第七十一話 はいてない(1)
天文十九年(1550年)5月
饗庭三坊やら田屋家など残る敵を追い散らし高島郡の平定を成し遂げた義藤さまと俺はひとまず高島統治の要とするべく考えている今津の町へ戻った。
今津の町ではMMRの商家メンバーである饅頭屋宗二、角倉吉田家、茶屋明延、川端道喜に若狭の組屋と鼠屋が待っていた。
先日越後の長尾家と共同で越後から上方への流通を担う「越後屋」を創ったわけだが、ここ今津を拠点に同じような商社を創ろうというのである。商社の名はてきとうに「高島屋」(パクリ)と名付けた。
老舗百貨店として有名な高島屋は初代の飯田新七が近江商人の飯田家に養子として入り、養父の出身地から屋号を高島屋としたものである。
近江商人は「売り手よし、買い手よし、世間よし」の三方よしの思想で江戸時代から近代にかけて発達し、大坂商人、伊勢商人とともに日本三大商人のひとつに数えられる。
近江商人の中でも九里半街道を使って若狭方面への商いを活発に行ったグループは小幡・八坂・薩摩・田中江・南市の商人達で五箇商人と呼ばれている。
そのうちの南市は高島郡の南市(現在の高島市安曇川町田中の南市地区)の商人であり、高島屋は彼ら南市の商人を傘下に治めゆくゆくは九里半街道を通る五箇商人をも統制しようと目論むものである。
(ちなみに九里半街道は基点の今津から若狭小浜までの距離が九里半であったからその名で呼ばれるようになった。南市商人は高島商人の源流である)
九里半街道の起点であり西近江路も通る今津の町を支配し、九里半街道と鯖街道の重要な関である保坂関をも支配する。北陸方面から京への街道の流通を掌握し、殿原衆の居初宗助らを使い琵琶湖水運への参入も目指していく。
そう、「高島屋」は幕府によって平定した高島郡の利権を美味しく頂くための悪の秘密結社なのである。
義藤さまに美味しいものを貢いで幕府から各種特権を獲得して、俺はこの秘密結社を操る影の支配者として君臨するのである。経営は面倒くさいのでMMRに丸投げしましょう。
MMRのメンバーに「高島屋」への出仕を強要するため脅しをかけたり、南市の商人を幕命にて召還し今津に強制移住させる命令を出したり、今津に拠点を構える他の五箇商人と面会するなど、商人との会合を重ねた。
さらに父の三淵晴員や他の奉公衆らと今後の高島郡統治の打ち合わせも行うなど俺は多忙を極め、幕府軍の本陣を置いた今津の町の曹澤寺の義藤さまの部屋へ行く頃にはすっかり夜もふけてしまっていた。
義藤さまの部屋に声を掛けるのだが返事がない。しょうがないので返事を待たずに恐る恐る入室する。
むろん義藤さまは拗ねておった……だが義藤さまは本日も女の子の格好で俺を待っていた。
「藤孝、遅いわ」
「もうしわけありませぬ。この今津や高島郡の統治で打ち合わせを行っておりました」
「まったく、せっかく可愛い格好をしてそなたを喜ばせてやろうと思っていたのにこんなに遅くなりおってからに」
最近はこのパターンが多い。可愛い格好をしていれば俺が喜ぶものと思っているのだろう。
「麗しい格好をしてくださり嬉しくあります」――むろん喜ぶがな!
「とりあえず、そこで正座するがよい」
拗ねている義藤さまに逆らっても余計拗れるだけであるので素直に従って正座をする。
「若狭の関戸久興と組屋隆行が海産物を献上して参りました。サザエをつぼ焼きにして参りましたので冷めないうちに頂きましょう」
「む、その方はわしが美味しい物を食べれば機嫌が良くなるとか思ってはいないだろうな?」
そりゃあ、思ってますがな。
高島屋の商材として組屋隆行と試作している珪藻土の七輪でサザエを焼いているのだが、礒の香りがたまらない。
サザエの良い香りに義藤さまはヨダレを垂らさんばかりになってくる。
「さあ、一緒に食べましょう」
「……仕方が無いな。許す近うよるがよい」
美味しい物を食べてようやくご機嫌斜めが終わってくれる義藤さまである。相変わらずちょろいものだ。
◆
「では高島の統治について詳しく聞こうか」
義藤さまそう言って、ヒザをパンパンと叩いて俺を手招きする。膝枕で懐柔して俺の口を割ろうという魂胆であろう。
膝枕如きでこの俺様が喜ぶと義藤さまは思っているようだが……むろんめっちゃ喜ぶに決まっておる。犬っころのように義藤さまに擦り寄る俺である――わんわん。
「義藤さまの御威光により高島郡の平定がなりお喜び申し上げます」
「いらぬ世辞はよい。高島郡の平定はなったわけだが今後の統治や者どもの論功は如何様に考えておるのだ?」
「山門領は代官を置くに留めますが、基本的には高島郡全域を将軍の御料所といたします」
「朽木家や平井家などはどうするのだ?」
「彼らは外様衆から奉公衆に鞍替えですね。家格は落ちることになりますが、彼らからは内諾を得ておりますので問題はないかと」
「扱いづらい外様衆から奉公衆に代えてわしの手足となる直属の兵とするわけか」
「高島四天王に加え、こたび功のあった殿原衆の居初宗助や猪飼正光らも奉公衆に任じていただきたくあります」
居初宗助と猪飼正光には勝野津周辺の永田家の旧領を与える予定である。殿原衆を奉公衆として配下に加え琵琶湖の水運を掌握していこう。
「大御所と相談が必要であるが、彼らを奉公衆とすることに問題はなかろう。京より率いて来た奉公衆らの恩賞はどうするのか?」
「功績に応じて各地の代官に任じます。高島遠征の副将でありました三淵晴員には清水山城と高島家の旧領を与え、高島郡の新たなる旗頭として高島統治の要として頂きたくお願いします」
「そなたの父御がやたら張り切っていたのはそういう密約があったわけか。始めからそのつもりで高島郡に攻め込んだとはのう」
「我が三淵家は公方様に対して最も忠義厚き家と言っても過言ではありますまい。父の三淵晴員や兄の三淵藤英は決して公方様を裏切ることはありませぬ。高島統治の要とするには相応しき者かと存じます」
「そなた……わしのひざの上でそんな仰々しくしゃべっても格好はつかぬぞ。それよりも……父と兄をお願いしますと、わしにかわいくおねだりしてみせるがよいぞ」
上から俺の顔を覗き込みながら、少しイジワルな顔でからかってくる義藤さまである。
「ち、父と兄をお願いいたします」――顔を真っ赤にしながらお願いする。
「そなたは愛いヤツよのう。よいぞ、その方の望み適えてしんぜよう」
俺の頭を撫でながらニコニコしていやがる。
「あ、ありがたき幸せにござりましゅ……」――恥ずかしいわ。
「ほかにおねだりしたいことはあるのか?」
「我が旗下として功のありました和泉細川家を、清水山城へと所替となる三淵家に代わり大垣の代官に任じて頂きたく」
「有吉将監(立言)とやらが永田伊豆守を討ち取る功をあげておったな。問題ないじゃろう……では、おねだりするがよいぞ」
この娘(将軍です)、完全に楽しんでいやがる。
「お、おねがいでござりましゅー」
義藤さまのひざの上でモゾモゾしながらおねだりする。
「こ、こら! くすぐったいから動くでないわ。あまり粗相をすると和泉細川家が可哀想なことになるぞ」
ペシリと頭を叩かれたが、堪能したふとももの感触は最高であった……
だが、ふとももを堪能したから和泉家の恩賞が無くなったとなれば、有吉立言に一生恨まれてしまう。
「な、なにとぞお許しくだされませ」
「まあよい。和泉細川家の件も承ったぞ。ところでそなたへの褒美はどうすればよいのじゃ? いろいろあったが高島平定で最も功があるのはそなたであろう。さすがに今回は膝枕だけでよいとは言わぬであろう?」
ずっと自由にふとももの感触が味わえるのなら全て捨てても良い気がしないでもないが、さすがに頑張ってくれている家臣の手前、そういうわけにもいかぬか。
「この今津の町と保坂の関の代官に任じて頂きたくあります。高島屋を責任者として巧く治めてみせましょう」
「ん? 高島屋とはなんであるか?」
義藤さまに高島屋の説明をする。
「それで、コソコソと商人どもと会っていたのか。まあよいじゃろう。そなたの望みのとおりにするがよい」
「ありがとうございます」
別にコソコソ会っていたわけではないのだが……まあ、とりあえずこれで高島郡を獲った主目的は達成できそうだな。高島屋にはいろいろと幕府から便宜をはかるのでがっつり儲けてもらおう。
「そなたへの褒美はそれだけでよいのか? ほかに所領が欲しいとかは無いのか?」
「代官の配置だけで十分であります。私が欲張りますとほかの奉公衆にいらぬ恨みを買いかねませんので」
「ふむ殊勝であるな……わしからも何か……そういえば藤孝、実はそなたにひとつ言い忘れていたことがある」
「は?」
「わしは今、紐パンとやらをはいておる」
な、なん……だと……!?
◆
【はいてない(2)に続いてしまう】
……何も言うことはないです
察してください




