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オタク姫 ~100年の恋~  作者: 菱沼あゆ
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なんだかんだで苦労してるんです

  



 昼休み。

 そうそうに食べ終わった朝霞は、急いで図書室に向かった。


 王子先輩のことを知らなければっ。

 また沈黙で苦痛な乙女ゲームの夢を見てしまうっ、と思っていたからだ。


 だが、図書室に十文字晴じゅうもんじ はるはいなかった。


 まあ、そりゃそうか。

 続けて当番なわけないもんなーと思いながら、とぼとぼ戻ろうとしたとき、女生徒たちの声が聞こえてきた。


「あっ、朝霞様よ」


「今日も素敵な髪型ね。

 朝霞様は、指先も器用なのね」


 そう、器用なんですよ、おにいちゃん。


 このサイドを細かく編み込んだ髪型は、朝霞の持っている雑誌を見ながら、廣也がやってくれたものだ。


 ちなみに母は忙しくてそんな暇はない、と言っているのだが。


 幼稚園の頃の写真を見ると、微妙に斜めに髪が結ばれていたりするので。

 実は母は自分と同じに不器用なのではないかと思っている。


 よし、トイレ行ってから、教室に戻るか、と朝霞が思ったとき、また彼女たちの声が聞こえてきた。


「あら、朝霞様がお手洗いに」


「いやね。

 なに言ってるの。

 朝霞様がトイレになんて行くわけないじゃないの」


 行きますよっ!?

と思ったのだが、なんだかその場では行きづらく、さりげなく、トイレの横の角を曲がった。


 渡り廊下を通って、特別棟に行き、人気のない、そこのトイレに入る。


 ……なにをやってるんだ、私は、と思いながら。





 やれやれ。

 今日も落ち着かない一日が終わった、と朝霞が家の玄関に入って、ホッとしたとき。


 誰かが朝霞が後ろ手で閉めようとした玄関扉を抑えた。


「こんちはー。

 廣也さんー、来たよー」

と朝霞の頭の上から、佐野村一太が中に向かい呼びかける。


「おう、上がれー」

と二階から、先に帰っていたらしい兄の声がした。


「あら、一太くん、いらっしゃい~」

と母親がリビングから顔を覗けて言う。


「こんにちは。

 お邪魔しますー」

と母と兄には愛想のいい佐野村が言った。


「いやあ、相変わらず可愛いなあ、麻里恵まりえさん」

ともう閉まってしまったリビングのガラス扉を見ながら、佐野村は言う。


 麻里恵というのは、朝霞の母親だ。


 ふわふわっとした髪質の髪をいつもサイドでひとつに束ねている、色白で童顔の麻里恵は、よく朝霞の姉と間違われる。


「俺、幼稚園のころ、絶対、麻里恵さんと結婚するって思ってたんだよな~」


「あ、そう」

と言いながら、朝霞は階段を上がる。


 後ろをついてくる佐野村に言った。


「ねえ、今、一緒に着いたってことは、もしかして、佐野村もおんなじ電車に乗ってた?」


 違う車両に友だちといた、と佐野村は言う。


「駅着いても、お前から見えない位置にいた。

 お前に話しかけても、話しかけられても、クラスの男連中に恨まれそうだからな」


 なんだ、そりゃ、と思いながら、

「そんなに私が嫌なら、絶交すれば?」

と言って、朝霞は行こうとしたが、佐野村に強く腕を引っ張られる。


 佐野村、こんなに手、大きかったっけ、と、つい、どきりとしていると、佐野村は、朝霞を見下ろし、言ってきた。


「お前と絶交なんてするわけないだろ」

と。


「わからないのか、朝霞。

 なんで、俺が苦手な勉強を頑張って、お前と同じ高校に行ったのか。


 ……お前と離れたくないからだよ」


「え――」


「だって、お前と離れたら、廣也さんと接点なくなっちゃうじゃないかっ。

 会う機会、少なくなっちゃうだろーっ」


「……もう帰って、佐野村」

と言って、


「俺が呼んだんだ、バカッ!」

とドアを開けた廣也に怒鳴られる。





 あー、結局、先輩とは話せなかったなーと着替えてベッドに腰掛けた朝霞は、枕許のゲームを手に取り、眺める。


 まあ、今日も同じ夢見るとは限らないけど。


 それにしても、黒髪長身、イケメン、ということ以外にこのイラストの王子との類似点はないのに。


 何故、今まで、目の端くらいにしか映ってなかった先輩が王子で出演してくるんだろうな、

と朝霞は、ゲームの店のエプロンをかけている十文字を思い浮かべる。


 同じ学校の先輩だってことも知らなかったもんな。

 だって、先輩、店では眼鏡かけてないし。


 あれ、なんでかけてないんだろうな?


 ……変装?


 いや、かけてない方が変装っておかしくない?

と思ったとき、下から声がした。


「朝霞ー、佐野村くんにお菓子持ってってー。

 あんたのオヤツも一緒に入ってるからー」


 ドアを開け、はーい、と朝霞は麻里恵に返事をした。


 



「ところで、二人で、なにしてんの?」

 結局、廣也の部屋で一緒にお茶を飲むことになった朝霞はラグの上に座り、訊いてみた。


 そのクリーム色の楕円のラグの上には、楽譜がいくつも広げてある。


「いや、一緒にバンドを組もうかと」

と佐野村が言う。


「え? バンド?」


「朝霞。

 キーボードでもやるか?」

と廣也が訊いてきた。


 まだ、メンバーがまだ二人しかいないらしいのだ。


「お前、エレクトーン習ってたろ?」


 いやあ、エレクトーンとバンドのキーボードじゃ、ちょっと違うような、と思っていると、佐野村が笑って言ってくる。


「お前、学校じゃあ、ピアニスト並みの腕前でピアノ弾けることになってるぞ」


 小三でエレクトーンをやめた私がか……と思っていると、

「俺はエレクトーンの試験、いつも余裕だったけど。

 お前、いつもギリギリで合格して、先生に、しぶ~い顏させてたよな」

と佐野村が笑う。


「まあ、なんでもいいや。

 楽譜は読めるんだろ、ちょっと弾いてみろ」

とコピーした楽譜を廣也に投げられたので、朝霞は渋々、廣也のキーボードの前に行った。


 廣也がギター、佐野村がベースのようだった。

 ドラムがいないな、と思いながら、楽譜を見て、一応弾いてみる。


 だが、二人はすぐに演奏をやめ、こちらを振り向いた。


「なに弾いてんだ?」

「曲違わないか?」


 そう、ふたりに畳みかけるように言われ、確認すると――。


「あ、楽譜逆さだった」


「むしろ、何故弾けたっ!?」

「何故読めたっ!?」

と叫ぶ二人に、そうそうに廣也の部屋を追い出された。







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