序章 輝きの不如帰
第9回ネット小説大賞の一次選考通過ありがとうございます。
読んでくれる皆様のお陰であります。
今後とも、輝きの不如帰をよろしくお願いします。
朝靄の中、大山崎の町を出立する。
昨夜の軍議で陣立ては決まっている。
史実に名高い、あの「山崎の戦い」で明智光秀は大山崎の町を抑えることができなかった。
兵の数を揃えることもできなかった。
のちに豊臣秀吉と呼ばれる男に対し寡兵で挑み、そして天王山とも呼ばれる戦いで敗れた。
そして……光秀は歴史から消え去るのである。
我らは光秀とは違い大山崎の町を抑えることができた。
天王山を我らが本陣とすることができたのだ。地の利は得た。
兵站も問題はない。大山崎の町とは何年もの付き合いで支持も得ている。
さらにかの明智光秀とは違い、我らには確かな大義名分もあるのだ。
だが兵の数は明智光秀軍と同じく数を揃えることはできなかった。
敵は2万を超え、我らは1万2千余りの軍勢にすぎないのだ。
あとは兵の質と率いる将の指揮に頼るほかはない。
両軍が大山崎の町の西に流れる水無瀬川を挟んで対陣する。
キョッキョキョキョー♪
天王山の中腹に置いた本陣の傍から鳥のさえずりが聞こえた。
あれはウグイスかそれとも……
ウオー!
合戦は我が軍の右翼に敵の左翼が攻め懸けて始まった。
戦場より上がった喚声により鳥のさえずりはかき消されてしまう。
我が軍右翼は2千の軍勢であり敵左翼は3千である。数の上での劣勢はまぬがれない。
天王山山麓の中腹に置いた本陣から右翼方面は視界が開けておらず戦況を直接見ることはできなかった。
両軍が上げる鬨の声だけが聞こえてくる。
カチャカチャ――と、鎧を鳴らせながら伝令が本陣の陣幕に入って来る。
「我が右翼部隊の働きにより敵方左翼の水無瀬川渡河を阻止した模様!」
右翼部隊は寡兵でよく守ってくれた。ひとまずは安心する。
続けてほかの伝令も走ってくる。
「依然敵方の中央部隊に動きなし」
「敵右翼に兆候あり、まもなく進軍を開始するものと思われます」
伝令が忙しく行き交う。伝令部隊はよくやってくれている。
傍らの我が主を見る。
我が主は特に動揺の色を見せてはいなかった。
我ながらよくかき集めたとはいえ我が軍は1万2千余、対する敵は倍近い2万余の軍勢である。普通なら勝ち目のない戦だ。
昨日の軍議で諸将に述べたが、この戦いは必ずしも勝たなければならないわけではない。実は引き分けでもよいのだ。
この戦の最終的な目的は有利な条件での和睦である。
たとえ負けたとしても敵のこれ以上の侵攻を防げれば戦略上の目的は達成できるのだ。
そういえば「戦闘目的は敵の侵攻阻止である」といった時の方々のつまらなそうな顔は少し笑えたな。クセのあるお味方で頼もしくはあるが……
「敵右翼部隊前進開始!」――新たな伝令が敵の侵攻を告げ、俺のくだらない思考を停止させる。
敵右翼を率いるは、この時代の畿内では最強であろう、のちに鬼十河の異名で呼ばれる、あの十河一存だ。
正直言って鬼十河相手に同数の軍勢で戦って勝てる気がしない。頼むから3倍の兵をくれ。
俺には鬼十河より少数の兵でもって対陣することを喜ぶあの方の気が知れない……
「敵中央部隊も前進を開始しました」――またもや伝令が駆け込んで来る。
敵中央部隊を率いるのは三好之虎である。三好義賢あるいは実休の名でも呼ばれる文武に秀でた三好家の堂々たる副将だ。
すでに我が右翼にけしかけている敵左翼を率いるのは三好長逸である。
三好家の長老ともいわれ、のちに三好三人衆の筆頭とも称される老練でやっかいな男だ。
他にも遊軍として淡路水軍を率いる安宅冬康の参陣の報告も受けている。
そして敵の本陣には織田信長の前の天下人とも称される畿内の覇者、三好長慶その人が陣取っている。
我らが対陣するのは三好長慶みずからが率いる三好家の最精鋭なのであった。
本来、全盛期の三好家に渡り合える大名などはこの畿内に居るわけがないのだ。
三好長慶が長生きしその嫡子が早世することがなければ、あの織田信長ですら戦国の覇者とはなれなかったかもしれない。
その全盛期の三好家を相手に一戦かますのだ。正直いってこんな無茶な戦はしたくはない。
これで終わりにしたい、そう願わざるを得ない相手だ。
◆
敵の右翼、三好家最強の鬼十河が率いる軍勢が喚声を上げながら前進し、まさに水無瀬川を越えようとした、その時だ――
ダダーン!
我が軍の左翼前方から轟音が響き渡った。
左翼の轟音は本隊より左翼に貸し与えた、俺が揃えた鉄砲隊3百による一斉射撃の音だった。
率いるのは津田算長から借り受けた、根来衆の津田妙算である。
戦国最強の鉄砲傭兵集団である根来衆に鍛えられ、根来衆に率いられた我が自慢の鉄砲隊だ。
鉄砲隊3百による一斉射撃は水無瀬川を渡河しようとする鬼十河の出鼻をおおいに挫く一撃となり、鬼十河の軍勢は水無瀬川の河畔でその進撃の足を止められた。
そこに独特の喚声というか奇声といっていい雄叫びを上げながら我が左翼の本隊が突撃を敢行した。
鉄砲隊が上げた硝煙を越えて、『龍』と『毘』の軍旗を掲げた集団が十河勢をまさに龍のごとく食い破っていく。
そう、我が左翼を率いるのは越後の龍、長尾景虎――戦国最強と謳われたのちの上杉謙信である。
鬼十河が率いる4千の軍勢の渡河を阻止するため、長尾景虎が3千の軍勢を率いて逆突撃を仕掛けたのだ。
すまないが戦国時代において、鉄砲3百の一斉射撃による一撃後の長尾景虎による突撃を超える戦法を知っている人がいたら教えてくれ。
またはそれを防ぎきれる武将がいたならば是非教えて欲しい。悪いが俺はどちらも知らない。
――戦況が一変した。
長尾景虎の突撃で鬼十河の隊が崩れたのだ。
数に勝る畿内最強の鬼十河勢ですら戦国最強の長尾景虎を止めることはできなかったのだ。
だがそこに敵の安宅冬康が率いる3千の遊軍部隊が支えに入る。さすがは三好長慶の指揮である。
戦況の変化にも即座に対応したのだ。
だが、それでも越後の龍の勢いを止めることはできなかった。
鬼十河を退却というかもはや壊走に追い込んだ長尾景虎の軍勢は、十河隊への追撃を止め、新たに右前方に現れた安宅冬康の軍勢に嬉々として襲いかかったのである。
「あれは一体なんなんだ?」
「なんだと申されましても、あれは我が左翼部隊の長尾景虎の軍勢にございます」
長尾景虎の軍勢が十河勢の援軍に現れた安宅冬康勢に、その矛先を転回しながら襲いかかっている。
その長尾勢の動きは戦場の中央でグルグル回るが如きであった。
山の中腹にある本陣からは長尾景虎勢の鬼神のような戦いぶりがよく見える。
我が主の問いに答えたが、正直俺自身が信じられないものを見ている気分だ。
先ほど鬼十河に対するに3倍の兵をくれと言ったが、長尾景虎と対するには3倍の兵でも足りないな。
3倍の兵しか貰えなかったら、とっとと逃げ出すことに今決めた。
「正直信じられない強さであるな」――我が主もその活躍を褒め称える。
「あれが噂に聞く車懸かりの陣というものかもしれません」
「あの動きがそれなのか……しかしあれは軍神かなにかか?」
我が主の言が的確な答えを出している。その軍神がまさに安宅冬康をも食い破ろうとしていた。
長尾景虎率いる3千の軍勢に対し、鬼十河の4千と安宅冬康の3千の軍勢では明らかに足りなかったのである……マジですか。
ダダーン! そこにまた鉄砲の轟音が響き渡った。
軍神の後方で水無瀬川を渡河した津田妙算率いる鉄砲隊3百が、今度は横合いから敵中央の三好之虎の部隊に対して撃ち掛けたのだ。
敵中央部隊の三好之虎率いる4千の軍勢は右側から鉄砲の一斉射を受け、さらに朝倉宗滴率いる我が中央軍3千の攻勢を受けた。
三好之虎の軍勢は横合いからの鉄砲と正面からの朝倉宗滴の攻勢を受けても、驚異のねばりで良く支えていたのだが、その後方が先に崩れだした。
長尾景虎の車懸かりの陣による攻撃で安宅冬康もついに崩れた。
十河勢・安宅勢は体勢を立て直すこともできずに、三好長慶率いる本隊の方向へ壊走している。
その2部隊を食い破った越後の龍は相変わらずグルグルと回りながら、必死に朝倉宗滴の攻勢を支える三好之虎勢にその後方から襲いかかったのだ。
横合いから鉄砲の一斉射を受け、正面には朝倉宗滴の攻勢、さらに後方からの長尾景虎である。
敵中央軍の三好之虎もこれには堪らずに崩れだした。正直言って同情してしまう。
三好之虎勢はなだれをうって敗走し、それは敵左翼を率いる三好長逸の軍勢を巻き込むことになってしまった。
そこに三好長逸の攻勢を開戦当初から受け止め続けて来た、我が右翼の斎藤道三が、好機と見るや満を持して三好長逸勢にとどめの一撃を加えた。斎藤道三の怒涛の追撃である。その勢いに三好之虎と長逸の軍勢は算を乱して北の山側へ敗走した。
山への敗走であり、逃げるに難しく三好之虎と長逸の両軍は相当数の犠牲を出している。
朝倉宗滴と斎藤道三による追撃なんぞ受けたら、命なんていくつあっても足りないだろう。俺には生きていられる自信がない。
本陣からは敵本隊の三好長慶が後方の高槻方面へ引き始めるのが見えた。三好長慶の本隊は十河隊・安宅隊が崩れて道をふさぎ、結局戦線参加ができなかったようだ。
芥川山城に籠る細川氏綱と合流するのか、芥川山城を捨ててさらに後方の本拠である越水城にまで退却するのか……三好軍の損害はさすがに数日で持ち直せるダメージではないであろう。
「我らの勝利じゃ!」
我が主が嬉しさのあまり抱きついて来て俺はその場に倒れ込んでしまった。追撃中止の伝令を出したいところだったのだが無理もない。
1万2千の寡兵で倍近い三好長慶率いる2万の軍勢を潰走させたのだ。喜ぶなという方が無理である。
正直自分でもあり得ないと思うのだが……まあこのメンツならあり得るのかな。
長尾景虎や朝倉宗滴、斎藤道三の軍勢が勝利の鬨の声を上げ始める。勝鬨はここ本陣でも始まった。
その鬨の声の中で、今日この日の勝利のために費やした日々と費やした銭が頭に思い浮かんだ。
そう、全てはあの日から始まったのだ――
戦国時代に転生し、現代知識を駆使した商売で銭を荒稼ぎした。鉄砲も買えるだけ揃えた。
銭と外交を駆使して現時点で戦国最強と思える頼もしい武将達とその軍勢をかき集めた。
全ては今日この日の勝利のためにあったのだ。
とにかく勝敗は決した。
この勝利を日の本くまなく喧伝し、今日のこの勝利に貢献してくれた者どもに相応しい恩賞を与え、正しき道を指し示すのだ。
もう愚か者どもには遠慮はしない。
幕府の舵は俺が預かる。
文句は言わせない。
文句を言ってくればそれを口実に攻め滅ぼしてもよい。
我が主を悪人にはしたくない。
悪名は俺が甘んじて受けよう。
我が主の下で、俺が室町幕府を再興させるのだ。
主に押し倒され、見上げる輝く空には一羽の鳥が羽ばたいていた。
あの鳥は――そう、不如帰であろうか……
この序章は本編開始から数年後の戦いのダイジェストになります
約束された勝利にたどりつけるのか、はたまた夢幻の如くとなるのか
この戦いにいたるべく激動の戦国時代を主人公は頑張って生きていきます
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