第六十六話 足利義藤初陣(2)
【足利義藤初陣(1)の続き】
◆
幕府軍は永田城から北上して鴨川を上小川村で渡河し、小川主膳正秀が籠もる小川城を通りすがりに攻め掛けた。
小川正秀はろくに戦いもせずに逃亡したため小川城は永田城以上にあっけなく陥落している。
小川城を焼き払ったあとは北西に進路を変え、高島郡の安曇川以南において市が立つなど中心的な村である南市村(田中)に進軍した。
南市村の近郊には高島七頭の山崎三郎五郎の五番領城と田中四郎兵衛頼長の田中館(下の城)がある。
田中頼長は永田城・小川城があっけなく落城した報を受けて、さっさと田中館からトンズラしていた。詰めの城である田中城(上の城)に篭城するつもりだろう。
アンガールズ田中には逃げられてしまったので、しょうがないからザキヤマを攻めるとしようか。
「皆の者かかるがよい!」
公方様の号令で五番領城に幕府軍が攻めかかる。五番領城も平野にある平城で堀や土塁を築いてはいるが館に毛が生えたようなものだ。
守りの堅い山城をひとつ落とすことも、平城をみっつ落とすことも名声はそんなに変わらないだろう。変わらないなら楽な方を選ぼうや。
「兵部殿、お願いがありますだろ」
毎度変わらぬ手順で城攻めを指揮していたら、公方様の供廻りである松井新二郎や沼田兄弟が俺に詰め寄って来た。
「どうした新二郎?」
「我らはこの高島攻めが初陣になりますだろ。何卒槍働きの機会をお与え下さいだろ!」
本陣にただ座っているだけの義藤さまも不満だったようだが、その義藤さまを守る供廻りも戦に参加できずに不満だったようだ。
なんでこう幕府の連中は好戦的な連中が多いのだろうね。ヒマなら楽が出来て良いではないか。
「新二郎あのなぁ。お主らは公方様の護衛であるぞ? その本分を忘れ、槍働きがしたいなどと――」
うるせえ大人しく公方様を護衛してろや! と、却下しようとしたら公方様に口を挟まれてしまう。
「藤孝、わしからも願う。その者らにも活躍の機会を与えては貰えぬか?」
「公方様にそう申されてしまいましては……うーん、米田源三郎と金森五郎八をこれに」
公方様にお願いされてしまっては仕方がない。金森長近らを公方様の護衛に廻して、米田求政に公方様の供廻りを率いさせて城攻めに参加させることにした。
あっさり攻め落としているとはいえ、本日三度目の城攻めだ。さすがに兵も疲労している。新手で精鋭たる公方様の供廻りに寄せ手を交代するのもありだろう。
「公方様、あまり甘やかさないで下さい」
「すまぬ。だが、あやつらにも戦場を経験させることは必要であろう」
まあ、そう思ったから配置転換させたけどさ。勝てる戦であれば経験を積ませることも良いだろう。
「お前らを抹殺するだろ」
「首を洗って待っているがよい」
「やつらはただのカカシだ」
「てめえらなんか怖かねえ!」
「野郎ぶっ殺してやる!」
松井新二郎や沼田光長・統兼の兄弟に、朽木藤綱・成綱の兄弟らが、とても公方様の供廻りとは思えぬ危ないセリフを吐いて敵城に向かって突貫していった。
こいつらは普段から肉を食いまくり、現代理論で身体を鍛えまくっているためランボーやコマンドー並にマッチョマンになり、この時代では鬼のような強さを誇るようになったと思う。
見た目は花○慶次や北斗○拳のヤラレ役にしか見えんけど……こんなムサイやつらが可愛い公方様の護衛で良いのか心配になってきたわ。
「あれ七郎? お主は行かなくてよいのか?」
供廻りの連中は喜び勇んで城攻めに向かったと思いきや、御部屋衆の一色七郎藤長が残っていた。
「あんな筋肉だるま達と一緒にして欲しくないですぅ。私は文化担当なので、ここで大人しく公方様にお茶でも献じておりまするー」
文化担当とか有るのか知らないが、一色藤長は城攻めには興味ない風で公方様とお茶を飲んで和んでいた。まあ公方様の側近がゴリラばかりでは困るから、こういうのんびりした奴が居てもよいだろう。
米田求政に率いられたゴリラじゃなくて供廻り衆が敵城に攻め寄せた。
城攻めの手順はいつもと変わらない。周囲を囲んで敵勢を分散させ、鉄砲隊と弓隊で牽制してから、米田求政が突撃を指揮して城門を突破する手筈だ……った筈なのだが――
「イヤッフー!」
「デッデウー!」
「ランランルー!」
――なぜか城門を攻めずに新二郎たちは謎の掛け声を発しながら脅威の跳躍で塀を飛び越えていった。一体何をしているのだアイツらは……
誰だ? やつらに槍を使った棒高跳びなんぞ教えたのは……すいません俺でした。やつらジョークと思わずマジメに練習に取り組んでいたのか? 華麗に飛び越えて行きやがったではないか。
「ひでぶっ! あべし! たわば!」
「汚物は消毒だろー!」
「ひゃっはー、ここは地獄だぜー!」
「幕府軍の強さは日ノ本イチィィィ!」
ヤツラが飛び込んだ敵の城内から悲鳴やらわけの分からん絶叫が聞こえて来る。
「藤孝、城攻めとはずいぶん豪快なものなのだな……」
「いえ……アレは何かの間違いですので忘れて下さい」
あんな城攻めがあってたまるか。
「お前はもう、討ち取っている!」
「敵将! 山崎三郎五郎は我ら公方様の供廻り衆が討ち取っただろー!」
「……何か討ち取ったとか叫んでいるぞ?」
「はぁ……ですが公方様、あのような無謀な突撃はダメな見本ですので絶対にマネをしないようお願いしますね」
「安心するがよい。あんなものマネのしようがない」
「ソーデスネ」
◆
いろいろ問題はあったが、ともかく五番領城は落ちた。
勇躍城攻めに参加した新二郎や沼田兄弟ら公方様の供廻り衆が、なぜか城主の山崎三郎五郎を討ちとってしまうという大金星を上げたりしたが、まあ細かいことは忘れてしまおう。
あっさり勝ったことだけ覚えておいて欲しい。
幕府軍は五番領城を焼き払い、田中頼長が逃げ出して空き家になっていた田中館を接収して本陣とした。
「疾風将軍」はわずか一日で三つの城を落とし、城を一つ無傷で占領したことになる。公方様の名声のために犠牲にした永田・小川・山崎には悪いが、この実績は喧伝しまくって良いだろう。
「呆気ないものだな。永田や山崎をこうも簡単に討ち取るとは」
本陣とした田中館で腰を落ち着けた義藤さまが声を漏らす。
「永田や山崎は高島七頭の中でも最弱……」
永田家は分家の永田賢弘・景弘父子が六角家の家臣となっており、分家の方がこの時代勢いがあったりする。
逆に山崎家は六角家の家臣でのちに織田信長に仕えた山崎片家(賢家)の方が本家にあたり、元々本家のほうに力があった。高島郡の永田や山崎は国人としては弱小の部類と言ってよいだろう。
「そうか面汚しみたいなものか」
「それに敵の虚を突き、敵が備をなす暇を与えずに攻め寄せたからこその戦果です。明日に攻める佐々木田中家は高島七頭でも勢力は一二を争い、田中家が率いる兵も2千はありましょう。本番は明日からとお考え下さい」
「本番前に潰された永田や山崎が哀れだが、あの強行軍や舟を使っての上陸はそなたの見事な策であったということか。見事である。褒めて使わそう」
「ありがたきお言葉。では褒美ではありませぬがひとつお願いをお聞き届けいただけませぬか?」
「よいぞ。何であるか?」
「しからば、こちらの装束にお着替えをお願いいたしまする」
「は? な、なぜに巫女の装束を着ねばならぬのだ。み、皆に見られては困るだろうに」
「これには深〜いわけがあるのです」
「どんなわけじゃ!」
「ここは敵地であり、元は敵の城になります。どこぞに賊が潜んでいるやもしれませぬ。暗殺や襲撃から身を守るためにも変装し、身を守る用心をすることが肝要であるのです。この策はかの長尾景虎殿から指南された護身の術であります」
【上杉謙信(長尾景虎)は毎日装束を変えて忍びの者の目を欺いていたという逸話があったり、なかったりする】
「変装は分かったが、なんで女子の格好をせねばならぬのだ!」
「今宵の設定は、渡り巫女が私のところに夜伽に参った設定でございます。公方様のお部屋には敵を欺くため、影武者として一色藤長を置いてありますれば、安心してお着替え下さい」
「よ、夜伽となっ?」――ボン! 義藤さまが真っ赤に爆発した。
真っ赤になって恥ずかしがる義藤さまはトニカクカワイイが、流石に冗談が過ぎたようである。涙目になって来たので冗談ですと土下座で謝ったが許しては貰えなかった。
「この俗物がっ!」
義藤さまは汚らわしいものを見る目つきで言い放ち、見事なドラゴンフィッシュブローを放って俺をKOした。
KOされた俺は謎のマッチョな集団に連れ去られ、今宵は巫女服で夜伽なウフフならぬ、汗臭い筋肉集団と雑魚寝でウホッ! という最悪の環境に叩き込まれることになった。
初陣で緊張していたであろう義藤さまを和ませるつもりのジョークだったのだが、全くもって冗談にはなっていなかったようである。
ただ、義藤さまに罵られるのは「かなりアリ」だなと不謹慎にも思ってしまい、汗臭い悪夢にうなされながらも、次こそは体操服姿の義藤さまを拝むため、なんとかして着せる策はないものかと思案にふけるのであった――
今週のノルマを達成したとか書いたが
あれはウソだ!
感想に誤字報告を貰えて
ブクマも帰って来て、評価もしてくれて
ありがたくてテンション上がって
モチベマックス状態で続きを書いてたら
出来上がってしまったので投降だー
なにか久しぶりに昔みたいな勢いで書けました
いつもストックとかないので
来週分はこれからですがまた頑張ります
みなさんありがとうマジ感謝してます




