第六十話 よろしい、ならば合戦だ(2)
【よろしい、ならば合戦だ(1)の続き】
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三好長慶と三好長逸に松永久秀とお茶とか、なんだこの濃いいメンツの茶席は……こんな連中と落ち着いて茶なんぞ飲めるか、正直胃が痛いわ。
(松永久秀は交渉役というよりは接待役で同席しているようだが)
「兵部殿、江口での戦い以来であるな。息災のようで嬉しくある」
「筑前(三好長慶)殿に戦場にてお目こぼしいただきましたゆえ、命が助かりこの場へ参上することができました」
「お目こぼしなどはしておらんがな。あの陣地に攻め懸ければ手痛い反撃を受けることは必定であった。損害を被りたくなかったので兵を引いたまでのこと。富田の戦いのオジキ(長逸)のようになってはかなわんからな」
「はぁ、兵部殿には富田で大変苦労させられましたわ」
額がピクピクいっているし、三好長逸はめっちゃ俺を睨んでいる。恨まれている相手に接待役をされても困るのですが……チェンジをお願いしたいものだ。
茶席へ場を移して改めて挨拶を交わし、和睦についての本交渉に入る。戦の当事者である細川晴元方の垪和道祐殿と三好方の三好長逸がメインで交渉をしているのだが、うん全く交渉になっとらんな。
三好方は三好宗三の切腹と細川晴元の隠居などという条件をのたまっているし、細川晴元方は細川氏綱の追放とか河内十七箇所からの即時撤退とかを言い張っておる……お互いがお互いの言い分を言い合っているだけで、それを交渉とは言わないだろう……
「よろしい、ならば合戦だ。六郎様(細川晴元)には、改めて我が三好家の武威をお示ししよう」
遅々として進まない交渉に業を煮やした三好長慶が、交渉役の三好長逸を遮り、垪和道祐殿に対して力強く宣戦布告をしてしまう。
「しばらく、しばらく!」
穏健派の大館晴光殿が慌てて仲裁に入る。
「一服して、少し落ち着きましょうぞ」
仲介役の三宝院義堯も慌てた。
当事者の垪和道祐も二の句を継げないでいる。戦って勝てないことは細川晴元方としては承知の上であろうことだからな。
当初からあまり意味のある交渉とは思っていなかったが、せっかく大山崎まで来たのだから何もしないで帰る手はないだろう。妥協点などは無いとは思うのだが、とりあえず口を挟んでみるか――
「あえて戦うことで力をお示しになりまするか?」――挨拶してからはほぼ無言でいたがここで三好長慶に話しかける。
「武家とは武威を示すものであろう。兵部大輔殿はそうは思わないのかね?」
突然口を挟んだ俺に驚いた様子もなく、三好長慶は俺との談義を楽しもうというのだろうか話に乗ってくれた。
「ある意味ではそうでありましょう。ですが木曽義仲や源義経など古に戦巧者は多くあれども、武威だけで世は治まるものではありませぬ」
「我が三好家を旭将軍や牛若丸と同列と論ずるは些か光栄すぎるがな」
「筑前殿、一つお聞きしたいのですが、こたびの挙兵の目的は那辺にあるのかお聞かせいただけますかな?」
まどろっこしいのでズバリ聞いてみる。
「池田家への政康(三好宗三)の為さりようは余りに横暴である。摂津守護代としては看過できぬことであり、摂津国人の総意として政康の切腹を六郎様に求めた次第である」
「君側の奸である三好宗三殿を除くことが目的であり右京大夫(細川晴元)様に対し叛意は無かったということでよろしいのですかな?」
「六郎様には困ったものだ。我らは三好宗家としての惣領権を認めて欲しいだけであったのだがな。主君といえどもいたずらに三好家中を掻き回してよいものではなかろう」
気持ちは分からないでもない。三好長慶としては細川晴元が庶流にすぎない三好宗三に肩入れすることは、三好一門の結束を揺るがす行為であり三好宗家の立場としては受け入れがたいことなのだ。
だが細川晴元は実はそれほど理不尽なことをやっているわけではない。この時代はめちゃくちゃそういうことをしまくっている時代だからだ。
室町幕府の歴代の公方や管領というものは、守護やら守護代の家督争いに介入しまくって来た歴史がある。応仁の乱の原因も幕府や京兆家が斯波家や畠山家の家督争いに介入しまくったのが原因の一つだ。
奉公衆やら関東扶持衆なども彼らに守護不入の権利を幕府が与えることで、守護やら各地の有力者の惣領権を奪い、その力を削ぐためのものだ。
有力となった家に幕府が介入して家督争いを起こし、その力を弱めようとすることは、困ったことにこの時代では実によくある話なのだ。
……うん室町幕府ってクソじゃね? 統治するはずのトップがそこら中に火種を撒きまくっているのだ。そりゃあ日本全国いたるところでヒャッハーな事態になるわな。
こんな幕府を再興していいのかよ、と思わなくもないが、公方様の忠実なる側近で幕府の重臣たる者が思ってよいことではないので忘れよう。
「では細川氏綱殿を担ぎ上げる畠山尾州家との協調はどのようなお考えあってのことか? 主家たる京兆家をいたずらに掻き乱す行為と思われても仕方なき所業でありましょう」
「我らは京兆家をまとめようとしているだけのこと。六郎様には隠居した上で家督を嫡子の聡明丸(のちの細川昭元)様にお譲りいただき、聡明丸様が御成人するまでの間を、ご親戚の次郎様(細川氏綱)にその後見役をお願いしようと考えているだけのことである。京兆家を掻き乱すとは心外の極みだな。長い間相争ってきた京兆家を一つにまとめる良い案であると思うのだが?」
詭弁である……細川昭元なんて去年生まれたばかりの赤ちゃんだぞ。だがまあ、傀儡当主はこっちの都合にも良い案だったりする。細川晴元としては堪ったものではないし、六角定頼も到底飲めない案であるが、京兆家の力を弱めることには賛成したいとも思うのだ……
「それは主家への明確な謀反でありましょう……」
三好宗三を討つという名分を掲げてはいるが、細川晴元への謀反なのは自明の理なわけで今さらではあるが。
「大御所はどのようにお考えでありますかな?」――沈黙に耐えかねたのであろう三好長逸が大館晴光に問いかける。
「大御所様は右京大夫殿(細川晴元)を京兆家の家督とお認めであります。三好筑前殿には京兆家の被官としての務めを果たすようにとの御意向であり、いたずらに世上を騒がすことは控えるがよろしかろう」――大舘殿が大御所の意向を伝える。
「我らは幕府に対して、公方様、大御所様に対して、弓を引こうとは考えておりませぬ。できれば中立のお立場をお願いしたくありますが……」
三好長逸が幕府に中立の立場を求めるがちょっと無理な話だ。現時点で幕府最大の後ろ楯である六角定頼が京兆家当主の岳父たる地位を捨てる理由がない。細川氏綱が京兆家当主になってしまうと六角家には旨味がなくなる。
それに……三好家のものは理解していないようだが、あんたらはこれまでに大御所の邪魔をし過ぎているのだよ。
「はっきり言えば三好家とは大御所の治世をことごとく乱し、幕府に弓引く賊であります」
「兵部大輔! わ、我ら三好家を幕府に弓引く賊軍と申したかぁ!」
「いかにもそう申しましたが――」
ちょいと挑発が過ぎたかな、めっちゃくちゃ三好長逸がキレてしまった。
大館晴光殿も「またですか」という目を俺に向けてくる。すまないとは思うが挑発でもなんでもできることはやって少しでも三好長慶の本音を引き出したいのだ。
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【よろしい、ならば合戦だ(3)に続く】
スイマセンやはり3分割になってしまいました
残りも8割がた書けているのですぐに上げれるとは思います
皆様のおかげで100万PVを達成して
やる気に満ち溢れているのですが、いかんせん執筆時間がぁ
でも頑張りますのよ




