第六十話 よろしい、ならば合戦だ(3)
【よろしい、ならば合戦だ(2)の続き】
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「控えよ弓介(三好長逸)。兵部大輔殿、我ら三好家は幕府や大御所に対して含むところはあらず。ましてや弓引く所業などは為した覚えがないのだが、そのように申される理由は説明してくれるのであろうな?」
三好長慶も少し怒ったのか睨んで来る。無礼な物言いなのは認めるが、三好家が今までやってきたことからすれば賊軍といわれてもしょうがないのだがねぇ。
「筑前殿の父である三好元長殿は細川晴元殿の家宰として桂川原の戦いにおいて、あろうことか出陣した大御所(当時は将軍の足利義晴)を打ち破って近江へ追い、さらには大物崩れにおいて大御所を擁立した管領の細川高国を滅ぼしております」
将軍、足利義晴――管領、細川高国の体制をブチ壊したのは、高国の自滅もあるが、丹波の波多野家と三好家の軍事力といってよいだろう。
「それは主君である六郎様(細川晴元)のために戦ったことでありますれば」――三好長逸が反論してくるが歯切れが悪い。
「それでは堺公方と称される足利義維様についてはいかがですかな? 細川晴元殿が大御所と和睦しようとする方針に反対し続けたあげく、三好元長殿は足利義維のいわゆる堺幕府(政権)を維持しようとした……主君たる細川晴元殿と対立して一向宗に襲われ自害したことは不憫には思いますが、筑前殿の父のなさりようは大御所に対し明確に敵であったと言っても過言ではありますまい」
【三好元長は堺幕府維持派であったと考えられている】
「だが我が曽祖父も祖父も大御所の父たる足利義澄様に従って討死している。三好家は主君たる京兆家の意向に翻弄されただけ、と申したきことではあるが……大御所様は納得しては下さらぬものであろうな……」
【三好長慶の曾祖父の三好之長や祖父の三好長秀は細川澄元に従って細川高国との戦いに敗れて死んでいる】
「さらに言えば筑前殿御自身のこれまでの為されようも大御所へ弓引く行為であったとは思いませぬかな?」
「私は大御所へ弓引くことなどは考えたこともないが?」
「筑前殿にその意思がなくとも、問題は大御所の受け取りようです。筑前殿は10年前にも河内十七箇所の代官職をお求めになり、細川晴元殿と対立なされた。大御所が六角定頼殿を通じて筑前殿と晴元殿の和睦を斡旋しましたがそれに応じることもなく、洛中の治安が悪化して公方様(足利義藤)が避難することにもなり申した。これは大御所の面目を潰す行為でありましょう。そして3年前の北白川城の包囲です。細川晴元殿に対して挙兵し北白川城に籠もった大御所に対して、筑前殿は晴元殿の命で北白川城を包囲し、その後に細川氏綱殿と畠山尾州家の軍を打ち破っておいでです」
少し喋り過ぎたのでお茶を飲む。三好長慶は反論せずに俺の次の言葉を待っているようだ。
【舎利寺の戦いで細川氏綱・遊佐長教を打ち破って、細川氏綱に鞍替えしようとした足利義晴の思惑をぶち壊したのは、間違いなく三好長慶の軍事力】
「大御所としては、なぜ今なのだと思いましょう。大御所が細川晴元殿に対して兵を挙げた時には協力せず、なぜ今になって細川氏綱を担いで細川晴元を攻めるのだと……あの時に大御所にお味方していれば、三好家は幕府の功臣の地位を得られたはずだったのです」
結果論だけどな。だが大御所がはらわたの煮えくり返る思いであろうことは理解できると思うのだが。
「大御所に弓引く賊と申されても仕方がなきことであるか……」
「今までの行いではそうもなりましょう。ですが今後の行いにより三好家は幕府に対し大御所や公方様に対して、その意向に沿う行いをすることにより、その立場を変えることも可能であります」
「我が三好家と幕府とは今後協調することも可能であると兵部大輔殿は考えているのかね?」
「難しくはあります。幕府を長きに渡り支えてきた六角家の意向もありますれば。またほかにも事を難しくしていることもございます」
「難しくしていることとは一体何であろうか?」
「……三好家と足利将軍家との間には、日の本の国に古より根をはる藤のツタが絡まっておいでなのです」
「藤のツタとは何のことで……」――三好長逸は分からなかったようだ。
「我が三好家が幕府に認めてもらうにはその二つが問題であるのだな」
三好長慶には藤のツタの意味がお分かりのご様子。
「いえ、実はもう一つあります」
「まだあると申すのか?」
「残念ながら」
「それは?」
「平島荘にございます」
「義冬様か――」
【堺公方、足利義維のこと。義維から義冬に改名している。この時代では阿波守護の讃州細川家の細川持隆が保護しているものと思われる。1553年に細川持隆は三好実休に殺され、足利義冬は阿波を追われることになる。弟である細川持隆が兄である細川晴元に全面的な協力をしていないのは、足利義晴を推戴する細川晴元と足利義冬を保護する細川持隆との考えの違いがあるのものと推定される】
「私としては一番の問題と考えております。筑前殿が京兆家の家督に介入した今となっては看過できぬことでありましょう」
三好長慶は細川氏綱を担いで細川晴元に対して謀反を起こしたのだ。さらに足利義冬を担いで足利義藤に対抗しないとはいいきれない。
「将軍家の家督にまで口を出す気などは毛頭ないのであるがな」
「筑前殿にその意思がなくとも、それが可能であると考えられるだけでダメなのであります。それに先ほど申し上げましたが三好元長殿の前例がありますれば」
「ふぅ……さすがは兵部殿だな。合点がいく話を多くいただき感謝するほかないな。三つの問題であるか――だが今すぐに解決できる問題ではないようだ……」
「いずれはそれらを解決し、共に公方様に対して仕える日々の来ることを願うばかりであります」
「私もいずれはその日の来ることを願うものだがな。だが今は幕府や大御所様に対しては中立をお願いすることしかできぬか……」
「少しばかり事を大きくし過ぎましたな」
「そうだな――今となっては振り上げた刀の落しどころに困っておる」
「細川氏綱殿を担いだことは失敗であったと思われますが」
「するしかなかったのだよ。我が三好家を支持してくれる国人らの意向もある。皆コロコロ変わる主家や幕府の意向に振り回され続けてウンザリもしているのだ。そろそろ京兆家には変わってもらわねば困る」
「力をもって為さねばならないこともあると?」
「武家の一所懸命は変わらぬことであるがな。我が三好家こそが新しき世を願うものの力となることを天下に示さねばならぬのだ」
「――天下布武でありますか」(むろん信長のパクリだ)
「ほう、天下布武とな。天下に武を布くの意味であるのかな? よき言葉だな。天下を治めるためには畿内国人層の支持を受ける我が三好家の力が必須であることを理解してもらいたいものだ」
十分に分かっているけどね。この時代の畿内において三好家に対抗できる勢力などは最早存在しない。
「正統性も大義名分もない三好家に天下布武が可能とお思いですか?」
「力こそ全ての時代となれば可能であろう。この三好長慶のほかにそれを為すことができるものは居まい。幕府には三好家を新しき力とお認め願いたいものだ」
たいした自信家だな。
「良く分かりませぬが、筑前殿におかれましては幕府と和睦する御意思がおありということでよろしいですのかな?」
三宝院義堯殿は話しの流れが良く分からぬようで、とんちんかんなことを口走る。
「僧正(三宝院義堯)様、六郎(細川晴元)様にお伝えくだされ。摂津、和泉を平定した後に改めて上洛しますとな。大御所や公方様にもこの筑前の力をお見せいたす所存である」
「兵部殿、筑前殿は何を申しておるのだ?」
大館晴光殿も三好長慶の意向が分からないようである。
三好長慶は三好家を支持する畿内の国人層を取りまとめて、実力でもって天下たる畿内を制し、幕府に対して京兆家に代わる存在として己を認めさせようと言っているのだ。だがこの時代にそんなことを理解できるものなどはおるまいな。転生したことで歴史を知る俺と実際にそれをやろうとしている三好長慶以外には……
「三好筑前殿はその手で畿内を、天下を平定すると申しております。細川晴元様ではなく、自らにこそ幕府を推戴する力があることをお示しになるようで……」
「なんと不遜なことを」――垪和道祐殿が怒りを表す。
「兵部殿には我が三好家に天下布武が為せると思われるか?」
「時期尚早とだけ申し上げましょう」
織田信長ですら足利義昭を担いで大義名分を必要としたのだ。信長よりも20年も早く大義名分もない三好家に天下布武など為しようがあるまい、と思いたいのだが、史実の三好長慶はほぼ成し遂げているんだよなぁ困ったことに。
「兵部大輔殿には機会があれば改めて戦場にて時期尚早かどうかをお見せいたそう」
「お手柔らかに願いますよ」
「ふっ。手加減して勝てるほど兵部殿は甘くないと思うが」
「過大評価も良いところです。私に三好家と張り合うだけの力などはありませぬ――ただお忘れなく。我々は手を組むことも可能であるのです」
戦闘力3万を超える三好家に、戦闘力1000未満の俺が張り合うとか無茶過ぎるわ。
「覚えておこう」
相変わらず三好長慶を煽っただけのような気がするが、伝えるべきことは伝えた。三好家と公方様がともに在ることは可能なのだ。今はそれだけ伝えられればよい。
和睦が破談となり三宝院義堯殿が頭を抱えている。最初から和睦などは無理なのだ。三好長慶と畠山尾州家との同盟の条件であるのだろうが、三好長慶が細川氏綱を担いでしまっては細川晴元との和睦などは無理筋だ。
史実でもそうであるのだが、細川晴元が屈服し諦めるまでは戦うほかはあるまい。垪和道祐殿には可哀想な話だがな。
三好長慶が上洛し本格的に勝軍山城に攻め寄せるまではまだ時があろう。それまでにさらに防備を固める必要がある。
史実では三好長慶に蹴散らされ朽木谷へと落ち延びるはめになるのだが、義藤さまをそんなところへ落とす気などは全くない。
日本各地において守護は没落し、中央たる畿内ですら三好長慶が行った将軍や管領を推戴しない政権の出現により、幕府役職や家格に拠らない下克上の世が急加速する――それは歴史の必然であったのだろう。
下克上の世を為そうとする三好長慶に対して、俺は公方様のために下克上を防ごうとする立場なわけだ。ようするに抵抗勢力というわけだが、まあちっぽけな勢力だが抗えるだけ抗ってみよう。
だが、三好長慶に勝てる絵図が描けなくて困ってもいる。どこかに三好家を打ち破れる豪の者は居ないものであろうか――
誤字が多くてすいませーん、いつも助かっております!
一応推敲しているのですが自分の文章は誤字が分からない……
多分脳内で正しくある文章に変換しているのだろうなぁ
物語の進みが遅くて申し訳ないです
プロットと年表をにらめっこしながら書いてますが
基本史実ベースで話が進んで申し訳ないです
早く力が欲しい歴史を変える力がぁぁぁ
幕府も藤孝も貧弱貧弱ぅ




