第七十八話 合同就職説明会(1)
天文十九年(1550年)7月
「おやかたー、これはドコに飾ればいいんすか?」
「ああ、その大鎧はあっちで」
大鎧は義藤さまの部屋にあった唐櫃ごと拝借して来たものだ。大鎧なんて時代遅れだし義藤さまにはサイズが大き過ぎて合わないしな。どうせ使わないし、あとでそっと返して置けば問題ないだろう。(義藤さまのスリーサイズはいつでも完璧に把握している)
【注:源氏相伝鎧の源家八領のひとつともされ、足利将軍家伝来の家宝である「小袖」のような気がするけど、見なかったことにしよう】
「与一郎様、この掛け軸はこちらに掛けて置きます」
これも高そうな絵だったから飾るには良いだろうと思って、義藤さまの部屋にあったヤツをかっぱらって来た。
【注:東山御物のひとつで国宝の「雪景山水図」に見えるかもしれないが、多分何かの間違いだろう】
「御屋形様この太刀は――」
太刀は天下五剣のひとつで国宝の「大典太光世」だが、前に俺に下賜しようとしていたから勝手に持って来ても問題はないはずだ。
これからこの津田家の館で津田算長が連れてくる連中を謁見するので、少しでも守護職としての威厳を見せようと部屋を飾っているところだ。
義藤さまのお宝ならハッタリとしては十分だろう。ほかにも茶器やら、槍やら弓やら鞍やらをてきとーに飾っている。
「では、監物殿よろしく頼む」
さあ準備は出来たぞ。どんどん根来衆に雑賀衆のツワモノ達を謁見していこうではないか。
だが、真っ先に謁見の間に入って来たのは、ものすごくカブキ者な奴であった。無言で偉そうに俺らを見回し、膝立てでふてぶてしく座り言い放つ。
【根来衆は僧兵なのだが頭は丸めておらず所謂ハゲ坊主ではなく、総髪(長髪)の姿であったという。また根来衆や雑賀衆は南蛮や倭寇と交易しており、南蛮装束などの派手な衣装姿でもあったという】
「何だお前ら? 偉そーだな」
初っ端から変なの来たー!
「おい貴様控えろ、こちらにおわす方をどなたと心得るか!」
鬼軍曹の米田求政がさすがに注意をするが、気にもかけないようだ。
「知らん。俺はウザイ和泉の守護の連中をぶっ殺せると聞いたから来たまでだ。で、誰だお前は?」
「その和泉の守護の細川兵部大輔ですが……」
「なにぃ! てめーが守護だと? ここであったが百年目だ、ぶっ殺してやる!」
カブキ者が刀を抜き、立ち上がる。
ど、どーなってるのよー、津田算長はなんでこんなの連れて来たー。
だがそこでやっと津田算長が入って来てカブキ者を止めてくれる。
「こら左京、そなたの番はまだ後じゃ。それに刀を抜いて何をするつもりだ」
「うるせー順番なぞ待っておれんわ。それにこいつは我家の敵の和泉守護だと名乗ったのだぞ」
「だから説明しただろう、そなたの家が争って来た今までの守護方ではなく、新しく守護になられたお味方の細川兵部様だと」
「んー、そうだっけか?」
「監物殿よ。話が見えないのだがその無礼者は何者なのだ?」
カブキ者の無礼な態度に源三郎の兄貴はイライラしている。
「申し訳ありません。この者は入山田村の往来左京友章と申しまして、のちほど謁見させようと思っていたのですがいつの間にかに勝手にこちらへ参ってしまいまして……」
【往来友章は別名を根来左京、奥左京とも呼ばれ、実はあの三好実休(義賢)を久米田の戦いで討ち取ることになる荒法師だったりする。出自は中左近家の一族の奥左近家とされ、入山田村大木を領したことから往来、大木を称している(往来、行と読む説もあります)】
「左京殿はどうして和泉守護細川家がお嫌いなのですか?」
「守護の被官とかいう日根野がむかつくんだよ。嫌味ったらしく半済とか取立てにきやがってよ」
「それならば問題ありませんね。日根野も守護代を騙る松浦に従う賊徒であります。今は和泉細川家の被官ではなく、正統な守護である私の敵です。我らとともに日根野や松浦をぶち殺しましょう」
「お? なんだ話が分かる兄ちゃんじゃねーか。いいぜ俺の力を貸してやるわ」
「よろしく頼みますよ」
「おうよ、まかせておけ」
「では良い物をあげますので、これで勉強してください」
「なんじゃこれ?」
「これは『守護被官入門・初心者マニュアルセット』です。貴方も今日から守護の被官ですので、武家の身分に見合った礼儀作法を身につけてください」
ちなみにセット内容は伊勢下総家からかっぱらって来た伊勢流礼法書の「宗五大草紙」に、吉田雪荷の口述を飯河秋共に書かせた日置流の弓術書、小笠原稙盛が売り込んできた小笠原流の馬術書に、武家の法律である「御成敗式目」だ。
これらを清原枝賢に無理やり徹夜で写させて、大量にコピーした者を持ち込んでいるぞ。
「なんだか良く分からんが面倒臭そうだな」
「いい加減にしろ、この馬鹿者が! さっさと来い」
往来友章は津田算長に連れられて出て行った。
最初から変なヤツが来て面食らったが、まあ根来衆の荒法師なんてあんなものだろう。気にしないで次いこうか……頼むからもう変なの来るなよ……
「面接官の細川兵部大輔です。自己紹介とこれまでの経歴と、志望動機を簡単にまとめてお話ください」
守護の威厳を保つため、根来衆だろうがビビらずに毅然とした態度で面接官をやっていこう。
「中四郎左衛門尉盛勝と申します。我家は和泉の麹座に属する商人でありますが、日根郡熊取で地主もやっております。根来寺に成真院を建立して一族に院主をやらせております。松浦方には麹座で嫌な思いをさせられ、半済もむしり取られて恨みもございます。日頃お世話になっております杉之坊の津田様に、守護の被官となり武家となって奴らを見返そうとお誘い頂き一念発起してご応募いたしました……こんな私共でも採用いただけるのでありましょうか?」
「はい採用、我が社は貴方のような人材を求めておりました」
「は?」
「おやかたー、我が社ってなんすか?」
「ゴホン、すばらしい経歴をお持ちですし志望動機も完璧です。我が正統和泉守護家は貴方と共に槍働きをしたくあります。我らといっしょに松浦家を追い出し、松浦方の所領を切り取りまくりましょう」
「は、はぁ……私共は地主でありますが武家になれるのですか?」
「今日から守護である私の被官です。堂々と武家をお名乗り頂いて結構です。武家の振る舞いに不安がおありでしたら、短期集中合宿による守護被官講座を勝軍山城で開催予定でありますので、是非上洛してご参加下さい」
「ははー、ありがたき幸せであります」
【この中盛勝の三男は根来衆の成真院院主である根来盛重になる。根来盛重は熊取大納言坊の名でも知られ、関ヶ原や大坂の陣で武功を上げ、旗本として根来の幕府代官になっている。長男は中左近家として、次男は中左太夫家(降井家の養子)として熊取の下代官となっている】
中盛勝の次には中家の縁戚という降井刑部三郎隆家を面接して無事に採用とした。縁故は大事だからな。
その次も同じく根来衆であり、愛染院の院主の長誉の兄である成神対馬守長次を面接してこれまた採用した。
【成神長次の長男は成神左衛門尉貞次で、次男は愛染院長誉の跡を継いだ鳴神(成神)愛染院長算(根来長算)になり、二人は根来衆として多くの戦いで活躍した。愛染院長算は関ヶ原の戦いで武功を上げ、根来同心として江戸幕府の旗本根来家の祖となっている】
トップバッターが往来友章というトラブルもあったが、和泉守護家の面接会はとても好評であった。
翌日には予想以上に盛況となり「和泉守護家・将軍家合同就職説明会」に規模を拡大して、根来ビックサイト(根来寺です)で開催をしたのだが、なんだか凄いことになってしまうのだ。
◆
【合同就職説明会(2)に続く】
往来左京はともかく中左近とか成神長次は活躍した根来衆の
一世代上になるのでマイナーもいいところですね
相変わらずマイナー武将ばかり出してすいませんです
早すぎるんだよねえ小説の年代が……
次もマイナー武将てんこ盛りになりそうですがお許し下さい




