、そんなことはありませんよ?」
「毎度毎度、わしが美味しいものに釣られると思っているのか?」
「釣るなどと、そんな……」
ちくしょう、めんどいな。いつも通りさっさと釣られれば良いのに。
「そなたが鉄砲の製造や、上洛した和泉細川の家中の世話で忙しかったのは知っておる。じゃがな、1週間も放置されればわしだって怒るのじゃ。それを……新作料理の一つでわしのご機嫌が取れると思う、その方の浅はかな考えが気に入らぬのだっ!」
別に遊んでいたわけではないのだから、そんなに怒らなければよいではないか。俺だって好きで放置プレイをかましたわけではない。
「まぁまぁ、お怒りはごもっともなれど、とりあえず一口味見をしてはいかかでしょう?」
どんぶりの蓋をパカッと開けて、匂いによる攻撃を試みる。
その成果は……
「む、なかなか良い香りであるな……」
効いているようだ。相変わらずちょろい義藤さまである。
「これはチキンカツ丼と申しまして、熱々のうちに食べないとその美味しさが半減してしまうのであります」
「あつあつで美味しいのか?」
「それはもう」
「しょ、しょうがないのう……一口だけだぞ」
「はい、あーん♪」
「ば、ばかものっ! そんな恥ずかしいマネができるかっ!」
「大丈夫です。この部屋には私と義藤さまの二人だけであります。誰も見ておりませんので安心してお召し上がり下さい」
少し逡巡していたが、結局は顔を真っ赤にして口を近づけて来る義藤さまである……とっても可愛い。
「あっ……あーん。ぱくっ、あつっあつっ……もぐもぐ、ンまー♪」
「でしょう? ではもう一口、あーん♪」
「ま、まだそれを続けるのか?」
もじもじと恥ずかしがる義藤さまと、それを見てニヤニヤする俺である。
「いけませんか? さあ」
「むぅ……あ、あーん、ンまー♪」
作戦通りに美味しいものに釣られて、恥ずかしがりながらも、「あーん」をして幸せそうに食べる義藤さまが愛おしくてしょうがないのである。
◆
「ふーっ、美味しかったぁ♪ しかし今日はなにやら暑いのう……」
今は旧暦の9月の頭なので、現代の感覚だと9月下旬くらいになるのだが、残暑という感じで今日は少し熱いかもしれない。義藤さまはたった今熱々のカツ丼を完食したばかりだしな。
いやまてよ、これはひょっとしてチャンスじゃないのか?
「義藤さま、実は今日のような熱き日にちょうど良い、涼しげな寝巻きを偶然お持ちしているのですが、よろしければお召し替えしてみませぬか?」
「ん? どのような寝巻きじゃ?」
「こちらの装束になります」
「ず、ずいぶんと小さき装束であるな……」
持ってきたのは――どこかのノーコン将軍に燃やされてから改良を重ねてようやく作り直しが終わった「体操服」であり、むろん「ブルマ」仕様である。
高島屋の打ち合わせで忙しい中であったが、呉服商の茶屋明延を急かしまくって完成させたものだ。
たしかに布面積は小さい……だが、それがいい。
「こちらの装束は軽く、とても動きやすいものになり、このような暑き日に着るといくらか涼しく過ごせるものと思われますが……いかがでしょう?」
「んー、これをわしが着るとそなたは喜んだりするのか?」
「義藤さまのために手間ヒマ掛けて作った装束でありますれば、それはもう喜びます」
エロいから喜びますとは口が裂けても言えぬだろう。
「そ、そうか、ではしばし待つがよい。着替えて参ろう――」
義藤さまに見えないように心からのガッツポーズをする俺である。
◇
◇
◇
「やはり小さいし肌の露出が多くて、す、少し恥ずかしいのであるが……」
つ、ついに念願の義藤さまのブルマ姿を拝めたぞ!
奇跡だ、可憐だ、萌え萌えだ、俺は成し遂げたぞぉぉぉ!
「ど、どうじゃ?」
カメラは、カメラはいずこだ?
なんでこの時代にはカメラがないんだ?
せ、せっかくの義藤さまの「ぶるまぁ姿」を保存できないなんて、あんまりではないか!
「少し恥ずかしいのじゃが、そ、そなたが喜ぶなら我慢をしても良いのであるがなっ」
もじもじ体をくねらせて恥ずかしがるところが悶絶ものの破壊力をかもし出している。正直言って生きていて良かった……まったくもって義藤さまのぶるまぁから目を離すことができない。
「あ、あまりジロジロ見るでない……は、恥ずかしいのじゃぞ」
そんなこと言われても、ぶっちゃけると裸よりもエロい格好の義藤さまが目の前に居て、ぶるまぁから健康的で美味しそうなふとももを晒しだしているのだ。
見るなと言われてもこんなの無理だろ? 一生見ていたい。
「む、もしかして、そなた……わしのことを邪な目で見てはおらぬか?」
はい、そのとおりです。私は今、横島デス。極楽に逝けそうです。
「そなた、もしかしてわしに劣情を抱いてはおらぬか?」
はい、そのとおりです。義藤さまのスポーツマンヒップにモッコリです。
「だ、黙ってないで、な、なにか申してみよ」
申し訳ないが少し黙っていてくれ、俺は今、芸術鑑賞で忙しいのだ。
「むむっ……こらっ藤孝! そこで横になるがよい」
え、なんだ? なぜに横に? まあ……このすばらしい光景を下の角度から眺めるのも乙なものかもしれないな。
言われたままに何も考えずにというか視線を外せずに畳に横になる。義藤さまの部屋はこの時代であっても贅沢な総畳敷きである。
「えいっ」
ぶるまぁがなぜか接近して来たかと思いきや、お腹に衝撃を受ける。
ん? なんだこれは? いつの間にかに義藤さまが俺に馬乗りになっているぞ? 何だ、何が起こったというのだ?
い、いやそんなことはどうでも良い。ぶ、ぶるまぁがまさに目の前にあるではないかぁ、眼福、眼福……
「お、おぬしはとことん馬鹿な男のようじゃな……そんなにわしのこの体操服とかいう格好が気に入ったのか?」
気にいるとかそういうレベルの話じゃないから。神だよ神。俺の目の前には今、女神様が居るのだ。ああ女神さまっ……最高のプレゼントをありがとう。
「むぅ……何でそなたはさっきから何も喋らないのじゃっ! この馬鹿者がっ! せ、せっかくそなたのために恥ずかしい格好をしておるのじゃぞっ! す、少しは可愛いとか褒めてくれたって良いではないかぁ」
何を言っているのだこの娘は?(将軍だった気がします)
可愛いとかそんな単純な言葉で表せるような次元ではないのだ。
この言葉では表せない俺の感動が分からないのか?
「もうっ、そなたにはおしおきじゃ!」
義藤さまが腹の上で暴れながら俺をポカポカ叩いてくる。
そのたびに体操服の小さめな胸が揺れるのだ。
おしおきという名のごほうびでしかない。
ちょっと待ってくれ。俺はいったいオパーイとぶるまぁとどっちを堪能すればよいのだ?
なぜに俺には複眼がないのだ? 俺は今とっても昆虫になりたい。
◆
【釣り野伏せ(2)に続く】
ちょっとイチャイチャしてから戦に行こうと
思っていたのにイチャイチャが止まりません……
すいません、この回も長くなりそうです