第六十三話 ちょっと越後へ行ってくる(2)
【ちょっと越後へ行ってくる(1)の続き】
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できたばかりの笹団子を味見しながら上杉家の守護屋敷の庭を眺めていたら、明智光秀が来客を告げて来た。
この守護館は上杉謙信の後継者争いである御館の乱の舞台になった上杉憲政の館である「御館」とは別のものであるが、御館からわずかに東の至徳寺付近に越後守護上杉家の守護所があったと考えられている。直江津には上杉家と長尾家の館があり上杉謙信も春日山城とは別に政庁として使用していたともいわれる。
「本庄新左衛門尉殿と直江与右兵衛尉殿がお見えであります」
本庄新左衛門尉は本庄実乃、直江与右兵衛尉は直江実綱でのちの直江景綱であろう。上杉(長尾)家中では有名な部類だと思う。むろん大好きな武将だったりするが、ミーハー気分で会ってよいものではないか。
(以下、直江景綱で通します)
1544年、兄の長尾晴景の命で林泉寺より還俗した長尾景虎は中郡(中越)の三条城に入城、ついで栃尾城に入った。若輩の長尾景虎を侮った国人衆が栃尾城に攻め寄せたが、「栃尾城の戦い」で長尾景虎は別働隊に敵の後背を襲わせ、敵が混乱したところを城から打って出て見事に壊滅させたという。
長尾景虎の初陣としてはこんな話が一般的であろう。栃尾城に攻め寄せた敵は三条長尾家の長尾平六とされることもある。
だが三条長尾家の長尾平六俊景は1512年に古志長尾家の長尾景房(上杉景信の父)に討たれていたりする。正直「栃尾城の戦い」なる合戦が本当に有ったのか怪しかったりするのだが、有ったとしても小規模な戦いであり、長尾景虎の見事な初陣は、伝説か話を盛っただけではないだろうか。
本庄実乃はこの当時の栃尾城代であり長尾景虎をその初期から支えていたものと思われる。
直江景綱はこの直江家を乗っ取った直江兼続が余りにも有名であるが、正直出自がはっきりしない家だったりする。飯沼氏の被官であったとされるが、直江景綱が一代で築いた家と思ったほうがよさそうである。
本庄実乃も直江景綱も長尾景虎による長尾家の家督継承の推進派というよりは担ぎ上げた立場であろう。長尾景虎の初期における側近で有力な奉行衆であったはずだ。春日山の重臣の登場は長尾景虎の意思で事前交渉に来たと考えてよいだろう。
「来たか、丁重にお通しせよ」
長尾景虎が不在で会談が二日遅れるなどということは、まあウソっぱちだな。我らを守護館で待たせている間に事前交渉に来るだろうとは予想していた。
挨拶もそこそこに、本庄実乃が本題を切り出してくる。
「明日には御実城様(長尾景虎)がこの守護屋敷に参上して会見と相成ります。我が長尾家としては申次の大館殿ではなく細川兵部大輔様が代わってわざわざ越後まで下向されたことの真意を図りかねております。明日の会談を良きものとするため胸襟を開いて友好を深めたく参上しました次第であります」
どうやら越後まで来たことを警戒されてしまったようである。
「これまで長尾家の申次でありました大館殿は多数の申次を抱えておりますゆえ、大館殿が申次のままでは長尾家との交渉が疎かになる恐れもあり、こたび公方様直々の御下命にて私が越後に参る機会に申次を変更することになりました」
「申次の交代は我が長尾家とさらに昵懇となるためでありますと?」
「むろんです。公方様は上杉家に代わり越後国主となる守護代の長尾家とこれまでよりも良き関係を築きたいとお考えであります。先々代の守護代である長尾為景殿(父)は大御所様に対し忠義を尽くした御仁でもあり、長尾家を大事とお考えであるのでしょう」
ちなみに長尾為景という男は越後守護代でありながら、越後守護の上杉房能とその兄である関東管領の上杉顕定という、主筋の二人を殺した下克上の権化のような男なのだが、室町幕府とは巧く付き合っていたりする。
長尾為景は多額の献金を行って幕府に上杉定実を越後守護に、越後守護代に自身を正式に補任させ、幕府による将軍足利義晴の今出川御所造営の費用徴収にも協力している。
また朝廷からも内乱平定の綸旨や御旗を授けられており、上杉謙信の中央志向はオリジナルなものでなく実は親子二代に渡るもので前例の踏襲だったりする。
豊後の大友家とともに長尾家も幕府の権威をうまく利用しており、幕府を支える有力な地方権力でもあった。在京雑掌の神余氏は多岐に渡る幕府との折衝で大いに活躍したであろうし、申次だった大館家も謝礼で大分儲かったと思われる。
「大館殿や大御所様も同じ意向でありますのや?」
「こたびの越後下向は公方様の意思であります。先日より大御所様は大患で臥せっておいでであらせられますので……」
「大御所が病ですと?」
「残念ながら」
「うーん……」――本庄実乃はうなり声をあげて考えこんでしまった。
大御所が病に倒れたことを明かすことで、幕府の主導権はすでに大御所から公方様に代わったことを宣言するようなものだ。公方様の腹心たるそれがしの下向は軽くないぞとのアピールも忘れない。
「大御所様の病は秘事ではありませなんだか?」
「むろん公にしてよいものではありませぬ。この場のみのことと思し召しいただきたい」
「そ、それはむろんのことであります……」
◆
黙り込んでしまった本庄実乃に代わり、直江景綱が別の話題を振ってくる。
「神余隼人より聞き及びましたが、兵部大輔様は三条西家より青苧公事の徴収についても委託を受けておられるとか、その件もありましての越後入りと存じますが」
「三条西家は滞りがちである長尾家からの青苧公事の徴収について私を通じて幕府に委託されました。青苧の件につきましても私は公方様より一任されております。三条西実枝卿は我が歌道の師でもありますが、私はあくまで長尾家と三条西家との橋渡しと心得ております」
三条西家との個人的なつながりもアピールしてみる。
「これはこれは……兵部殿は我が長尾家をいかようにでもできるようでありますなぁ」
「公方様より長尾家の差配は全て任せるとの言を頂戴しておりますれば……」
「三条西家はいかほど納めて欲しいとお考えでありましょうや?」
「御心配なく。三条西家には既に今年の青苧公事分は納める手筈になってございます。来年からの分はこれからゆるりと交渉いたしましょう」
「は? すでに納めているとは一体どのようなことで……」
二人は意味が分からないといった感じで顔を合わせている。
「こたびの幕府への貢納で長尾家も懐が厳しいかと存じましたので、今年の青苧公事につきましては私の一存で肩代わりさせて頂きました」
長尾家は国主待遇を得るために幕府へ鳥目(銭)をけっこうな額納めている。
「しかし、そうとうな額であると存じますが、そのようなことが可能なのでありますのか?」
「ああ御心配なく。それぐらいの額は軽くこの越後で儲けようと考えておりますので」
「は? 我が越後で儲けるとはいったい……」
「この越後で新たな商いを考えておりまして、実はそのための相談に参ったのが越後下向の本題であるのです」
「は、はあ商いでありますか……」
「青苧の流通に関しては三条西家との交渉も含めて大いに協力いたしますれば、長尾家におかれましても私の商いに是非協力していただきたいのです」
頑張って営業スマイルで笑いかけたのだが、直江殿には分けのわからないことを言い出す変なヤツと思われてしまったのか、引きつった顔をされてしまった。
俺の営業スマイルって胡散臭いのかしら?
「それは幕府のご意向というわけでありますかな? 協力しないとどうなりますのでしょうか?」
「ああ御心配なく、商いは幕府とは関係ありません。長尾家から依頼のありました毛氈鞍覆に白傘袋と塗輿の免状につきましては既に許可を公方様より頂いております。これは長尾為景殿に許された先例がありましたので、とくに問題とはなりませんでしたので」
「は、はぁ……」
「あとはそうですね。これも長尾為景殿の前例がありますので、幕府への官位執奏をいただければ長尾景虎殿の従五位下信濃守への叙任の用意がございます。すでに公方様より内諾を頂いておりますれば速やかに執奏をお願いしたくありますが――」
「そ、それはありがたく……」
「御心配なく、私への謝礼は一銭もいただきません。長尾家が満足されたらそれが何よりの報酬でございます。私は長尾家の味方です。一緒に幸せになりましょう」
おかしいなぁ……一生懸命仲良くしようとあの手この手でアピールをしているのに、本庄実乃も直江景綱もまるで物の怪でも見るような目で俺を見つめてくるではないか。
俺はただ仲良くしたいだけなのだがなぁ……
――ジャララン!
そこになにやら大きな音が鳴り響いた。
そして琵琶を片手に持ち、黒い法衣姿をした者が部屋へ入って来る。
「神五郎(直江景綱の仮名)も新左衛門も下がるがよい」
「お、御実城様……」
「そなたらには荷が重い相手のようだな。この者とは吾が直接話さねばなるまいて……」
琵琶を持ち法衣でコスプレしているが、どうやら長尾景虎みずからのお出ましのようである――
上杉謙信のキャラで悩みまくってました
それこそ謙信を「お姉様」キャラにすることも考えましたが
ねえ……
誤字報告いつも本当に感謝しております
いっぱいあって本当に申し訳ないです
評価、ブックマークありがとうございます
感想も本当にありがたいです
うまく書けなくて落ち込むことも多いのですが
書く勇気を貰っております




