第五十八話 天守閣をつくろう(2)
【天守閣をつくろう(1)の続き】
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まだまだ改築中でありそこら中でトンカントンカンうるさいのだが、築城作業は丸投げしまくってヒマになったので、計画通りに仮の義藤さまの私室でほのぼの料理などやっている。
部下をコキ使ってのんびりするのはいいものだ。(鬼畜)
「藤孝それは何を作っているのだ?」
「昨晩の軍議という名の宴会で余ったご飯をすりつぶして棒に差して焼いております。羽州名物のきりたんぽという食べ物です」
(切る前なので「たんぽ」だし、パクっておいてなんだが、きりたんぽは幕末か明治あたりの食い物だ)
「ほう、それは美味しいものか?」
「味噌を塗って焼いた香ばしい香りが食欲をそそりませんか」
「うむ、いい香りがして来たのう、まだか? もう食べれるのではないのか?」
この食いしん坊将軍には少しマテを躾けたいものだな。可愛いが腹が減っている義藤さまは少しウザイぞ。だが残念ながら焼き上がる前に客が来てしまった。現れたのは一色藤長である。
「苦しゅうない、面をあげよ」
おあずけを喰らった義藤さまが不機嫌そうに一色藤長に告げる。せめて一口でも食べたあとに来れば上機嫌な公方様に会えたであろうに、一色藤長は来るのが早過ぎたな。
「一色七郎にございますぅ。公方様にあらせられましてはご健勝のよし、祝着至極に存じますぅ」
「式部少輔殿(一色藤長の父)の葬儀は無事に終えることができたのか?」
「はいー。そちらにおられます兵部大輔殿(藤孝)のご助力もあって、父の葬儀などをつつがなく終えることができましたぁ」
公方様が俺を横目で睨んできた。お主はまた何かやったのかという目だなアレは。俺はただ葬儀の費用を貸しただけだ。(返してくれるか怪しいが)
「父上の喪も明けましたので、この七郎、これより公方様のために忠勤に励む所存にございますぅ」
一色藤長は公方様の腹違いの妹の叔父とかいう、近いんだか他人なのか良く分からない縁戚らしく、大御所から公方様に側仕えするよう言われたらしい。
(一色藤長の姉は大御所の側室で、史実で三好義継に嫁いだ足利義輝の妹の母であるとされる)
義藤さまは基本的には側仕えを置きたくないようであるのだが、大御所から権限委譲もされつつあるので、側近の数を増やさざるを得ないといったところだ。
だがまあ表情は側仕えなど不要という気持ちが見え見えであり、一色藤長には少し同情する――と思ったが、一色藤長はまったく空気を読まない男だった。
「七郎のこれからの忠勤に期待する。下がるがよ――」
「公方様ぁ、実はそれがし歌を作って参りましたぁ。そこの兵部殿の江口の戦いにおける一騎当千の武勇を聞いて詠んだ歌なのですが、せっかく兵部殿がおわしますので、是非披露をさせてくだされませー!」
「う、うむ? 詠んでみるがよいぞ」
謎の一色藤長の圧力に公方様が押し切られた。
「それではさっそくぅ♪」――このあとウンザリするほど詠んでいた。
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「あれはなんじゃ」
「アレとはこたび公方様の側近たる御部屋衆になりました一色式部少輔家が当主の一色七郎藤長殿のことでありますか?」
「その一色七郎じゃ。あやつ、いったいどれだけ歌を詠めば気が済むのじゃ! 一刻半(約3時間)は詠んでおったぞ」
「はぁ、藤長殿は少々歌がお好きなようで」
なんで俺が一色藤長の弁護をしなきゃならないんだ……と思いつつも、一色藤長とは付き合いが長くなるはずだから何とか弁護しようとも思うのであった。
「あれが少々なものか! 一刻半じゃぞ! わしはもうお腹が空いて死ぬかと思ったわ!」
3時間程度で人は餓死したりはしないが、せっかく作っていたきりたんぽが冷めてしまったので急いで焼き直しをしている。
腹が減って機嫌の悪くなった義藤さまは面倒くさいし、とりあえずエサを与えれば大人しくなることは知っている。(自称公方様の忠臣です)
「ン〜ウマウマじゃあ〜♪」
味噌焼きのきりたんぽを食べて、ようやく義藤さまの機嫌が直った。
一色藤長には公方様にお目通りをする場合には、お土産に美味い物を持ってくるように助言しておこう。
◆
さて、計画通りに機嫌が直った義藤さまであったが、お腹が膨れて思い出したのか、昨晩の軍議という名の宴会での議題について聞いてきた。
「藤孝、昨晩の軍議で議題にあがったが、三好長慶はなぜ攻めて来なかったのじゃ? 皆の者は三好筑前が恐れをなしたとか言っていたが、そうでは無いのであろう」
三好筑前守長慶は江口の戦いから三週間の後に兵を率いて上洛した。西岡から淀、鳥羽のあたりに兵を展開して一応洛中を押さえたようだが、細川晴元や公方様らが籠もるこの勝軍山城を攻めることはしなかった。
そして主要な兵を率いて摂津へ引き返してしまったのである。おかげで勝軍山城の改築がはかどっているけどな。
「三好長慶はただいま摂津の伊丹城に付け城を築いて包囲中のようであります」
「伊丹城の伊丹親興であったか? 細川晴元に味方して苦労をしているようじゃな」
伊丹親興や塩川国満が細川晴元に味方したのは、越水城主となったばかりの三好長慶が池田信正らと塩川国満の一庫城を攻めたことが関係していると思われる。(木沢長政が討たれた1542年の太平寺の戦いの前哨戦です)
また塩川国満の正室は細川晴元の姉であったりするのだが、継室として伊丹親興の妹を迎えてもいる。 細川晴元の姉は細川晴元が失脚した影響であろうか、のちに疎まれ細川晴元姉の産んだ嫡男(塩川運想軒)も、継室によって廃嫡されている。
「伊丹親興殿や塩川国満殿は苦しき立場の細川晴元を良く助けた忠義の家と言えるでしょう」
伊丹家や塩川家は足利義昭をともなって上洛した織田信長に協力し、伊丹親興の子の伊丹忠親は摂津三守護となり、塩川国満の子の塩川長満は織田信長に気にいられ、その娘は織田信忠の正室となり三法師を生んでいたりする。
(摂津三守護は通説では伊丹親興とされるが子の伊丹忠親です。三法師織田秀信の母は諸説ありますが塩川長満の娘が有力です)
ようするに伊丹家も塩川家も織田信長の時代まで存続し、信長寄りで反三好三人衆となる動きをするのだ。この両家は摂津において是非味方にしたい家だと考えている。義藤さまには良い家だと褒めておき、覚えていてもらいたいものだ。
「伊丹に塩川は忠義の家か」
実際には高国派になったり、最初は信長に抵抗したりもするが、その辺は忘れてしまおう。
「三好勢は伊丹城のほか和泉でも細川晴貞殿(和泉家細川元常弟)を守護代の松浦家と十河一存が攻めております。まずは摂津や和泉などの地盤を固めようということでしょう」
堅実で実に嫌な(有能な)男である。
「ふむ。しかし藤孝よ。なぜお主はそんなに三好長慶の動きがつぶさに分かるのであるか?」
「はあ、それは目や耳を増やしてアンテナを張っているからでありますが――」
「そ、そなたは目や耳がたくさんあるのか? あんてなとかは良く分からぬが、も、もしやお主は妖怪か何かなのか?」――義藤さまが恐れるような目を俺に向けてくる。
「くっくっく、バレてしまっては仕方がありませぬな。そう、私は一反も○んや砂かけば○あに子泣きじ○いを使役する。ゲ○ゲの○太郎という妖怪なのであります。喰らえ! ファンネル下駄ぁ!」
むろん下駄など履いていない。
「……で、そなたはマジメに説明する気はあるのか?」――ねこ娘ならぬ義藤さまが非常に蔑んだ目を俺に向けてくる。
「うう、ひどい……義藤さまがネタをふって来たから私はのっただけなのに……」
「そなたの話はたまに分からぬ時がある。いいからはよう説明いたせ」
「はっ。吉田兼見殿が各地の神社の伝手を使って報せを集めております。また近頃では我が配下の米田求政が実家である大和の米田本家やマキュアン友の会の先生方、山科卿とも協力して薬の行商を組織しており、その薬売りも各地に参って報せを発して来ております」
(薬売りの行商は忍者であったという説もあったりします)
「神社と薬売りを使って敵情を探っていると申すのか……藤孝は凄いのう。何もできぬわしとは大違いじゃ」
「公方様、それは心得違いにございます」
「むっ?」――あえて使った「公方様」という言葉ときつめの口調に義藤さまが眉をひそめる。
「私は公方様の直臣。私の行いは全て公方様のためのもの。すなわち私がなすことは公方様のお力なのです。何も公方様自らが全てをなす必要はございませぬ。公方さまの手足となる者をお使いになり、その働きに対して報いることこそが公方様のなすべきことと思し召しあれ」
「……すまぬ。わしの不徳の致すところであった。その方の忠言は金言である。今後もわしに対する助言を期待する――が、公方様はやめい……少しさみしい」
「申し訳ありませんでした」
「よい、それで話を戻すのだが、三好長慶は今後どう出てくると思っておるのだ?」
「三好長慶はしばらく我らを攻めるようなことはしないと思われます」
「ほう、なにゆえじゃ?」
「どうにも三好長慶は未だに細川晴元との和睦を求めておいでのようであります」
「和睦のう……細川晴元が応じるとは思えぬが」
「そうなのですが、三好長慶が攻めてこないのであれば我らは城の守りを今以上に固めることができます。幸いかと……」
「そうだな。なれば早くわしの離れを完成させるがよい」(天守閣のことです)
「はっ」
――しばらくして三好長慶の思惑がはっきりする。三宝院義堯が三好長慶からの和睦の意思を伝えてきたのであった。
いろいろバタバタして更新が遅くなりました
申し訳ないです
一色藤長が大分変な人になってますがただのキャラ付けです
オリジナル設定ですので誤解しないでください
いつも感想、誤字報告ありがとうございます
評価やブックマークも励みになっております
次も頑張って早く書きたいと思うのですが
私生活等の事情で遅くなったらすいません
一応構想はできてますので頑張ります




