王子は竪穴式住居に住んでいました
その日の夜、王子は竪穴式住居に膝を抱えて座っていた。
眠りから覚め、城に帰ったものの、女王様とは仲違いしてしまったようなのだ。
「お前は変わった」
と言われたらしいが、
いや、大人になっただけなんじゃ、
と朝霞は思っていた。
「差し入れです」
と朝霞はオカリナを差し出したが、王子は、
「いや……もっと役に立つもの持ってこい」
ともっともなことを言う。
「でも、明るい気分になれますよ。
私はあのとき、王子のおかげで、なんだか慰められました」
と言いながら、横に腰を下ろし、ぴぱーとオカリナを吹いてみた。
「……俺の真似して吹いてくれなくていいんだぞ」
「いえ。
全力です……」
と答え、また、ぴぱー、と吹いてみる。
親と対立してるのはしんどいもんな。
これで、王子の気持ちも少し晴れてくれるといいんだが。
……晴れないか。
目を覚ました朝霞は、まだ枕許に置かれたままのゲームを見た。
……なんかこのゲームやるの怖くなってきたな、と思う。
どんなに楽しいゲームでも、なにか違うと思ってしまいそうだし。
それに――
これをやってしまうことで、あの人が夢に出てこなくなるのは、なんだか嫌だから。
そんなことを考えながら、冷たいゲームのケースを抱き締め、朝霞はもう一度、目を閉じた。
それからは、なんとなく、朝は四人で登校するようになった。
特に打ち合わせているわけでもないのだが――。
「いいなあ」
と廊下で出会った仁美が言う。
「私もイケメンに囲まれて登校したい」
「……先輩はともかく、あとは、おにいちゃんと、佐野村なんだけど」
「待って。
なんで佐野村は壁扱い?」
と仁美に言われる。
「壁?」
「周囲をイケメンに囲まれて登校してても。
先輩以外は、あんたにとっては、身内と壁で意味はなしってことなんでしょ?」
「……いや、そういうわけでは。
ただ、私にとって、佐野村は幼稚園のときのまま、幼なじみな感じだし。
佐野村にとっても、たぶん、そうだろうから、身内みたいなもんだなと思って」
と言うと、仁美は、ふうん、と言ったあと、黙った。
その微妙な感じに、朝霞は、ふと、気づいて訊いてみる。
「……小学校のとき、佐野村好きだったの、誰だったっけ?」
「私よっ。
あんた、気持ちよく忘れてたわねっ」
いやあ、と朝霞は苦笑いする。
「そうだった、そうだった。
仁美が最初に話しかけてきたの。
『佐野村に近づかないで』だったよね~」
そう言って、喧嘩を売られたのが仁美との出会いだったのだ。
ほんとうに気持ちよく忘れていた、と思ったあとで、朝霞は、はっとする。
「もしや、仁美が、私とずっといたのは、私が佐野村に近づかないよう、見張るためだったとかっ?」
「あんた莫迦なの?
そんなのだったら、あんたに近づかないで、佐野村に引っついてるわよ」
「それもそうか」
と笑うと、
「いや、実のところ、佐野村好きだったのは昔の話で、中学校の頃とかは違う人好きだったんだけど。
高校に入って、制服変わって、あ、佐野村、似合うじゃん、とか。
大人っぽくなったなーとか。
身長いつの間にか抜かされてたなーとか思ってるうちに、また、なんか気になり出したんだよね」
と仁美はちょっと恥ずかしそうに白状する。
「そういえば、仁美は昔、背高かったよね」
なので、当時は、小柄だった佐野村より、仁美の方がずいぶん大きかったのだ。
「そうね。
男の子って、後から大きくなるよね。
でも、あんたにも、あっという間に、抜かれちゃったけど。
最初ちっちゃい子の方が巨大化するってほんとね……。
運動もしないのに、なに、その無駄な長身」
と元バスケ部の仁美に睨まれる。
いや、そんなこと言われても……と思っていると、
「でも、佐野村は、ずっと、あんたのこと好きだったんじゃないかな?」
と仁美は言ってきた。
「は? ないない」
と朝霞は言ったが、
「だって、あいつ、莫迦だったのに」
と仁美は言う。
好きだったとか言うわりには手厳しいな……。
「こんな学校、猛勉強して入ってくるなんて。
特に将来のビジョンがあって、頑張ってるって感じでもないのに」
……仁美。
ほんとうに好き? 佐野村のこと。
と容赦ない、その口調に疑ってしまう。
「佐野村は、あんたが好きだから。
今まで通り側にいたいから、あんたを追いかけて、ここまで来たんじゃないの?」
「いやあ、でも、佐野村は私より、おにいちゃんの方が好きみたいよ」
「……どういう意味で?」
「ああ、いや、そういう意味でじゃなくて」
と仁美の妄想を読み取り、朝霞は言った。
「まあ、おにいちゃん、男子校でもモテてるみたいだけど」
「ええーっ、やめてーっ。
廣也様が毒牙にーっ」
……とか言いながら、楽しそうなのはなんでだ。
と突然、狂喜する友を見て、朝霞は思う。
「まあ、ともかく、私があんたの側にいたのは、佐野村のこととは関係ないよ。
一緒にいて面白いからだよ」
まあ、いろんな意味で、と付け足された一言が気にはなったが、朝霞は、
「仁美っ、ありがとうっ」
と朝の廊下で仁美に抱きつく。
すると、仁美が、
「やめてっ。
殺されるーっ」
と叫び出した。
なんで? と思って見ると、教室の窓から女子数人が怨念を込めた目で仁美を見ていた。
『朝霞様がお友だちと!』
『C組の土田仁美よ』
『まあ、うらやましい』
『ねたましいっ』
という視線を浴びていると仁美は主張する。
いや、そんな莫迦な、と朝霞は思っていたが。
仁美はポンと朝霞の肩を叩き、
「あんたが姫扱いされんのも面白いかと思って、ほっといたんだけど。
やっぱそのキャラ、早めになんとかして……」
と言ってきた。