とある変てこな夢の話
ぼくはとにかく明るい街の中にいた。
ビルが林立しているが、昼だというのにどの建物も狂ったように眩いネオンランプの光をまき散らしている。
空は青色ではなく、虹色を濁したような奇妙な色をしていて、太陽と思しき丸い光源は金平糖のように凹凸状の突起を持っていた。
「ここは……」
ぼくは半目の状態で歩いた。そうでもしないと失明してしまいそうなくらい周りは明るいのである。
ぼくは暗闇を求めた。そうだ、トンネルのようなものがあればいい。
しばらく歩いていると、大きな看板が現れた。
『素晴らしい街! 人々の希望でつくられたユートピア!』
ここは人々の希望で光が溢れているらしい。つまり、「生」のエネルギーで満たされた街だということだ。
それならば、ぼくのような自殺志願者(そうだ。ぼくは自殺志願者なのだ)がいるのは相応しくなようだ。
早く暗闇を探さねば。
遠くからサイレンのようなものが聞こえてきた。黄金に輝くボディーのパトカーがこちらに走ってくる。ぼくの近くに停め、「警察だ!」と立派な口髭を蓄えた大柄な男が警察手帳を堂々と見せつけ、怒鳴り散らす。
「お前は法律違反をした!」
「法律違反?」
「幸福生活法第五条! すべて国民は希望に満ちた生活を営まなければならない」
「なんだそれは?」
「お前は、その法律に違反していると判断した。よって、逮捕だ」
「めちゃくちゃだ」ぼくは叫んだ。
「お前を連行する!」
「ぼくは元々、自殺する予定だったんだ!」子どものように喚いた。(ぼくは大人だ。三十五歳だ)。
「自殺だと? 信じられん。そんな極悪人は、死罪だ!」
果たしてこの警察官は自分の言っている言葉の意味を理解しているのだろうか?
ぼくの連れて行かれた先はじめっとした牢獄だった。家畜が入るような黒い鉄格子の中に、ぼくは入れられた。そこにはすでに先客がいた。
「新入りだね」顔が隠れるくらいに髪の長い不潔な男のように見えたが、どうやらこの人は女性らしい。声は玉が響くように美しく、簾のような髪から覗かせる肌は月の光のようだった。
「君は、どんな罪状で入れられたんだい?」ぼくは彼女に言った。
「民法第九十条を違反したの。公序良俗に反する物語を書いたとしてね」
「物語?」
「私、ストーリーテラーなの」
「どんな物語を書いたの?」
「そうね。この牢獄内なら、公序良俗なんてくそくらえだもんね」彼女は微笑み(前髪で見えないが)、そして咳ばらいをした。
※
むかしむかしあるところに象牙帝国という大きな国がありました。
象牙帝国の中枢都市には戯画城と呼ばれる巨大な建物があります。
そこで政治を行うのです。
サラガネ国王は齢五歳以上の国民は毎朝八時に戯画城に向かって、『象牙帝国万歳!』と真心こめて声に出してから、礼拝をしなければならないという法律(ツゥアーナ法です)を制定しました。
象牙帝国は峻厳な法治国家で、さらに管理社会で、毎朝、警察官が法律に違反していないか目を光らせて国民を監視しています。国民は警察官の目を恐れ、毎日欠かさず戯画城に向かい『象牙帝国万歳!』と叫び、礼拝をするのです。
もし『象牙帝国万歳!』と言わなかったり、礼拝をしなかったりすると、その人は罰を受けます。老若男女問わず火炙りの刑です。
ある日、『象牙帝国崩落!』と声を張り上げた男がいました。
警察官は血眼になって、男を取り押さえました。
すると、男は警察官を殴り飛ばし、『国王を殺す』と言いました。
そのことが国王の耳にまで届くと、国王は自身が大切に飼っていた李王(虎)に男を食い千切ってくるよう命じました。
李王は命令通り、男を食い千切りました。李王は三メートルもある巨大な虎です。男に勝ち目などなかったのです。
そして、ある日、隣国の橄欖帝国の国務大臣が象牙帝国を訪れた際、国民がみな愛国心を抱いていることに感心したそうです。
『いったい、どんな政策を?』と、国務大臣が尋ねると、国王は言いました。
『異分子を排除するのだよ』
※
彼女は話し終えると、疲れたから寝るねと言い、横になった。
この物語は、希望の光に満ちていたあの眩しい街を風刺したものなのだろうか?
そして、社会にたてついたとして、彼女は牢獄に入れられたのではないか? あまりに理不尽だ。表現の自由を認められないなんて!
ぼくはそんなことを思いながら、彼女の寝ている姿を見つめた。
ぼくも眠りについた。
眠りにつき、夢を見た。
いや、夢ではなく、現実だった。
へんてこな街に入り込み、警官に理不尽に牢獄の中に入れられ、妙なストーリーテラーから妙な話を聞かされた……どうやら、こっちの方が夢だったらしい。
ぼくは会社に行く準備をした。
理不尽な世界の中、ぼくは死なずに今日も生きている。