やっぱりオタクの人でしたね
「行くんじゃなかったです……」
帰り道、青ざめて朝霞は言う。
「先輩がリトルお母様に見えてきました」
十文字と母は、出会ってみたら、性格も顔もそっくりだったからだ。
「よく言われる。
だから嫌なんだ」
と前を歩きながら十文字は言う。
「俺もあんなワンマンな人間になってしまうのかと思って」
「ならないと思いますよ」
と朝霞が言った言葉をただの慰めととったのか、十文字は流して言う。
「兄はいろいろと才能のある人間で、会社を継ぐつもりはないらしいから。
父親の方は、俺に後を継いで欲しいらしい。
ま、才能がないから、後を継げと言うのも妙な話なんだがな」
と十文字は渋い顔をする。
「先輩は才能がない人ではないですよ。
ただ、なんでも出来すぎて、なにか突出してるものがないというか」
「……お前が一番突き刺さるようなことを言っているようだが」
ああっ、すみませんっ、と朝霞は叫んだ。
「そうじゃないんですよ。
ほら、なにができると言おうにも、たくさんありすぎて、ひとつに絞れないと言うかっ」
と慌てて言うと、
「確かに、なにが出来るのかと問われると、いろいろとっちらかってる感じで、これと言うものはない」
と言い出す。
「でも先輩。
家を継ぐのはともかくとして。
いまどき、会社なんて、世襲にする必要はないと思いますよ」
「……やっぱりお前が一番、バスッと痛いところを突いてくるな」
それ、親に言ってやれ、と言われて、また、ああっ、すみませんっ、と朝霞は謝った。
もう沈黙しよう、この先は……、と朝霞が思ったとき、同じように一瞬、沈黙したあとで、十文字が言ってきた。
「ちょっと何処か寄ってくか」
「え?」
「晩飯は?」
「え、は……?」
「なにか食いに行くか?
奢るぞ」
とっ、とんでもないですっ、あれしきのことでっ、と朝霞は慌てて断る。
「じゃあ、ゲーム買ってやろうか」
「えっ?」
「安いやつ」
と朝霞が遠慮しないようにか、そう言ったあとで、
「いつもと違う店に行ってみよう。
俺もたまには他の店、覗いてみたい」
と十文字は少し笑って言ってくる。
わー、ちょっぴりだけど、笑顔の先輩だーと思いながら、
はっ、はいっ、と朝霞は慌てて頷き、十文字のあとについて行った。
朝霞は十文字と駅近くのゲームソフトの店に行っていた。
「なにがいい?
やっぱり、乙女ゲームなのか。
俺は買うの恥ずかしいから、金やるから買ってこい」
いや、そこまで言われて買いませんよ。
っていうか、まだあのゲームやってないので、新しいのはいりませんよ、と朝霞は思っていた。
それに、下手に違うゲームを始めて、王子の出てくる夢を見なくなったら嫌だ。
そう思いながらも、近くに乙女ゲームが並んでいたので、なんとなく見てみたのだが、どれもこれもピンと来ない。
あのゲーム買うときは、これだっ、って思って。
やるの、すごく楽しみにしてたんだよなー。
結局、やってないけど。
あのときパッケージを見ただけで感じたようなワクワク感が今はない。
……もしかして、と朝霞はチラと隣にいる十文字を見た。
単にパッケージの王子が、目の端にしか捉えてなかった先輩に似てたから、嬉しくて買ってしまったのだろうか、と十文字が聞いたら、
「……だから、目の端にしか捉えてなかったんだよな」
と言ってきそそうなことを思う。
「あの、先輩。
別に買ってくれなくていいんですけど。
なにかオススメのゲームとかありますか?」
と朝霞が言うと、十文字は少し考え、
「お前は、格ゲーとかシューティングとかはやらないんだろ?
じゃあ、アドベンチャーゲームとか」
と外国の古いアドベンチャーゲームを薦めてくる。
「やったか? これ」
「いいえ。
面白そうですね」
と十文字に手渡されたゲームのあらすじを読んで朝霞は言う。
ちょっと難解なミステリーのようだ。
先輩、好きそうだな、と笑う朝霞の横で、十文字は何故か朝霞をうらやましがる。
「いいよな。
お前はこのゲーム、なにも知らずに今から一からできるんだよな」
マキちゃん、やっぱり、この人、オタクの人でしたよ。
めちゃめちゃイキイキしてますよ。
でも、楽しそうな顔、素敵です、王子、と思いながら、朝霞は十文字を見つめていた。




