美しき兄妹愛(?)です
王子に座れと言われたので、座ってみましたが、緊張するではないですか。
十文字に命じられ、隣に座ってみたものの、朝霞はできるだけ通路側に寄って座っていた。
十文字も朝霞も細身なので、そんなに避けずとも、そもそも間は空いていたのだが――。
「あ、あのー、王子は……」
緊張に耐えかね、口を開いてみたのだが。
うっかり王子と言ってしまって、睨まれ、また緊張する。
だが、もう話しかけてしまったので、そのまま最後まで言ってみた。
「あの、先輩は楽器はお得意ですか?」
夢でオカリナを吹いてくれた王子のことを思い出しながら、そう訊くと、
「楽器って、なんのだ?」
と十文字に訊き返される。
「いや、なんでもいいんですけど」
と朝霞が言うと、十文字は少し迷ったあとで、
「……カスタネットなら得意だぞ」
と言ってきた。
あまり楽器は得意ではないようだ。
朝霞が、ぴぱー、とオカリナでおかしな音を出していた王子を思い出していると、十文字は少し沈黙したあとで、
「トライアングルなら得意だぞ」
と付け足してきた。
いや、無理やり足さなくても、と思いながら、朝霞は訊いてみた。
「先輩、トライアングルって、いつ鳴らす機会があるんですか?
ああ、……カラオケ?」
「お前、なに歌ってんだ、カラオケ……」
などとくだらぬ話をしているうちに、朝霞の降りる駅に着いてしまった。
そうか。
私が先か、と朝霞は思う。
まあ、そうだよな。
そうじゃなきゃ、先輩乗ってくるときに、さすがに顔を合わせてるはずだもんな。
通学電車というものは、乗降する駅やその時間帯の車両の混み具合によって、乗る車両がおのずと決まってくるものだからだ。
降りるときは、私は戸口に立ってるから、着いたら、すぐに降りちゃうし。
先輩がいても、気がつかないよな~、と思う。
さっきまでガチガチに緊張していて、早くここから逃げ出したいと思っていたのだが。
いざ、そのときが来ると、ちょっと寂しい。
だが、ぐずぐずしていると降りそびれるので、朝霞は、
「失礼します」
と深々と頭を下げて、席を立った。
電車を降り、二、三歩歩いて、振り返る。
先輩、どうせ、またすぐ本とか読んでるんだろうなーと思ったが、十文字はこちらを見ていた。
ただ、それだけなのだが、なんだかすごく嬉しくなり、朝霞は慌てて、何度も頭を下げた。
すると、十文字は、阿呆か、という顔をしたあとで、目をそらしてしまう。
しまったあああああっ。
やりすぎたーっ、と思ったとき、
「おい」
と誰かに肩を叩かれた。
振り向くと、兄、廣也が立っていた。
「おにいちゃん、今日は一緒の電車だったのね。
って、あーっ、電車出ちゃったーっ」
よそ見している間に、十文字の乗った電車はホームを出てしまっていた。
ああ~……と名残惜しげに見送る朝霞に、廣也が言ってきた。
「お前、いつから、十文字と付き合ってんだ」
「え?
おにいちゃん、先輩を知ってるの?」
「まあ、とりあえず、来い」
と引きずって行かれる。
兄妹で喫茶店。
初めて入ったぞ、と駅の近くのレトロな喫茶店に、朝霞は廣也といた。
「なにしようかな。
メロンソーダ?
あっ、でも、ナポリタンもおいしそうっ」
「美味いよな、喫茶店のナポリタンって。
なんであんなに、美味いんだろうな」
と廣也とふたり、子どもの頃のように額を寄せ合い、メニューを眺める。
「上にでっかいフランクフルトがのってんのも、またいいな」
「でも、食べて帰ったら、晩ご飯食べられなくて、お母さんが怒るよ」
と朝霞は言ったが、
「二人で分けたら、おやつみたいなもんだろ」
と廣也は言い出す。
結局、ナポリタンとクリームソーダと珈琲を頼むことになった。
「……我を忘れて頼んでしまったな」
「そうだね。
そういえば、話があったんだったよね。なに?」
とよく似た兄妹は、ここでようやく正気に返った。
「お前、いつから十文字と付き合ってるんだ」
「付き合ってないよ。
たまたま一緒になっただけだよ。
っていうか、知らなかったよ。
おにいちゃんと十文字先輩が知り合いだったなんて」
「お前、兄の試合の応援にも来ない薄情な妹だからな……」
来てたら、十文字がいたのに、と言う。
ゲームソフトの店で、うつむきがちに、ピッとやってくれるのが出会いでなかったら、先輩は乙女ゲームの世界の王子様にはなってなかったのだろうかな、と朝霞は考える。
「しかし、俺も知らなかったな。
あいつ、あの店にいたのか」
廣也はあまりゲームはしないので、大抵、父親が車で店まで乗せてってくれるときには、ついて来ていなかった。
たまには来ていたが、そのときは、十文字はバイトに入っていなかったのだろう。
「それにしても、あいつ、なんで、バイトなんてしてんだ?
あいつんち、確か、すごい金持ちだぞ。
親が仕事の合間に試合見に来るたびに、毎度違う、すごい車で来てたし」
ええっ?
そんな遠い世界の人なのか。
なんかやだな、と思った朝霞はつい、身を乗り出し、
「それ、実はただの運転手ってオチはない?」
と訊いてしまう。
妹の考えが読める兄は呆れたように、
「……高価そうなスーツ着てたから違うだろ」
と言った。
じゃあ、一度、社会に出て、普通に働いてみたかったのだろうか?
などと考えている間に、白と緑と赤が目に眩しいクリームソーダが来て、そして、どーんと太いフランクフルトののったナポリタンがやってきたので、話はそこで終わってしまった。
「うまいっ。
やっぱり、二皿頼むべきだったな」
「おにいちゃん、怒られるって。
あ、残り食べていいよ」
と言うと、
「なに言ってんだ、お前、食え。
お前は俺の可愛い妹だからな」
と譲ってくれようとする。
「いいって、食べなよ」
と珍しく美しく譲り合った。
その夜、王子は現れず、騎士団長だけが現れた。
てっきり、王子がトライアングルを打ち鳴らしながら現れると思ってたのにな、
と朝霞が思っていると、騎士団長はマントをひるがえし、朝霞の前に片膝をついて言った。
「アサカ姫。
私は心を入れ替えました。
王子があなたを守らないのなら、私があなたをお守りしましょう。
王子が蘇った王子とは認められず。
王になれずに貧乏になるのなら、私はあなたを王子には渡しません」
そう言い、騎士団長は朝霞の手を取り、その甲にキスをした。
いや……、いくらイケメンだとしても、兄に言われても、と思ったのだが――。
なんだかその一言は違う意味で胸に響いた。