第七十五話 守護職就任(1)
天文十九年(1550年)6月
「掃部頭や源三郎は下がらせたぞ。その方をいたく心配しておったようだが良かったのか?」
「すびばせん。こんな情け無い姿を配下らには見せられませぬ」
情けないことであるが、俺は現在、義藤さまの部屋で義藤さまの羽根布団にくるまって絶賛篭城中なのである。父の三淵晴員や米田源三郎の兄貴が心配して来ていたようだが、義藤さまが追い返してくれたようだ。
「まあそうじゃな。わしの布団にくるまって泣いておる姿なぞ見せられるものではなかろう……ん? そなたはその情け無い姿をわしには見せてもよいのであるか?」
「義藤さまは……特別でありますれば」
「ふふん。そうか、わしは特別であるのか♪ ところで、お主はいつまでそうしているつもりなのだ?」
「……もう少しだけ」
「まったくしょうのないやつだのう」
そう言って義藤さまは俺の籠城している布団に侵略を開始した。むろん無条件降伏の上あっさりと開城する。
本日のサービスタイムは、お布団の中での添い寝のようである。
「何があったのじゃ? さっさと白状するが良いぞ」
義藤さまのおっぱいホールドに抗しきれず、和泉細川家の家督のことや、義父の細川晴広に子どもが生まれた件など洗いざらい吐かされることになる。
布団の中で抱きしめられて、服の上からで少し残念サイズではあるが目の前に柔らかい「おぱーい」があるのだぞ、どう抵抗しろというのだ?
「ふむ、そなたも御家のことでは苦労しておるようじゃな」
「義藤さまほどではありませぬが……」
双子の兄が死んだので、女の子なのに征夷大将軍にさせられた義藤さまに比べれば、俺のお家の事情なんて軽いものだろう。
「では、わしらはお互い家のことで苦労しておる仲間ということであるな。それで、そなたはどうするつもりなのじゃ?」
「義藤さまはどうしたら良いと思われますか?」
「わしの意見なぞ聞かずとも決めているのであろうが……まあ、よい。男の背中を押すのは女の仕事だと言われたからのう」
そんなこと誰に言われたのだろうか?
「細川兵部大輔藤孝に命じる。その方は和泉上守護細川家の家督を継ぐがよい。加えて淡海守護細川家の幼子が成長するまでの間、義兄としてその幼子を後見することを命じる。和泉・淡路の両細川家を率いて、わしの手足となって存分に働くが良い」
言われていることは存外酷いことなのだが、義藤さまのためであれば問題はない。俺は頑張れるはずだ……
「ヨロごんでお受け致しまずるー」
鼻声で答えるのが情けなくはある。
「ほかに何かわしに望むことはあるのか?」
「それがしを和泉細川家の後継者とお認めくださるのであれば、和泉守護職への正式な任命と御内書をいくつか書いていただきたくあります」
「和泉の守護職? 和泉の国は三好ら敵中の手にあるのであろう? 名目にしかならぬと思うのだが、それでもよいのか?」
「大義名分にはなりますので……」
「お主らしいが、泣いておってもしかと今後の策は考えておったようじゃな」
義藤さまが頭を撫でてくれる。
「和泉細川家を継ぐのであれば、守護としての家格は活かしたいと思っております」
「わしのために頑張るがよいぞ。では、和泉家や淡路家の件はわしが間に入って調停することでよいのだな?」
「それはできれば明日にして頂きたく……」
「それは構わぬが……今日では何かまずいことでもあるのか? ……ん? 今日は? もう少し? 添い寝をしていて欲しいであるとぉ?」
呆れたように義藤さまはため息を付く。
「ふう……そなたはほんにバカだのう……まあよい、今日は存分に甘えさせてやってもよいが……へ、変なことはするでないぞ?」
「……しては行けないのでありますか?」
「わ、わしは今、喪中じゃ。へ、変なことをされては困るぞ」
「……喪中でなければよろしいのですか?」
「し、知らぬわ! あ、あまりしつこいと追い出すんじゃからな!」
義藤さまのもの凄い寝相の悪さで、結局は義藤さまの布団から蹴り出されれることになるのだが、それまでは義藤さまの温もりと、柔らかさに包まれる至福の時間を過ごすことができたのであった。
起きた時は、布団の外でぶるぶると震えていたがな……
◆
「昨晩はお楽しみでしたね?」
義藤さまの部屋から朝帰りをした俺を、偉いニコニコ顔で出迎える源三郎の兄貴である
「べ、別に義藤さまとは何も無かったぞ。今後の対応について相談しただけだ」
「は? 一晩一緒に居ておいて、何も無かったというのでありますのか?」
「そうだ。わしと義藤さまとは、き、清い関係であるのだ」
自分で言っておいてなんだがこっぱずかしい。
「ほんとに? まったく手を出さなかったと?」
「そ、そうじゃ。しつこいのう」
「……ばっかじゃねーの?」
「主に向かって馬鹿とはなんだ! 馬鹿とは!」
「バカ殿に馬鹿と言って何が悪いか! 年頃の娘と一晩一緒に過ごしておいて何もしなかっただと? このフニャ○ン野郎が! 呆れて物も言えぬわ」
「う、うるさいぞ! その無礼な言動は、たとえ源三郎の兄貴であっても許さぬぞ」
「ほう、許さなければ何としますのか?」
「て、手打ちにいたしてくれる」
「はん、ヘタレ野郎に打たれるほどヤワな源三郎ではないわ。来るなら来い、このバカ殿がぁ!」
「お、おのれわー」
だがそこに騒動を聞きつけた五郎八がやって来て主従の喧嘩を止めに入る。
「ま、待たれよ。まずは落ち着いてあっしにも事情をお聞かせくだされ」
源三郎が事情を説明するのだが、五郎八も呆れているのが分かる。
「まあアレだ。若殿がどうしようもないヘタレであるのは確かだが、バカ殿呼ばわりは言い過ぎであろう。源三郎もそこは謝罪すべきである。若殿も源三郎が得難い家来であることは重々承知のことと思われるので、軽々しく手打ちにするなどと言ったことは詫びるがよろしかろう」
ちくしょう、五郎八のくせして珍しくまともな事を言いやがる。
「ごめんなさい」×2
朝からアホな話題で、主従に亀裂が入ってしまっては馬鹿らしいのでお互い謝った。
「源三郎も若殿のことはもう放っておくがよいのだ。こいつはダメだ、全く期待できん。だが義藤さまならばきっと成し遂げてくれるはずだ。どうせ若殿が手を出さなくとも、義藤さまの方が先に押し倒してくれるはずだ。俺が入手した情報によれば、あちらの方も義藤さまを随分と後押ししているようでな――」
「おい、お前ら俺の悪口はそれくらいにして主だった者らを集めてくれ、皆の者に知らせなくてはならないことがある」
今度は五郎八が何やら俺の悪口を言っているが、いい加減この話題から離れたいので、二人に主だった家臣を集める命令を出す。
和泉上守護細川家の家督を継ぐことになることを家臣らに報告するためだ。
◇
◇
◇
主だった配下を集めて、朝飯を食いながら家督の件を説明する。
ちなみにウチは朝から肉いっぱいの朝飯である。肉体強化のためにタンパク質を採るのだ。
「ほう、それは目出度いことでありますな」(中村新助)
「これからは若殿ではなく、殿と呼べるようになるのですな」(金森長近)
「いや、和泉細川家は屋形号の格式の家柄であるからな、これからは御屋形様、あるいは上様と呼ぶべきであろう」(米田求政)
「御屋形様かー」(斎藤利三)
「なんだかカッコイイ響きですね」(志水清久)
【諸説あるのだが、この時代「屋形号」を名乗るのは室町幕府の許可が必要であり、許されるにはそれ相応の家格が必要だったりした。和泉守護職であった、上守護細川家も下守護細川家も屋形号は許されている】
「これは早速、道三様に報告せねば」(明智光秀)
「我々はどうなるのありましょう? これからは和泉細川家の家臣ということでよろしいのですかな?」(吉田重勝)
「ああ、その方らは淡路細川家で召抱えたというよりは俺の直臣であるからな。晴広義父上と相談にはなるが、全員和泉家にFAの予定だ」
「ふりーえーじぇんとはなんでござるか?」(野村又助)
「形的には和泉細川家に養子入りする形であるので、そなたらには肩の狭い思いをさせることになるやもしれぬが……どうか堪えて欲しい」
「お任せあれ、御屋形様に恥をかかすような真似はいたしませぬ」(米田求政)
「そうそう、心配ばかりしていると誰かさんのようにハゲますぜ」(金森長近)
「私はハゲてない」(明智光秀)
「和泉家の者らとは高島郡で戦場を共にした仲、あ奴らであればうまくやっていけましょう」(吉田雪荷)
我が愛すべき配下らに、俺が和泉細川家の家督を継承することを反対するものは居ないようであった。彼らからすれば俺の肩書きが変わろうが関係ないということであろう。我ながら良い家臣を持ったと思うのである。
◆
【守護職就任(2)に続く】
登場人物紹介も作ったことだし、
良く出てくる連中のフリガナはもういいかな?
とか思ったりしている。