第七十六話 新政権スタート(2)
【新政権スタート(1)の続き】
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ちょっと待ってくれい。とんでもない理由で守護解任の最短記録なぞ更新したくないぞ。さすがにこんなに早く守護を解任されては困るので全力で義藤さまのご機嫌を取るハメになった。
なだめすかして、美味しいものをいっぱいあげて、甘い物をたくさん用意して、ローリング土下座を決め込んで、綺麗な服もいっぱいプレゼントして、真珠や翡翠など高価な装飾品もたくさん貢いで、甘い言葉をささやいて……
なんとかかんとか許しを得ることが出来たのであるが、最終的な決め手になったのは……「最高級の奥州馬を献上します」の一言であった。
ちなみに高価な装飾品はいらぬと突き返された。
【足利義輝は名馬を好んだという話があったりします】
なんとか解任をまぬがれた和泉守護職であるが、和泉の国は三好方に奪われており名目だけのものに成り下がっている。
だが腐っても守護職である。この時代はまだなんとかギリギリ守護職には権威が残っているのだ。
「そなたは和泉守護職には大義名分があると言うが、いったい何をするつもりであるのだ?」
「室町殿の認めたる和泉の正統なる守護職として、守護代を任命しようかと考えております」
「和泉の守護代はたしか松浦とか言ったか?」
「松浦家は確かに我が和泉上守護細川家の守護代でありましたが、松浦守は我家に刃向かいし逆賊の徒であります。松浦家ではない者を新たに守護代に任じようと考えております」
「それは誰であるのか?」
「具体的には現地の情勢を調べてからになりますが、和泉に所領を持ち守護代という大義名分を欲しがる者は少なくはないはずです」
「そなたのことじゃ一応宛てはあるのであろう?」
「まあ考えはあります」
「その者は誰であるのじゃ?」
「それは根来であります」
「根来? 大和の興福寺のように根来寺を守護代に任じるのであるか?」
いろいろな説があるのだが大和国には守護が存在しなかった。大和国は古来より興福寺(神仏習合で春日神社も含む)が荘園領主として一円支配を行っており、守護が指揮すべき御家人がほぼ存在せず、鎌倉幕府は守護を置けなかった、あるいは置く必要が無かったというのが実態であろう。
室町幕府においてもそれは同様で、興福寺の別当か一乗院・大乗院の門跡が守護権(相当)を行使するような状況であった。
「守護代に任じようと考えているのは、根来寺ではなく根来衆になります」
「よくわからんのだが、根来寺と根来衆は同じではないのであるか?」
「根来寺というのは――」
根来寺は簡単に言うと、高野山にあった「大伝法院」が高野山内部の内ゲバから根来に移転して来たものになる。
根来寺は多数の坊院で構成されているのだが、根来寺の坊院は大きく分けて行人の坊院と学侶の坊院に分かれていた。
(坊院、坊舎、僧房、子院、塔頭と色んな呼び名があるが、全部大きな寺の中の小さな寺みたいなものなので、乱暴だが全部同じようなものと考えてよいと思っている)
「学侶」は、オッスおら勉強大好き! な、マジメでガリ勉なお坊さん。
「行人」は、オッスおら戦い大好き! な、戦闘民族な僧兵さん。
根来寺の理解としては大体こんな感じでよいかもしれない。学侶はとりあえずこの先あまり関係ないので行人の話をすすめる。(マジメな行人さんもむろん居ます)
根来寺の行人はぶっちゃけるとその中身はほとんどが国人領主だったりする。(違うのも居る)
先に分かりやすく雑賀衆は「国人領主」で根来衆は「僧兵」だという話しをしたが(第三十二話 根来)、根来衆もその内実は紀伊や和泉の国人領主が構成要因なのである。
だが、一応雑賀衆とは違って根来衆の国人は段階を踏んでおり、一族を根来の坊院の院主に就任させたりしている。だから俺達は根来寺の僧兵なんだという建前なのである。
(根来衆は僧兵であることを強いられているんだ!)
また、根来衆は僧房・坊院単位での行動を取るのでただの国人領主というわけでもない。
国人衆の郎党が主な戦力ではあるが、僧兵には食い詰めた浮浪者や根来寺に救いを求めに来た者、盗賊くずれの悪党や学侶くずれなど様々人々が居たようで、坊院ではそれを信者として戦力化もしていたのだ。
だが結局のところ坊院を経営している主体は院主を出している国人領主なわけで、主な坊院の院主は同じ一族から続けて就任しており、いわゆる世襲化の状態となっている。
あと非常に分かりにくいのだが、雑賀の国人なのに根来寺の院主を出している雑賀衆なんてのも居たりする。そいつは雑賀衆であり根来衆であるという、非常に誤解を生みやすい存在だったりするのだ。
根来寺は寺領72万石と称される超強い荘園領主なのだが、その実態は各坊院ごとの荘園である。
坊院は国人領主が経営しており、国人は一族を根来寺の坊院の院主に就任させて、領地をその坊院に寄進したり、領地を購入したり、または力で奪い取ったりして、土地を坊院の物とする。そして根来の荘園になった土地の代官に国人自らが就任するという手法で、領地の支配の正当化や自衛の手段としているわけなのである。(根来寺の一員という集団的自衛権による安全保障みたいなもの)
紀伊の国の守護は畠山金吾家であるのだが、高野山や熊野三山、根来寺など寺社勢力が強く、畠山家も応仁の乱以降には御家騒動で勢力を失い、紀伊では守護による統制が行われなかった。
そのため雑賀衆や根来衆が台頭するのであるが、雑賀では国人領主が合議制による連合の「惣」を結成して雑賀衆となった。根来では国人が根来寺の仕組みを利用することで僧兵集団となり根来衆となったわけである。
根来衆とはこのようなものなのだが非常に分かりにくいので、雑賀衆は国人連合、根来衆は僧兵集団という理解でも良いと思っている。
「――つまりは根来衆というのは国人領主でもあるわけなので、その中の有力者を守護代に就けようかと考えているわけなのです」
「なんだか難しい話で良く分からないのだが、根来衆は今のままで上手くやっているのだろう? 守護代職に興味を持ったりするのか?」
「根来の院主や有力者と言ってもそれは根来寺の中だけのものになります。それに対して守護代職は全国区の知名度を誇る絶大なステータスなのです」
「すてーたすとはなんじゃ?」
「簡単に言えば超凄い家格です。幕府に公認される守護代になるということは、その家の家格が一気に上がることになります。根来寺の有力者であるただの国人で終わるよりも、守護代という栄誉を得たいと思う者は必ずや居ると存じます」
そこらに居る自称守護代じゃなくて正式な守護代であるので威力はあると思うのだ。その権威でもって根来衆の有力者を根来寺と和泉守護の被官の両属にするか、あるいは守護の被官専門に引っ張って来ようという算段である。
「それで……そなたはその守護代に誰ぞを任じて、守護として和泉で戦うというのであるか?」
義藤さまが凄く悲しそうな顔をする。
「安心してください。守護代を任命したら帰ってきます。和泉守護職は在京が基本でありますので、私は義藤さまの傍らにいつも一緒におりますよ」
「そ、そうか……べ、別にいつも一緒に居て欲しいとか思ってないんじゃからな! 勘違いするでないぞ」
真っ赤になりながらツンデレするところが相変わらず可愛らしい。
「そんなわけで急ぎ準備をして、根来や和泉に向かうことになります。なるべく早く帰ってきますので、しばしの不在をお許しください」
「な、なるべく早く帰って来るように努力しなきゃ許さないからな」
俺もこんなに可愛い生き物の側には早く帰りたいものだとしみじみ思うのであった――
根来は二回目なので前より掘り下げました
次話ではマイナーなやつらも出していくつもり