第八十話 鉄砲を生産しよう(1)
天文十九年(1550年)8月
「源左中将義藤である。和泉守護細川の家中の者らよ、上洛大儀である。苦しゅうない面をあげるがよい」
「公方様がお許しである。皆の者、面をあげよ」
「ははーっ」×いっぱい
何かとんでもないことがあった昨晩であったので謁見とかできるのかと心配をしてしまったが、一夜明けた朝になってお願いにあがると公方様は即答で快諾してくれた……良い上司だ。
根来衆らも三好方に妨害されることなく無事に上洛して来る事が出来たし、こうして公方様への謁見も適ったので、俺としては一安心であった。
謁見の栄誉を賜ったのは津田算長や田中祐直、中盛勝、成神長次、奥義弘、往来友章、淡輪隆重の面々である。
往来友章が無礼な態度を取らないか少々心配していたが、逆にガチガチに固まっていた。俺への態度と大違いではないか……げせぬ。
謁見の儀は夕刻に始めたのだが、儀式が長引くと義藤さまも嫌がるので形式ばった謁見の儀はさっさと切り上げて、一緒に上洛した公方様の護衛となる雑賀衆らとともに、宴会という名のバーベキュー大会に雪崩れ込むことにした。
この勝軍山城に留守居として残していた吉田雪荷と有吉立言らが、和泉細川の郎党を鍛えるためと称して、訓練の名の下に比叡山のお膝元の殺生禁断の地で鳥や動物を狩りまくってしまい、実は肉が大量に余ってしまっていたのだ。
せっかくの肉を捨てるのはもったいないので、急遽バーベキュー大会を開くことにしたわけである。
ちなみに屋外で行うことになったこの宴会には細川晴元の京兆家や近衛家らは参加していない。
そんな無粋で野蛮な宴には参加できないそうである。
政所執事の伊勢貞孝も苦言を呈しており、参加者は和泉細川家や普段懇意にしている幕臣らだけになった。
まあよい……身内だけでやる方が気を使わなくてよいからな。無礼講で酒池肉林を楽しもうではないか。
(女遊びはありません。酒と肉の健全なパーティーです)
根来衆や雑賀衆などは真言宗や一向宗に帰依しているのだろうが、そんなことは知ったことではない。肉体の強化こそが正義である。
和泉細川家の家臣や公方様の護衛となるからには、我が家の流儀に従ってもらおう。嫌がっても無理やり肉を喰らわせてやるぞ。
現代の店で食えば100gいくらになるか分からない最高級「近江牛」が食べ放題の圧倒的バーベキュー!
(ただの近江の高島郡に居た農耕牛です)
若狭湾から取り寄せた「伊勢えび」に「あわび」、「サザエ」、「牡蠣」という現代の店で食えばいくらになるか分からない豪華海鮮バーベキュー!
(火を通してから長距離を運んで来ているのでそこまでではない)
そのほか特別天然記念物の朱鷺の焼き鳥に、量だけはある鹿肉のソーセージに、見た目はアレなスズメの丸焼き、酒は豪華に吉田の神酒に清水の神酒も飲み放題の……将軍家公認の大バーベキュー大会だっ!
さあ、皆で食って喰らって飲んで呑みまくろう!
レッツ! パーリナイ!
「おらぁ、往来左京! もっとガーッと食わんかぁ! でかいのは態度だけか? おらぁ肉だ、もっと肉を食え肉を」
速攻で出来上がった鬼軍曹の米田求政が往来左京友章にさっそく絡んでいる。
津田算長や田中祐直は始めて呑んだ吉田の神酒のあまりの旨さにびっくりしておるし、水軍の頭領の淡輪隆重はすでに呑み過ぎてつぶれていた。
中盛勝や成神長次などは金森長近や有吉立言らと談笑しながら肉を食っている。皆、思い思いに楽しんでいるようで一安心だ。
ちなみに料理が出来る明智光秀や助っ人の平井秀名は七輪の煙に巻かれながらひたすら肉を焼く、焼肉マシーンと化している。
可愛そうな役目だが我慢してくれ。ほかの馬鹿どもに肉を焼かせたら、黒焦げにしてしまうのが関の山なのだよ。
◆
「やっているな」
肉食の野蛮人どもで溢れかえるバーベキュー会場に可憐な義藤さまが舞い降りてしまった。供廻りの新二郎や沼田兄弟に、小姓の松平竹千代に御部屋衆の一色藤長などを連れている。
「こ、これは公方様、このような席においで下さりますとはありがたき仕儀にて」
突然現れた公方様に恐縮して津田算長が礼を述べているが、別に気にしなくてよいのだ。どうせ義藤さまはお腹がすいたから美味しいものを食べに来ただけであるのだ。
「かまうでない、今宵は無礼講であろう? わしの世話は普段の供廻りがするゆえ、そなたらは気にせず楽しむがよいのだ……七郎、床机を持って参るがよい」
「はぁーい」
一色七郎藤長に床机(椅子)を持って来させた義藤さまは、バーベキュー会場のど真ん中にふんぞり返って陣取った。
俺は慌てて、義藤さまの周りに七輪を置きヨモギをくべる。
「兵部大輔、何をするか? け、煙いではないかっ」
前にも述べたかもしれないが、この時代に蚊取り線香はまだ無い。原料となる除虫菊の発見もまだ微妙な年代であるからな。虫除けはヨモギの葉を燃やすほかないのだ。
「公方様、これは虫よけになりますので申し訳ありませんが我慢して下されませ。それと煙ければこのマスクをお使い下さい」
煙いのを我慢できなかったらマスクで凌いでもらおう。義藤さまが蚊に食われて、そのお美しい柔肌に痕が残ってしまってはもったいないのだ。
義藤さまに上布でつくったマスクを渡すついでに近づいてそっと耳打ちする。
「義藤さま、本日は決してお酒は呑まないようにお願いしますよ」
「わ、わかっておる。そんなに近づくでない。皆が見ておるではないか」
なぜか顔を赤らめる義藤さまである。何を恥ずかしがっているのだ?
さて、義藤さまのお世話は一色藤長あたりに任せて俺は本日のメインディッシュの作成に戻ることにしよう。
本日私が作っているのは、具材に高野豆腐、鶏肉、牛肉、納豆、釜揚げしらす、ねぎ、ごぼうなどを贅沢に入れ、鰹と昆布で出汁を取り、味噌と酒粕を大量にぶち込んで作った、味噌汁というか粕汁のようなものだ。
これはとにかく筋肉に良い物をとことん選んでぶち込み、味が酷いことになりそうだったので、味噌と酒粕で誤魔化して作ったものだが、特徴は味よりもその効果がキモになる。
これは、食べることによって肉体を強化することができる優れた汁物であり――その名も「ドーピング味噌スープ」だ!
今宵の宴に集っているコイツらはどうせ脳筋なので精々体を鍛えてもらって、義藤さまを守る肉の盾にでもなってもらおうではないか、カーッカッカ。
だが、ドーピング味噌スープを喜んで一番食べていたのは義藤さまであった。義藤さまがマッチョになっても困るのですが……
◇
◇
◇
「喰らえ、必殺の筋肉バスターだろー!」
「なんの、ドーピング味噌スープを食らったオラには効かねーぞー。お返しに見せてやるだ根来戦闘術の奥義を、かーめーはーめー仏壇落としーっ!」
「ぬがぁぁぁだろー」
カンカンカンカーン!
何やら会場の一部が騒がしいと思ったら、松井新二郎と奥小蜜茶が取っ組み合いというかプロレスをやっていた。武器を使わずにおのれの肉体だけを使って戦っていたようだ。
「いやぁ感服しただろ。こみっちゃと言ったか? 力で負けたのは初めてだろ」
「なんの、オラも新二郎殿の力にはびっくらしたぞー」
ガシッ!
マッチョマンの二人が健闘を称えて抱き合っている。なにやら暑苦しい男が増えてしまったようだ……
あれ? そういえば義藤さまはドコへいったのだ?
さっきまでそこでドーピング味噌スープを食べていたはずだが……
「七郎、公方様はいかがいたしたのだ?」
「んー公方さまぁ? 公方様ならぁ、甘酒を飲んでどっかに行ってしまったのだー。ぼくは良い和歌が浮かびそうで忙しいのだから邪魔しないで下さいですぅー」
あ、甘酒って……誰だよそんな危険なものを義藤さまに飲ませたのは?
しまった。お酒だけでなく甘酒も禁止にしとけばよかった……ちくしょう七郎なんぞに公方様を任せたのが失敗だった。急いで義藤さまを探さねば――だがすでに手遅れであった。
「キャハハハハー!」
げっ、あのハイテンションな笑い声は……
「そこの小密茶とやらに告げる! 新二郎を倒したくらいで調子に乗るでない。新二郎などは室町親衛隊の中では最弱のただの筋肉馬鹿よ!」
「ガーン! 俺は最弱の筋肉馬鹿じゃないだろ……」
「誰だおめーは? オラがぶっ飛ばしてやるだろ」
義藤さまは俺が渡した中二病なデザインのマスクを付け、夜風で寒いかもしれないと思って渡したひざ掛けをマントのように羽織っており、それが変装となって奇跡的に公方様とは皆にバレていないようだった。(マジかよ)
「キャハハハハー! この私をぶっ飛ばせるかなー?」
「そんな所に居ないで降りてきやがれー」
義藤さまは天守閣の2階の屋根で偉そうに踏ん反り返っている。落ちたら危ないでしょー。
「キャハハハハー! 喰らえー! 必殺の地獄の断頭台ぃぃぃ! フン!」
あっ、義藤さまが信じられない跳躍力で2階から飛び、奥小密茶にその頭上から襲い掛かった。そして小密茶の首に膝を当てて地面に叩きつけたのである。
「うがぁぁぁぁ」
死亡確認。小密茶は「ハイテンション悪魔将軍」の繰り出した必殺技である地獄の断頭台により一発でKOされたのであった。
(本日のギャグ展開では、義藤さまに牛若丸こと九郎義経のご加護がついており、八艘飛びが可能になっております)
「キャハハハハー! われは最強なのじゃーって、わぷっ、何をするかー」
俺は頭の中の種か何かを割って、強化人間の如く超スピードで駆け出し、リング中央(BBQ会場です)で得意げになっていた悪魔将軍とやらをかっさらって天守閣へ逃げ出した。
なにやら腕の中でジタバタしていたが問答無用だ、いいから大人しくしていろ。
大慌てで2階の義藤さまの部屋へ駆け込み、羽根布団で簀巻きの刑に処するのである。
「こらー、将軍様に対して何をするかー、ぶれいものめー」
「大人しくしやがれこの馬鹿殿がー」
「なにをー、この将軍様に挑もうと言うのかー?」
俺は簀巻きにされてもジタバタ暴れる悪魔将軍の耳元でささやくのであった。
「夜のプロレスならいくらでも立ち会いましょう」
「夜のぷろれすってなんじゃ?」
「それは――」
俺の口撃により、悪魔将軍とやらはみるみると顔を真っ赤にして、ついには恥ずかしさのあまりにのぼせてしまった。
ぷしゅー
台風の如く暴れまわったハイテンション悪魔将軍であったが、本格的なエッチなお話にはまだ疎いようであり、藤孝の数十年にも及ぶAV鑑賞で鍛え上げられたエッチな話によってそのテンションは一気に沈静化し、大人しく眠りについてくれるのであった――
なにやらニヤニヤしながら寝ているけど、エッチな夢でも見ているのであろう……
◇
◇
◇
アホみたいな馬鹿騒ぎばかりをやっているように思えるかもしれないが安心して欲しい。最早眼前に迫っている三好長慶との戦いの準備も俺はしっかりとやっているのだ。
この勝軍山城でついに鉄砲生産に踏み切る準備を裏でしっかりと進めていたのである。
◆
【鉄砲を生産しよう(2)へ続く】
後編から技術的なお話が続くので
おちゃらけてしまいました




