第六十二話 大御所の病(2)
【大御所の病(1)の続き】
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「公方様、勝軍山城の改修が予定通りに完了いたしました」
「作事奉行としての兵部大輔の働き、まことに大儀であった。何か褒美をとらせよう。何か望みはあるか?」
「それでは、城の改修にあたっていた者を使って内裏の修理を行いたくあるのですが、御許可を頂けませんでしょうか?」
「内裏の修理とな?」
この時代の内裏は現代の京都御所の原型にもなった土御門東洞院殿であるのだが、朝廷の収入が戦国時代に入って激減したことで、修理が滞り結構ボロボロの有様であった。塀は崩れ天井には穴も空いていたなどともいわれている。
「はっ。三好長慶の手の者が洛中へ進出しており、洛中の治安が悪化しております。帝(天皇)を安んじさせるために必要な措置と考えます。また今年は公方様が参内しての年賀の挨拶を行えなかったこともありますので、そのお詫びとしての意味合いもございますが」
「だがこの勝軍山城の改修に費用が掛かっておろう。それに加えて内裏の修理ともなると、いささか無理があるのではないか?」
「費用のほうは御心配なく。洛中商家の川端道喜など多数の者が費用の拠出を願い出ており、幕府の費用分担は抑えることが可能でありましょう。また幕府の財源としては饅頭屋宗二からの進上金を充てる算段がついておりまする」
川端道喜は史実では自らの資金で内裏の修理をしているほどの勤皇家なので、費用の相談をしたらあっさり拠出の話に乗ってくれた。
ほかに清原業賢伯父や吉田兼右叔父も費用負担に応じてくれている。実際の内裏の修理作業は弁慶新五郎棟梁が率いる謎の宮大工集団がやってくれる手筈にもなっている。
「ふむ。皆の者はどう思うか」
大御所が病に倒れているため、今は政務のほとんどを公方様が執られている。本丸御殿で評議しているのだが、公方様は大御所を支えて来た側近たちに意見を求めた。
「財源があるのであればよろしいと存じます」
「作事奉行はそれがしに是非とも」
「なかなか殊勝な心がけでおじゃるな」
「少々小賢しく感じますが、よろしいかと」
「概ね賛成が多いようであるな。良いだろう。作事奉行は結城左衛門尉(いわゆる結城忠正)に任せよう。兵部大輔と相談の上、すみやかに事を進めるがよい」
「ははっ」
いつものごとく義藤さまとは事前に打ち合わせ済みであり、御殿での評議は茶番のようなものである。内裏の修理であるので近衛稙家や久我晴通からの賛同も得ており根回しも十分していた。
最近は歌会などを重ねており近衛家との関係修復も進んでいる。なんといっても摂関家筆頭の近衛家である。近衛家の協力があれば朝廷工作がスムーズに行えるのでやはり近衛家との協調関係はまだまだ必要であろう。
その近衛家とともに歌道において交流を始めた三条西家の当主である権大納言の三条西実枝卿が、内裏に赴いて作業の打ち合わせをしていたところを訪ねて来た。
用向きは三条西家の重要な収入源である青苧公事の交渉の依頼であり、交渉先はあの越後守護代の長尾家であった。
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青苧というのは苧麻やカラムシとも呼ばれるイラクサ科の多年生植物で「日本書紀」にも記載されるほど日本において古代から栽培されてきた繊維用の植物である。
青苧は麻などとともに古来より衣類の原料に使われ、平安時代から越後は青苧の生産地として栄え「越後上布」は高級品の代名詞でもあった。
三条西家は青苧座の本所として税金を徴収する立場にあり、当初は天王寺座に座役を納めさせて専売の許可を与えていた。天王寺座は越後に青苧の買い付けに出向き莫大な利益を上げていたという。
だが越後守護代の長尾為景(上杉謙信の父)の台頭によりその状況が変わってしまう。長尾家は越後の商人で長尾家の御用商人でもある蔵田五郎左衛門に越後青苧座を結成させ、青苧の流通を統制下においてしまうのだ。
天王寺座は越後の青苧の流通からハブられてしまい、三条西家は重要な収入源である青苧の税金徴収を蔵田五郎左衛門やそのバックに居る越後長尾家と交渉しなくてはならなくなっていた。
「――というわけなのだ。兵部大輔殿にはなにとぞ長尾家との交渉をお願いしたい」
三条西実枝卿が俺に青苧公事の件とその状況を説明してくれた。
「大納言様には古今伝授の件や歌会で日頃よりお世話になっております。喜んで長尾家の交渉を肩代わりいたしましょう」
「おお、承知してくれますか。長尾家との交渉が上手くいきましたおりには、我が家に伝わる古今の秘事を是非とも教えてさしあげましょう」
この時代どこの公家も生活には非常に困っているからな。青苧公事という収入源を持つ三条西家は比較的余裕がある方だが、その青苧公事の収入が減っては堪ったものではないので必死にもなるか。
すでに饅頭屋宗二殿から古今伝授を受けているので、三条西家から改めて古今伝授を受ける必要はそれほどないのだが、まあ伝授してくれるというなら貰っておこう。
「公方様とも相談して長尾家と交渉いたしますれば、朗報をお待ち下さい」
三条西実枝卿はめちゃくちゃ喜んで帰っていったが、喜びたいのは実はこっちの方である。あの越後長尾家とチャンネルが作れそうなのだからな。この前から三好家を打ち破れる豪の者はどこかに居ないものであろうかと考えていたがようやく見つけた。
三好長慶を打ち破れるものは戦国最強の「越後の軍神」上杉謙信に違いないのだ。
「越後守護代長尾家とな?」
「はい。三条西家より幕府のお力で青苧公事の件を交渉して貰えないかと依頼がございました」
「青苧ってなんじゃ?」
いつものことだが公方様には最初から青苧の説明が必要だった。
「そのようなわけで、今、私が着ている素襖なども青苧を原料とした上布から作られており、越後の青苧や上布は非常に質が良い高級品なのであります」
「ふむ、それで三条西家はお主に長尾家との交渉をお願いに参ったのであるか……じゃが困ったのう。越後の申次は大館晴光であったろう」
「はい。実は大館殿には先にお話をさせていただきまして、越後長尾家の申次を代わっても良いとの返事をいただいております。交代の件を公方様から御許可いただければ幸いであります」
「なんじゃ、根回しがよいのう。だが、よく晴光が許可をしたな……どんな手を使ったのじゃ?」
「大館家もこの篭城によって家計が苦しいようで、大館家と親しくさせていただいております私からいささか用立てさせて頂きました由にございます」
「あいかわらずお主も悪よのう」
「いえいえ、お代官様にはかないませぬ。お代官様には今後ともよいお付き合いをお願いします。これはほんのお礼にございます」
と、今年の初物のもみじ饅頭を献上する。
「バカ。わしはお代官とやらではないし、何も悪いことはしておらぬわ。そなたと一緒にするでない」
「別に私もそれほど悪どいことをしているわけではないのですが……」
「まあよい。そなたを長尾家の申次に命ずる。わしのために励むがよいぞ。もみじ饅頭はやはりウマウマじゃあ♪」
ニコニコしながらもみじ饅頭を頬張る義藤さまであった。しっかりと賄賂は効いているようである――
これまでの話の元号と西暦が間違ってたとこを直したりしてました
読者の皆様には御迷惑をおかけしました
ブックマーク、感想、評価に誤字報告ありがとうございます
ちょっとこの先の展開で詰まってますが、皆様にやる気を貰ってますので
ガンバルアルヨー




