王子が電車に乗っています
電車に乗ったら、いつも、ぼんやり外を見ている。
目を休めるタイミングがここしかない気がするからだ。
朝霞は、いつものように、出入り口付近立ち、外の景色を眺めていた。
誰かが一緒のとき以外、席に座ることはない。
前にご老人とか立たれると、どきどきしてしまうからだ。
席を譲るべきだよな。
でも、わしはまだ若いっ、とか言って、怒られるかもしれないしな~。
私だって、まだ若いつもりのときに譲られたらやだしな~、
とか迷って、どうしていいかわからなくなるからだ。
我ながらヘタレだな、と思ったとき、ふと、いつもは見ないのに、車内を眺めてみた。
すると、隣の車両へ続く扉付近に座って本を読んでいる男が見えた。
「ああっ、王子っ」
えっ? 王子っ?
という顔で、みんながキョロキョロし始める。
朝霞が本を読んでいた十文字のところに行って、
「なんでこの電車に乗ってるんですか?」
と話しかけると、十文字は少し赤くなり、
「お前……、今のセリフのあとに、俺に話しかけるな」
と言ってくる。
確かに。
周囲が、あの人が王子。
ああ、王子って感じねーという雰囲気で十文字を眺めていた。
すみません、と朝霞は苦笑いしたあとで、言い訳をする。
「でも、王子って名字かもしれないじゃないですか。
ところで、王子、なんで、この電車に乗ってるんです?」
と言うと、だから、王子やめろ、という顔をしたあとで、十文字はひとつ溜息をついて言った。
「いつも一緒に乗ってるが。
気づいてなかったのか」
「き、気づきませんでした……」
と言うと、
「俺は気づいていた」
と言いながら、十文字は本を閉じる。
「お前がいつも、窓の外を見ながら、どんな妄想を巡らせているのか、にやにやしているのを眺めていた」
「……すみません。
ゲームのことを考えてました」
だろうな、と言われてしまう。
「ところで王子」
「だから、王子やめろ。
十文字だ」
「わかりました、先輩」
「……今、俺が名乗った意味、なくないか?」
「あの、男といるの、朝霞ちゃんじゃないか?」
一緒に電車に乗っていた友人にそう言われ、廣也は隣の車両を見た。
「……十文字じゃないか」
学校は違うが、十文字のことはよく知っている。
昔、サッカーをやっていた頃、試合で頻繁に出会っていたからだ。
いつの間に、と思いながら、仲良く話している二人の様子を眺める。
十文字がなにか言い、朝霞が赤くなる。
十文字が奥側へと席をずれ、朝霞は、困ったハムスターのような不思議な顔をしたあとで、譲ってもらった席に、ちょこんと座っていた。
……どうした、朝霞。
可愛いじゃないか。
家でのダラダラした感じはそこにはなく、本当に姫っぽいが。
今は、特に優等生キャラを演じているわけでもないようだった。
「サマになるな、美男美女で」
いいなあ、うらやましいなあ、とその友人、大毅は、まだ、隣の車両を窺いながら言ってくる。
「お前、あれ、やらないのか? あれ。
ほら、うちの妹は、お前のようなヤツにはやらんとか」
と何故か、大毅はワクワクしながら言ってくる。
「俺、一度言ってみたいんだよ。
兄貴の夢だよな」
と笑う大毅に、
「自分の妹のときに言えばいいじゃないか」
と言ってみたが、
「いや、うちの場合、もらってくれるという相手がいたら、急いで押し付けないと逃げられそうだからな……」
そんなこと恐ろしくて言えん、と大毅は言う。
「そんなことないだろ。
朝霞こそ、ろくなもんじゃないが、でも――。
まあ、朝霞が美人だろうが、そうじゃなかろうが。
姫だろうが、下郎だろうが」
「下郎?」
「俺にとっては大事な妹だからな」
と廣也はもう一度、十文字といる朝霞を覗く。
「まあ、俺が認めたヤツにしかやりたくはないが」
十文字か――。
「まあ、とりあえず、名乗りを上げてこないヤツよりはマシかな」
と呟くと、大毅が後ろで、
「誰のことだ?」
と言っていた。