先輩はやはり王子だったようです
日曜日はやはり、朝霞だけで十文字の家に行くことになった。
廣也が、自分たちは遠慮する、と言ったからだ。
当日は十文字が駅まで迎えに来てくれた。
なにやら、デートのようだな、と思いながら、朝霞は彼の後をついて歩く。
「たまに思うことがあるんだ。
親とぶつかるのは俺の考え方のせいかもしれないと。
兄貴は別にぶつかってないしな」
「先輩、おにいさんがいらっしゃるんですか」
「もう大学生で家にはいないけどな。
だから、親との間に、誰か入って冷静に話を聞いてみて欲しいと思ったが、あの親が変わっているのは確かだ。
普通の人間とだったら、まず会話が通じないかもしれない。
だが、お前だったら――」
と言いかけ、十文字は言葉を呑み込んだ。
変わっている私なら、変わっている親と話が合うかもしれないと思ったわけですね……、と朝霞は思う。
「ところで、かなり歩いた気がするんですけど、先輩のおうちは何処ですか」
周囲を見回しながら朝霞が言うと、十文字は無言で、横の塀の向こうの建物を見た。
「なんですか、この神戸の異人館のすごいデッカイのみたいな建物は」
「うちの家だ」
「……リアル王子様だったんですね、先輩」
高い木々の向こうに、糸車とかがありそうな尖塔が見えるんだが――。。
糸車の前で、こちらに背を向けて立つ魔女が思い浮かんだ。
ひひひひ、と笑っている。
「……すみません。
塔に住む魔女が先輩のお母様になってしまいました」
朝霞は十文字の家のあまりの大きさに衝撃を受け、うっかり思ったことをそのまま口にしてしまった。
だが、十文字は、
「お前ならそう言いそうな気がした」
と軽く流して、門へと向かう。
屋敷の中、広い玄関ホールのモザイクタイルの床の上に立った朝霞は、正面に見える両階段から、天井の雰囲気ある照明器具に視線をスライドさせて呟く。
「先輩……。
この家、別に出て行かなくても、何処かに、ひっそり住みついてればいいんじゃないですかね?」
ここだけで、うちの家くらいのデカさがあるな、と朝霞は思っていた。
知らないうちに、誰かが隠れ住んでいたとしても、きっと見つからないことだろう。
「行くぞ」
朝霞のくだらぬ言葉は華麗に無視し、十文字はさっさと応接間へと歩き出す。
朝霞は、物珍しげに屋敷内を見回しながら、十文字のあとをついて行った。
でっかい暖炉がある。
火がつくのだろうか、などと思いながら、朝霞が応接間のソファに座っていると、呼びに行った十文字とともに、女王様が現れた。
そう思ったのは、あの夢のせいではない。
本当に女王様かと思う女性が現れたのだ。
いや、休日なので、シンプルなパンツ姿なのだが、雰囲気がもう女王様だ。
っていうか、顔が先輩に瓜二つなんだが……と思いながら、朝霞はお尻に針でも刺されたかのように飛んで立ち上がる。
「はっ、初めましてっ。
鬼龍院朝霞と申しますっ」
と頭を下げた。
「初めまして。
晴の母の紀和です」
そう挨拶した紀和は、どうぞ、と仕草で朝霞に座るように促す。
紀和も向かいの椅子に腰を下ろした。
そのまま黙ってこちらを見ている。
め、面接のようだ……と朝霞は固まっていた。
「晴、この方は、あなたの彼女なの?」
正面からそう問われ、十文字は困っていた。
「……そういうことにしておいた方が、ここは話がスムーズか?」
「先輩、口から真実が全部出ています」
こういうところ、我々は似ているようだ……と朝霞は思っていた。
結婚したら、きっと、似た者夫婦になるだろう、と付き合ってもいないのに思ってしまう。
紀和はひとつ溜息をつき、
「まあ、いいわ。
では、お友だちということで。
朝霞さん、おうちは何処?
お父様はなんのお仕事を?
晴と同じ学校なの?
じゃあ、とりあえず、頭はいいのね」
と矢継ぎ早に質問してくる。
いや、全然、お友だちに対する質問ではありませんけど……と朝霞は青ざめていた。
「俺より頭いいかもしれないぞ、今年の新入生代表だから」
と十文字が言う。
いや……そんな莫迦な、と思う朝霞の前で、紀和が驚きの声を上げた。
「まあ、そうなの?
とても、そんな風には見えないわ」
……いや、どういう意味でですか、と朝霞は苦笑いする。
「普通、そういう子って、やっぱり何処か鼻にかけてるようなところがあるけど。
晴みたいに」
とすかさず息子に毒を吐きつつ、紀和は言った。
「あなたは全然、そういうのないわね。
確かに賢そうな顔はしてるけど。
1+2=2とか言い出しそうな、ぼんやりした雰囲気なのに」
「お母様は超能力者ですか」
と朝霞は身を乗り出した。
「この間、やりました、それ。
足し算と掛け算間違えるの」
「あなた、小学生?」
と言われてしまったが、嫌な感じはしなかった。
嫌味を言おうとして、ではなく、ただ、本当にそう思った、という感じで出た言葉だったからだろう。
……余計悪いが。
朝霞はうっかりミスが多いのだ。
それでいつも点を落とすのだが、入試のときは、たまたま、全教科うっかりミスがなかったのだ。
だから、新入生代表はただの偶然の産物だ、と朝霞は思っている。
そのあと、朝霞の持ってきた、新しく出来た評判の洋菓子店のケーキを食べた頃から、かなり紀和とは打ち解けてきた。
「そうなんですよー。
うちの親も算数の解き方が昔と違うとか。
歴史の年号が違うとかよく言うんですよねー」
「晴もねえ。
今はこんな、ひとりで賢くなったような顔してるけど。
小学生の頃は、私が勉強見ていたのよ」
あっ、こらっ、という顔を十文字がする。
「鎌倉幕府の成立とかも変わったわよね。
なんだったかしら?
1185《イイハコ》 作ろう 鎌倉幕府?
いい箱ってなによ?」
意味がわからないわよ、という紀和に、
「いい国の方が筋が通ってたのに。
隠し通せばよかったですよね」
と思わず言って、
「誰に?」
「なにを?」
と十文字と紀和に言われる。
なんだかんだで、息ぴったりですよね……と思いながら、朝霞は、こぼれ落ちそうなくらいイチゴののったタルトにサクリとフォークを刺した。




