ほい。
この世界に来る前はいつも朝の8時には職場に出勤していた。
通勤時間は片道1時間30分。6時には起きて準備をし、30分後には家を出る。
電車で1時間ちょいくらい、まだ出勤ラッシュ前のため車内がぎゅうぎゅうなことの方が珍しく、座れることも多かった。
退勤時間は…ほぼ23時くらい。休憩はいちおう1時間?とれたらいい方。終電ではないけど充電1本前の家につくのはギリギリいつも23時55分。
まあ、飲食店とはそう言うものだ。
特に私が働いていた店は。
カフェも併設していたパティスリーで、軽食もランチまでも出していた。
1日中営業で、常に常に忙しい。中抜け、アイドルタイムが存在しない店だった。
営業も仕込みも事務作業もすべて、すべて、すべて。
休憩だってちゃんと回せなかった。
やることしかなかった。やるしかなかった。
気分で仕事を増やす上司、砂糖と薄力粉の違いがわからない後輩やアルバイトたちの面倒。新メニュー開発や、通常の仕込み。接客までやらなければいけなかった。テイクアウトももちろんあった。
気付けば中間管理職になっていた。さして給料も多くない、ただ好きだからできてきた仕事。
だけど、その店はごはんも食べれなくなるほど精神的にも追い詰められる場所だった。
「今のなんて幸せなことか…」
店の3階に住み込みで一室部屋をもらっているけど、家具はすべて揃ってる。
トイレもお風呂もある。テレビはないけど、テレビのように映像が見れる不思議な球体がある。
けれど、それよりもなにより通勤に時間をかけなくていい…ベッドで毛布にくるまれ、ぎりっぎりまで微睡む幸せ…時間に追われず仕事に追われず、家賃も光熱費も食事の心配も、薄給でも遠慮なく取り立てる国の請求書の山も気にしなくていいのだ。
部屋もよほど汚さなければ魔法とやらで翌日には綺麗で、一人暮らしじゃ毎日は厳しいお風呂にも毎日浸かれる。
唯一の不満は…
「…洋菓子が食べたい。というか、シュークリーム?カスタードか…」
ボソッと呟いた言葉は私の中でむくむくと大きく甘いものが食べたい欲求に変わっていく。
あの時私は…壊れる寸前だった。心も身体も消えたいと、いなくなりたいと何度思い詰めたことか…
だから私にとってここは天国なのだ。食べる喜びと、色んな楽しいを思い出させてくれたから。
私は甘いのが好きなんだと。洋菓子が食べたくて作りたくて…そして自分でこの道を選んだんだと。
△△△
今日は休みの日。ほんとに。ゆっくり一日休み。職場からの緊急連絡もLINEも来ない。携帯は使えるけど圏外で、でも使えるから目覚ましとフッと思いついたルセットや気持ちを書き残すのに使っている。
「今日はどこいこっかなぁ」
話し言葉も文字も読める。ただ街並みを歩くだけでもとても楽しい私はまだお上りさん気分が抜けないみたい。それでも初日よりは私は守られている。だから、お上りさんでいられるのだけど。
だから不思議ではあるけどそういうものだと理解した。
だってこの世界にはリアルに女神様が存在するからね。
あのこちらに来てから3日目だか4日目だかの夢の中、きょーにゅーで美女で、神々しいその人と初めて言葉を交わした。
「初めまして。早瀬 律子ちゃん。私はこの世界を見守り導く、女神です」
よろしくね、とおちゃめに可愛くウインクされた衝撃は忘れられない。
この世界にはルールがあるらしい。
私がいた世界から人が来ることはよくあることらしいけど、本来は契約を交わし元の時間に戻れることも戻る条件も、全て決めて本人の意思でこちらの世界に来るらしい。
私のようないきなりこんにちはーは有り得ないらしく、女神様はぷんすか怒りながら話していた。
誰かが、意図的に私を呼び出して、
だけど正規のルートじゃないから、呼び出し先まで辿り着かず変なところに落ちて私は運良く保護されていただけらしい。
場所によってはこの世界は危険なんだとか。私の気配は感じたけど、女神様も私をみつけ夢に入り込むのは簡単じゃなかったと謝られた。
なんか色々ラッキーだったんだなぁと、のほほん私は聞いていたけれど。
危機感が薄いのは私がいた日本という国の影響だろう。平和だったから。海外はとても危険だと日本にいたら良いと力説した先輩元気かなーなんて、呑気に思っていた。
今ならそれがとても奇跡だったと無事でよかったと本気で思えるけれど。
その日以降まだ初めの方はは夢の中でのみ、徐々に現実世界の方でも。