第七十七話 再び根来へ(2)
【再び根来へ(1)の続き】
◆
「少し話を急ぎ過ぎましたかな。もう少し具体的な話をしましょう」
「はあ……」
「津田殿は根来寺におきましては西口の大将たる杉之坊を運営しており、根来寺の評定衆であると存じます」
「そのとおりでありますが……」
「津田家は根来寺においては重きを為す家でありましょう。ですが、根来寺の外から見るとどうでありましょうか? ここは紀伊の国でありますが、守護たる畠山家の守護代や被官などからはただの国人として見下され、アゴで使われること、無礼な態度を取られることも多くあったかと存じます。ですが、和泉の正式な守護代ともなればそれは変わるのです。守護代には守護代としての格式があり、それ相応の礼節を受ける資格を有するのです」
「守護代の格式……礼節……」
この時代、お手紙の書き方とか家格によって凄くうるさかったりします。
「この日の本に守護代の家格を持つ武家がいくつありましょうや? 日の本には数え切れぬほど数多くの武家があります。ですが守護代ともなれば……その数は少のうございます。そう、守護代とは数少ない選ばれし武家なのです!」
「え、選ばれし武家……」
ものは言いようです。すぐそこに実力世界が迫っています。
「これまでは守護である細川家の被官と根来衆とは対立関係にありました。守護は根来衆の和泉国内における権益を認めようとはせず、荘園の代官である根来衆に半済を要求し、根来衆はそれに対抗して争いとなってきたことでしょう。ですが、津田家が守護代になることによって、津田家の力で根来衆の権益を守ることができるようになるのです。津田家は根来衆の守護神となるのです!」
「根来衆の権益を守る守護神……」
松浦や三好に取られるくらいなら和泉なんて根来衆に全部くれてやっても構わないからな。どうせ俺の懐は痛まない。だってもう和泉に権益なんて残ってねーもん。
「先ほどお見せした書状は守護の被官となる者を求めるものでありますが、守護代にはその被官を指揮監督する権限があるのです。和泉守護代となる津田殿はただの被官ではないのです。在国しない守護に代わり、守護の大権を代わって行使する権限が与えられるのです」
「守護の大権を私が代わって……」
「私は在京しなくてはなりませんので、和泉国の統治にはあまり関与できません。和泉の統治のほぼ全ては守護代に任せることになりましょう。そう……貴方に全てをお任せするのです!」
「全てをお任せ……」
「これまで、根来衆が和泉に進出するにあたって守護と争ったり、畠山家の権威を借りたり、根来寺に寄進するなど気を使って来たことでしょう。しかし、和泉の守護代ともなれば、もはや遠慮は無用です。ケツは守護の私と、私の公方様が持ってくれるのです。いわば室町殿の公認による押領し放題に、切り取り放題!」
「押領し放題に、切り取り放題……」
「和泉が全て平定されましても私は守護所である堺しか必要としません。そう、堺を除く和泉の大鳥郡、和泉郡、南郡、日根郡の四郡……しめて14万石は……全てまるまる貴方のものなのです」
「14万石がまるまる私のもの……」
全部押し付けるともう言うがな。あと正確には14万石弱だね。
「あとこんな物もあります」
「これは?」
「和泉鶴原庄の知行に関する幕府奉行人奉書です」
「は、拝見されていただきます」
【幕府奉行人奉書】(超意訳)
和泉鶴原庄は奉公衆佐竹新介基親の家領であるが、佐竹基親は奉公衆の任を辞し東国へ下向することとなった、改めて和泉鶴原庄を和泉守護細川藤孝に給するものとする。鶴原庄は守護代が代わって統治するべきものである。
幕府ブギョーズ治部の誰か、松田の誰か。
【奉公衆佐竹家は常陸守護の佐竹家の有力な一族で、北酒出季義をその出自として京佐竹家や美濃佐竹家とも呼ばれる。佐竹義尚が足利義満の弓の師匠となり、美濃山口郷や和泉鶴原庄を所領とし奉公衆佐竹家となった。戦国期の当主である佐竹基親は、その所領を押領されまくって没落、常陸佐竹家の申次をやっていた縁から常陸へ下向して守護佐竹氏に仕え「佐竹篤親(馬場篤親)」と名を変えている。子の馬場政直は佐竹宗家が関ヶ原後に秋田への国替えを命じられた事に不満を持ち、一揆を起こして処刑されたりする問題児】
一応言っておくと、佐竹氏の鶴原庄を押領した犯人は守護の和泉細川家であり、盗人猛々しいとはこのことである。
「すでに鶴原庄は私の所領と幕府は認めております。今は松浦家らの賊徒に押領されておりますが、この地を治める者は和泉の守護代とされました……分かりますか? 鶴原庄はすでに貴方のものです。不法に占拠を続ける松浦家を追い出すことは、守護代に課せられた使命であり、大義は我らにあるのです」
松浦家に喧嘩を売る口実をわざわざ作っておきました。
「守護代の使命……大義は我らに……」
「守護の被官となることを希望する者を集めるため、数日は滞在するつもりです。できればお声がけを手伝って頂きたくあります。ご自分が指揮することになるかもしれない者を集めながら、その間に考えてみませんか? ただの被官ではない守護代というものについて……今少しだけならば返答をお待ちすることも可能です。ほかに守護代をやりたいという者が現れるまでは――」
「ひょ、兵部大輔さま……いえ、御屋形様! な、何卒この津田算長を守護代に任じて頂きとう御座います。この算長、御屋形様のため一所懸命奉公仕る所存」
根来衆の津田家がコロっと落ちて、我が被官となり和泉守護代となった瞬間である。細川兵部大輔と津田大監物の二人は熱く手を握り合ったのである。
傍らで二人の遣り取りを見ていた明智光秀は何やら感動していたようが、米田求政と金森長近は胡散臭そうに俺を見ていたのであった。
◆
「では改めて守護代としての初仕事をお願いしましょう。守護代である監物殿の指揮下に入る被官を集めていただきたい」
「畏まりまして御座います。日頃懇意にしている根来衆や雑賀衆らに声がけいたしましょう。畠山尾州家の手の者の目がありますれば内々に勧めさせていただきます」
「根来衆や雑賀衆には是非とも自らの所領が手に入ることを、一族を養うことができる自分の土地が手に入ることを説明して下さい。他人のために金で雇われて戦うのではありません。根来寺に寄進の必要もない。紛うことなき自領であると……今だけのビッグチャンスですよと」
「びっぐちゃんす……ですか?」
「失礼、またとない好機ですよと、あと、ついでにこちらの書状もお願いしますね」
「は? 拝見いたします」
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篭城アルバイトスタッフ大募集!(超意訳)
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[連絡先]
【公方様の側近筆頭】御供衆細川家
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「すいません。実は公方様の足軽衆も集めて欲しいのです。根来衆や雑賀衆で単独で動く者や、国人などの次男坊とか三男坊にお声がけして貰えますか?」
「か、畏まりました。これは公方様の直臣ということであるのですか?」
「無論です。京では私が世話をしますので悪い扱いはいたしません。ご安心ください」
「花の都で、栄えある公方様の直臣として働きたいと願う者は必ずやおりましょう。できれば私の愚息もお願いしたいぐらいです」
花の都は三好方に占領されているし、やることは食いしん坊将軍のお世話だけどな。
「それは困ります。監物殿の息子さんは、和泉守護代津田家の嫡男でありますぞ。この地にあって守護代の嫡男たる仕事を為す必要がありましょう」
「そ、そうでありますな。何はともあれ、この監物にお任せ下さい。腕の立つものを必ずやつれて参りましょう」
津田算長は「和泉守護代津田家の嫡男……」とぶつぶつ繰り返しながらニコニコしてスキップを踏みながら出て行った。
どうやら和泉守護代津田家というフレーズが気に入ったようである。
津田算長やその手の者が各地を回って、守護の被官となることを希望する者を集めている間、俺達四人はヒマだったのでそれぞれ思い思いに過ごしていた。
米田求政の兄貴は薬屋に扮して生薬の買い付けなどをしている。
明智光秀は津田算長の嫡子である津田太郎左衛門算正と鉄砲の腕を競いあっていた。どうやら腕は互角のようであるが、津田流砲術と互角とは……我家のゴルゴは化け物か?
ちなみに金森長近は都の女の土産にするらしく紀州根来塗の漆器を買い集めながら、根来衆の女房や娘もナンパしていた。相変わらず下半身がお盛んなようである。
しかし、根来塗の漆器は良いかもしれないな。むろん義藤さまのお土産にもするが、守護代として上洛する津田算長が禁裏へ献上する物とするに丁度よいではないか。まさか禁裏に武器である火縄銃を献上するわけにはいかないので津田算長には根来塗を買い集めてもらおうかな。
俺はというと、今回も義藤さまへのお土産にするお菓子作りに勢をだしていた。今回お土産として偽造しているのは「ケンピ」である。
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「西川屋」と「ケンピ」
ケンピは四国高知県の伝統和菓子である。
小麦粉、砂糖、少量の卵が材料であり、練って伸ばした生地を細切りにして焼き上げた干菓子の一種だ。
なかなか堅く焼き上がるので堅干と書き、結構日持ちもする美味しいお菓子である。
この「ケンピ」を考案したのは「西川屋」の初代とされる西川屋才兵衛と伝えられる。西川屋才兵衛は先祖代々製造してきた素麺や麩の製法を応用してケンピを作り、慶長6年(1601年)に土佐へ入部して来た山内一豊に献上したという。
(それ以前からケンピは存在したという説もあります)
「西川屋」は元禄元年(1688年)に香美郡赤岡の地に創業され、土佐藩の御用商人として明治維新まで藩御用菓子司を代々務めた老舗菓子店であり、今もその伝統の味を伝えている。
似たようなお菓子で「芋ケンピ」があるが、それは材料にサツマイモを使うものなので別物になる。
――謎の作者細川幽童著「そうだ美味しいものを食べよう」より
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「ケンピ」は紀伊ではなく土佐名物なわけだが、土佐の商家から買ったことにすれば問題なかろう。どうせ義藤さまは美味しければ細かいことは気にしない。
数日後、和泉守護細川家の被官に興味を持つ根来衆や雑賀衆がぞくぞくと津田家の屋敷に集ってきた。
なんと言ってもこの戦国時代において傭兵集団として名を轟かせた連中である。
彼らと津田算長が我が被官として三好家相手に和泉で如何に暴れ回るのか……俺は胸を躍らせながら彼らに会うことになるのだ。
久しぶりに口先だけのハッタリ外交を書いたかも
これで序章のメンツは全員揃えた……長かったな……




