第五十話 細川藤孝の敵(2)
【細川藤孝の敵(1)の続き】
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細川晴元から目通りを許すとの『とてもありがたーいお話』が来たので、京兆屋敷に出向くことになった。
蟄居謹慎を解いて貰うには細川晴元におべっかを使わねばならないのがムカツクところだが、まあここは我慢しよう……義藤さまにお逢いするためと思えばなんでもやったろうじゃん!
若狭の鼠屋に頼んで手に入れた奥州馬を細川晴元なんぞに献上するために連れてもいるのだ。
取次ぎに来た細川晴元の側近の高畠伊豆守長直に馬を渡して、義父の細川晴広と共に拝謁のために御殿へと向かった。
「よく参ったな淡路の」
「右京大夫(晴元)様にご機嫌麗しゅう存じます。こたびは我が息の参上をお認め下さり恐悦至極に存じます」
何度見ても義父上が晴元なんぞに媚びへつらうのはムカツクな……
「そなたの大切な養子の兵部殿が儂のために兵を出そうと言うのだ。儂こそありがたく思うぞ」
「右京大夫様の寛大なお心にこの兵部、感謝の心しかありませぬ。右京大夫様のために奥州馬を用意させましたので宜しければのちほどお改めください」
晴元におべっかなんぞ言わねばならんからジンマシンが出てくるわ。
「殊勝な心がけじゃな。これからもそのような態度であれば儂もそちを悪いようにはせぬ。精進することだな」
「ははっ、ありがたき幸せ」
「それでその方はまだ儂が孫次郎(三好長慶)如きに負けると述べるのであるか?」
「私はあくまで情勢を調べ右京大夫様と三好長慶との予想される戦力を表したに過ぎませぬ。誤解なきようにお願いいたします」
「ふん、物は言いようであるな、まあ良い。それで孫次郎の兵の数は確かであるのか?」
「三好方の兵は恐らくは1万から1万5千に達しましょう。ですが畠山(尾州)家の遊佐長教殿が娘婿の三好長慶に協力することになれば、その数はさらに増え2万を超えることにもなりましょう」
「気に入らぬ話だな……」
「申し訳ございませぬ」
「いや、その方の言ではない畠山金吾のことよ。畠山とは和睦を結んだばかりであるのだが、あやつらは兵を出すというのか?」
「畠山家にとっては細川家の内紛は願ってもないことでありましょう。氏綱殿も行方は分かりませぬ。油断のなきようにすべきと存じます」
「ふん、畠山と和睦するべきではなかったわ」
俺もそう思うよ。
「それで右京大夫様お願いでござりまする。我が家でも出兵の準備を行っておりますが、我が息が謹慎の身の上では準備が難しくあります。蟄居謹慎を解いていただけますよう大御所様に何卒おとりなしをお願いいたします」
「あい分かった。大御所へのとりなしは任せてもらおうか」
「ははっ、ありがたき幸せ」
「軍議の際には淡路殿にも参加して貰うからな。よろしく頼むぞ――」
そんなわけで細川晴元の援軍として出陣することは決まったわけなのだが、すぐに出陣ということにならなかった。
三好長慶の動きが何やらぐずぐずしているのだ。
三好宗三を討つといって兵を挙げたのはいいのだが、その後の動きが遅いのだ。
その鈍い動きはまるで「細川晴元様とは戦いたくないの。今からでも宗三ではなく私を選んでよ!」という想いのようであった……乙女カヨ。
◆
細川晴元は献上した奥州馬を喜んで礼状なんぞ送って来た。
せっかく奥州から取り寄せた名馬なので喜んで貰えてありがたいというか、単純なヤツなので助かる。
しばらくして今度は大御所の側近より今出川御所に出頭するよう指示が来た。
細川晴元から話がいったのであろう、これは蟄居謹慎を解いてもらえるかもしれない。
義父と一緒に今出川御所へと参上したのだが、我が淡路細川家の株は駄々下がりのようである。
御所では話しかけて来るものは居ないし、露骨に目を逸らされる有様で、まだ十代のピチピチなのに窓際族の気分だよ……トホホ。
「兵部大輔殿ご苦労である。右京兆殿よりたっての願いがあり、また大御所様の格別な慈悲もあり、その方の謹慎を解くことにあいなった。今後は身を慎み迂闊な行動を取らぬよう心がけることだな」
「さすがはホタル殿よ、取り入るのがお上手なことだ」
「節操がないにもほどがあるわ」
「袖の下を使うことに慣れておいでのようで」
政所執事の伊勢貞孝に、上野信孝、彦部晴直、杉原晴盛と居並んだ大御所の側近から嫌味のオンパレードを喰らった。
まったく嫌われたものだな……
常御殿から退出して公方様が居るであろう離れに向かったのだが、呼び止められ行く手を阻まれてしまう。
「兵部殿、公方様への出仕は控えるでおじゃる」
俺を呼び止めたのは久我晴通殿であった。
「淡路細川家は出陣の準備で忙しいはずよ、このような所でいつまで油を売ってるつもりだ」
続いたのは大覚寺門跡の義俊殿であり俺を遮ってくる。
「早々に立ち去り、武家の仕事をこなすがよかろう」
最後に聖護院門跡の道増殿までが現れ、俺を睨んで来る。
愛しの義藤さまへお逢いする道は、近衛家の兄弟達によるジェットストリームアタックによって阻まれてしまうのだ。
義俊と道増はただの坊主ではない、大僧正として権門のトップに立ち僧兵をも率いる中ボスみたいなものだ。
久我晴通は権大納言であり、現在の源氏長者でもある。
コイツらだけでも厄介この上ないのだが、近衛家にはさらに太閤殿下まで控えている。
近衛家と敵対しないように付け届けや便宜をはかって来たのだが、これはもう完全に敵視されており、今まで送って来た賄賂は役に立っていないなこりゃ……
(前関白の近衛稙家、大覚寺門跡義俊、興福寺別当の一乗院覚誉、聖護院門跡道増、権大納言・源氏長者の久我晴通と義輝母の慶寿院は近衛尚通の子で全員兄弟だったりします。こいつらが近衛・足利体制を支える近衛家のメンバーである)
「我らが公方様に媚を売られては困るからのう」
「控えろこわっぱ!」
さらに後ろからは追いかけて来たのであろう彦部晴直と上野信孝までやって来て、俺は完全に包囲されてしまう始末だ。
分が悪いにもほどがある、おとなしく退散することにした。
「それではなにとぞ公方様にこの差し入れをお渡し下さいませ」
「ふん。いい加減袖の下はやめることだな」
一応彦部晴直が受け取ってくれたが、素直に公方様に渡してくれるとは思えない。(公方様への差し入れは近衛家のスタッフにおいしく頂かれてしまいます)
蟄居謹慎は解かれることになったのだが、近衛家のゾーンディフェンスに阻まれ続け俺の幕府への出仕は止められたままとなる。
俺は公方様に逢うことができずに、しばしもんもんと過ごすことになるのだ……
最近にしてはちょっと短めですが、
明日にはオマケをUPすると思いますのでお許しを
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最近右腕の痺れが悪化していてツライのです(涙




