タダメシ食らいよ。せめて、王子の話し相手になれ
家に帰って、朝霞はラグに寝転がり、図書室で借りてきた本を読んでいた。
「朝霞ー。
お前、スクールセーター投げてんなよー」
と朝霞のセーターにつまづいたらしい兄、廣也が朝霞の頭の上に、それを落としてくる。
んー、と朝霞は本を読みながら、洗濯物を取り込んでいる最中の母親が、とりあえず、洗濯物を置いているソファに片手でそれを放り投げた。
「何処にやった今っ?」
と台所で牛乳を飲みながら、廣也が訊いてくる。
「闇に葬った」
と活字から目を離さないまま朝霞は言った。
紺色のセーターは黒いシャツなどに紛れ、一見、視界から消えたように見える。
「このボケがっ。
お前の学校でこの惨状をチクるぞっ、朝霞姫っ」
「なっ、何故、それをっ」
と朝霞がビクつきながら、本から顔を上げると、廣也が言う。
「学校で言われるからだよ。
お前の妹、あの朝霞姫なんだろって。
お前、姫ってツラか。
あ、ツラはいいのか、ツラは。
俺そっくりだからな。
……このものぐさ姫めっ」
と兄は朝霞の足の裏をカカトで踏んでくる。
いーっ、と声を上げると、
「そこはツボだ。
ありがたく思え」
と言ったあとで、廣也は、
「まったく、お前のせいで、誰も家に呼べやしない」
と朝霞を罵って去っていった。
いや、そんなに散らかしてはいないと思うが……。
お母さんが片付けてくれてるし、と情けないことを思いながら、朝霞は本を閉じ、のそのそ起きて、洗濯物を畳んだ。
朝霞は、ベッドに入る前、また、あのゲームのパッケージをマジマジと眺めていた。
なんで、夢の中の王子様は、あの人なんだろう――。
ゲームを始めたら、ゲームの王子のキャラの方が強くなって、そんなこともなくなるだろうか。
そう思った朝霞は、部屋にあるテレビの下のゲーム機を見たが、結局ゲームを始めることなく、本を読んで寝た。
「お前が王子を起こしたという娘か」
わあ、なんか現れたー。
王子を起こしたあと、彼とともに王がいるという城に移動した朝霞は、騎士団長だと名乗るイケメンと対峙していた。
冷ややかに自分を見下ろす美しい騎士団長。
だが、なにもときめかない。
何故なら、その男の顔は、兄の廣也そっくりだったからだ。
何故だっ、と思ったあとで、気づく。
そうか。
他に私がイケメンの人を知らないからだな。
なんて悲しい、私の人生。
「アサカ、王子は部屋にいらっしゃる。
タダメシ食らいにならないよう、せめて、王子の話し相手にでもなれ」
うっ。
おにいちゃん、そっくりの言動っ、と思いながら、騎士団長に言われた部屋を朝霞は訪ねていく。
すると、王子は自室のベッドに腰かけていた。
「王子……?」
と話しかけてみる。
うつむきがちに座る黒髪の王子は、ただ黙っていて動かない。
「……王子?」
いつもゲームソフトの店のレジで、ピッとやってくれるときと同じ角度で動かない王子を見て、朝霞は思う。
もしや、これ……
おにいちゃんみたいには、現実の十文字先輩のことを知らないから、話が進まないとか?
そういえば、最初のセリフはパッケージそのまんまだったな、と気づく。
沈黙している王子を見下ろし、朝霞は、朝まで不毛な時間を過ごしていた。
「よお、朝霞姫。
今日、お前んちに行くからな」
朝霞が教室移動の最中、階段を上がっていたら、後ろからそう言ってきた男がいた。
朝霞姫、やめて……と思いながら、振り返ると、同じ中学から来たもうひとり、佐野村一太さのむら いちたが立っていた。
髪が突き立つくらい短い体育会系のこの男が、実はイケメンであるということを朝霞は高校に入って初めて知った。
幼なじみでずっと見ていた顔なので、周りがそう言うまで気づかなかったのだ。
「やめてよ、佐野村。
私はそのようなキャラじゃないのに」
「いや、そのようなキャラだろ」
と斜め下から動かずに佐野村は言う。
なんだ、それ。
ここはパラレルワールドかっ!?
と思っていると、佐野村は、
「莫迦だな。
自分が思ってる自分と、人が思ってる自分なんて違うもんだ。
お前はたまたま、それがいい方向に違ってたってだけだろ」
と言ったあとで、
「ともかく、廣也さんに伝えとけよ。
今日、大丈夫だからって」
と言ってくる。
この男は昔から、廣也を兄のように慕い、後をひっついて歩いていた。
その妹には冷たいのだが……。
佐野村は立ち止まっていた朝霞を見上げ、強い口調で言ってくる。
「ところで、お前。
人目のあるところで俺に話しかけてくんなよ。
そんなことされたら、俺、男友だちがいなくなるから」
どんな幼なじみだ……と思いながら、朝霞は下の階に戻っていく幼なじみを見送った。