第七十四話 和泉上守護細川家の家督(1)
天文十九年(1550年)6月
「義父上、なぜこの期におよんで細川晴元如きに従おうとしますのか」
「如きとは無礼であろう。五郎様(晴元)は京兆家の正統な当主であるぞ。我が細川一門の嫡流である」
「細川一門と申しましても我が淡路細川家は佐々木大原と蔑まされているではありませんか」
「なればこそだ。この細川一門の、京兆家の危機において我ら淡路家が力を尽くすことにより、我らは真に細川一門として迎えられるのだ」
「細川一門なぞ既に崩壊しております。(政賢流)典厩家の細川晴賢殿も和泉守護家の細川元常伯父も所領を失い率いる兵なぞ、最早ありませぬ」
「和泉守護家はそなたが庇護して兵はあるではないか。そなたが兵を率いてくれれば晴元殿はお喜びになるのだ。わしとともに出陣してくれぬか」
「我が兵は公方様の為のものです……細川晴元の為に無謀で無益な出兵に参加はできませぬ」
勝軍山城内の義父の部屋に呼び出され、義父の細川晴広と口論になってしまう……もう何度目であろうか。
「父の頼みであってもか」
「申し訳ありませぬ、義父上……」
大御所の忌中であるというに、細川晴元は洛中奪還のために懲りずに西院の小泉城に仕掛けるというのだ。
細川晴元からの頼みで義父は俺に参陣を請うて来た。淡路細川家の本隊は江口の戦いでほぼ壊滅しており、義父には率いる兵がほとんどいない為であるが……
大御所の四十九日も終わっておらず、三好長慶が仕掛けて来ない現状において、寡兵の細川晴元が仕掛けるとか正気の沙汰とは思えない。
高島遠征中に勝軍山城に残した義父が細川晴元とさらに懇意になってしまうとは……置いていったのは失敗だったわ。
義父の細川晴広は俺にやりたいようにやらせてくれるし、俺の配下を無理やり取り上げようともしない。実に良い義父であるのだが、細川一門であろうと拘るところだけは勘弁して欲しいのだ。
「細川家の血を引くそなたには分からぬのじゃ……」
別れ際に呟いた義父の言葉が耳に残る。
父の三淵晴員は和泉上守護家の細川元有の次男で、細川元常の弟であるから、その父の子の俺は一応細川の血筋ではあるのだが……
【三淵晴員が和泉上守護細川家の出身であることを疑問視する説もあったりします】
正直言って、細川晴元と細川氏綱の京兆家の家督争いとか、細川一門とか俺はどうでも良かったりする。
三好長慶の台頭で最早細川家に力などはないし、京兆家が息を吹き返して京兆専制体制が復活するなどしたら幕府が困るだけではないか。
かつて室町幕府の最大勢力となった細川一門の栄光に憧れ、その細川一門として遇されたいと願う父とは分かり合えることはないのであろうか……
◆
義父との口論で沈んだ気分を癒して欲しくて、自然と義藤さまの部屋がある天守閣へと足が向いてしまった。
階下の控えの間でボクサーの如くねじり腹筋に精を出す新二郎に声を掛けて二階にあがるが、顔を出した瞬間に義藤さまの鋭い声が襲い掛かってきた。
「藤孝、そこに座るがよい」
「あ、はい」
「違うであろう、わしが座りなさいと言ったら正座だと、この前しかと教えたはずであるぞ」
なんだ、この禍々しいプレッシャーは?
ヤヴァイ。今日はご機嫌を取るための美味しいものがないぞ。
「よ、義藤さま、わたくしめはどうして正座をさせられているのでありましょうか?」
「覚えがないのであるか?」
「とんと」
「困った男であるよのう、自分のしでかした不始末も分からぬとは、駄犬にも劣る男よな」
「わ、私が一体何をしでかしたというのですか?」
先日、葬儀のあとに東求堂で逢った時はギクシャクはしていたが、普通の対応で別に怒ってはいなかったのだが。
「……3日前と4日前の夜。そなたはどこで何をしておったか?」
「は? その日は確か、今津の町で商家の者らと打ち合わせを行っていたかと存じますが」
「ほほう、その打ち合わせというのは、もしかしたら美味しいものがたくさんある宴会というものではなかったか?」
「はあ。会食で親睦を深めようとの趣旨でしたので」
新型のウイルスが蔓延しているわけでもないのだから、宴会や会食がダメとかではないよな?
それとも俺だけ美味しいものを食べていたことに怒っておいでなのか?
「その会食とやらで、その方は誰と親睦を深めたのであろうのう」
「それは、商家の者らとでありますが」
「ほんとうか?」
「無論であります」
敵と密通していたとかはないぞ。
「では、どうしてその席に巨乳の女子がわんさかと居たのであろうなぁ、不思議であるのう」
「商家からの接待でしたのでそういった女性はいたかもしれませぬが、特に私が希望したわけではなく」
「ほほう、では女子を横に侍らせて酌をさせるようなことは全くしなかったということでよいのであるか?」
「そ、それは断り切れずそのようなこともあったかもしれませぬが」
「ど・お・し・て、断らないのじゃ」
「そ、それは相手方の接待を断るというのは失礼にあたるものとする説がありまして……」
「それでは巨乳の女をお持ち帰りしたのも、失礼がないようにと申すのであるか?」
「し、しばらく! わ、私は決して巨乳の女子をお持ち帰りなどしてはおりませぬぞ! それどころか指一本触れてはおりませぬ」
「それはおかしいのう……わしの元にはお主らが巨乳の女子や翌日にはほっそり美人を楽しそうにお持ち帰りしたとの報告が参っておるのじゃが!」
くっ、柳沢元政か。あのアホは毎度毎度、間違った情報ばかり公方様に伝えてからに。
「あいやしばらく! そのタレコミは間違って御座りまする。お持ち帰りをしたは五郎八や源三郎であり、わたくしめは一人もお持ち帰りなどしてはおりませぬ。疑いであれば源三郎らにお聞きしてくだされ」
「それは誠の事であるのか?」
そんな疑いの目で俺を見ないでください。
「我が軍の誠の軍旗に誓って」
淡路細川家の軍旗には新撰組のパクリで「誠」の一文字を採用しております。
「わしの目を見て誓えるか?」
「いくらでも」
真剣な眼差しで義藤さまを見つめると、義藤さまは恥ずかしそうに目を逸らした。
「む、ならばこの件は証拠不十分で保留といたすとしよう。だが疑いが晴れたわけではないので、源三郎の証言が得られるまでは、今後の行いに注意するがよい。もしも、お持ち帰りなぞしていたら……逆賊として討伐するところであるからな」
浮気したら逆賊認定されるのかよ。実際に浮気した暁には族滅の憂き目に遭いそうだなこりゃ。
「そんな決定権がお前にあるのか!」と言いたいところだけど、この人は征夷大将軍だから有るので困る。
「この藤孝、義藤さま以外の女子になぞ全く興味がありませぬ。藤孝を信じてくだされませ」
「む、そうか……して、何用かあって参ったのか?」
ようやく禍々しいオーラが消えていつもの義藤さまに戻られる。
美味しいものがないとこんなに苦労するのかよ。
「はあ、実は義父上の細川晴広から、公方様に出陣の要請がありましても断っていただきたくお願いにあがりました」
「ああ、その件なら案ずるな。今は喪中ゆえ兵は動かさぬときっぱり申し伝えた」
勘弁してくれ、先に公方様に依頼してたのかよ……
義父上も内談衆になるのだから、公方様のこととか、幕府のことを優先して考えて欲しいものなのだが。
「御迷惑をおかけしました」
「その方が謝らなくてもよい。細川晴広殿も我が家臣であることに変わりがないのだ……そなた、少し元気がないようじゃな」
「すいません、この件で少し義父と口論になりまして」
「仕方がないのう。ほれ、コッチに来るがよい」
膝をパンパンして手招きする義藤さまである。
多少気まずさはあるが、せっかくのお招きなので遠慮なく膝枕をしてもらうことにしよう。
ふとももが味わえるチャンスは最大限に生かす、それが私の主義(性癖)だ。
「まったく、そなたは甘えん坊であるのう……」
そうはいいながらも満更ではない顔の義藤さま。
「それは義藤さまが甘えさせてくれるからであります」
「義父上とうまくいっていないのであるか?」
「いえ、そういうわけではないのですが……」
義藤さまの膝の上から見上げると、胸は残念ながら素通りして、やさしく微笑んでくれる義藤さまの可愛い顔が見えて和んでしまう。むろん頭では最大限にふとももの感触を楽しんでいる。
会話は途切れてしまったが、頭を撫でられながらの至福の時間がただ流れていく。俺はこの時間をかけがえのない宝物のように感じるのであった。
さりげなく寝返りをして顔面でふとももの感触を堪能しようと企んだその時である。またもやお邪魔虫が乱入する。
「お楽しみのところ申し訳ありませぬ。与一郎様はこちらにありますでしょうか」
ボカン!
おーっと、藤孝くんヒザ蹴りでふっとばされたー。
ゴーーール! 義藤くんのドライブシュートで藤孝くんが床の間に付き刺さったー。
「げ、源三郎か何用じゃ。べ、別にお楽しみ中ではないから入って参るがよい」
「はっ、失礼します。申し訳ありませぬ。三淵掃部守(晴員)様が与一郎様をお探しでありまして」
「ふ、藤孝ならそこにおるぞ」
「与一郎様、そんなところで何をしておいでですか?」
床の間に突き刺さっている藤孝は立ち上がろうとするのだが、残念ながらガッツが足りなかったようである……
◆
【和泉上守護細川家の家督(1)に続く】
あくまで藤孝の性癖よ? 作者は関係ないのよ
義藤さまとのやりとりが楽しくて話が前に進まないよー
いかん、さくさく本筋を進めねば
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