いや、私、そんなキャラじゃないからっ!
実は、正解は、
「また明日言う」
だった――。
朝霞の許を離れた佐野村はそのままの勢いで外の水飲み場まで、上履きのまま出て行ってしまった。
水滴のついたコンクリートの水飲み場の縁に手をつき、溜息をついた。
言えるわけない、朝霞に。
っていうか、言いたくない、朝霞なんぞに。
お前が好きだとか。
ずっと知ってる幼なじみで、身内みたいなものだし、恥ずかしいし。
ああ、別の子を好きになりたい……と思いながら、昇降口の方を振り向く。
朝霞は綺麗だが、俺にとっては新鮮味のない顔だし。
そこらの子の方がよっぽど、女らしくてキュートじゃないか、と思いながら、ちょうど出てきた同学年の女子三人を見つめる。
彼女らはその視線に気づき、赤くなった。
「あっ、あ、佐野村。
お疲れ。
どうしたの?」
「いや、ちょっと目が疲れたから、遠くの一点を見つめて休憩」
といつもの少し軽い口調で言うと、ホッとしたように、彼女らは、
「なんだ。
そっかー。
お疲れー」
「やだなー、もう。
急に見つめて来るからドキッとしちゃったよー」
と冗談っぽく言いながら、行ってしまったが。
三人で話しているのが聞こえてきた。
「佐野村、最近、大人っぽくなったと思わない?」
「思う思う。
前はイケメンだけど、チャラッ、って思ってたんだけど。
なんか色気が出てきたっていうかー」
……人は恋に苦しむと、大人っぽくなって、色気が出て来るのだろうか。
じゃあ、朝霞は、やっぱり恋してないな、と思ってしまう。
あいつ、相変わらず、何処にも色気ねー。
きっと、十文字先輩のことは、単に、ゲームの王子様そっくりな男に出会って、ちょっと浮かれてるだけなんだろう。
佐野村は、そう結論づけ、ホッとしていた。
朝霞が十文字に本気というわけではないかもしれないと思って、ホッとした、というより。
自分が焦って、朝霞なんぞに告白しなくていいと気がついて、ホッとしたというか……。
ってことは、俺、やっぱり、別に朝霞が好きなわけじゃないんじゃなかろうか。
ずっと一緒にいた幼なじみが急に誰かに持ってかれそうになって、焦ってみただけっていうか。
うん、きっとそうに違いない、と佐野村は無理やり、自らに言い聞かせながら校舎へと戻っていった。
「朝霞はさー。
先輩とはリアルでは普通に話せるのに、なんで、スマホだと固まるの?」
昼休み、マキたちに急かされ、十文字に送ったチャットアプリは、スタンプを送ったところで止まっていた。
「もう貸しなさいよっ。
私があんたのフリして送ってあげるからっ」
と仁美が、むんず、と朝霞のスマホをつかんで逃げようとする。
あっ、やめてっ、と朝霞は手を伸ばして、立ち上がった。
「いや、絶対、バレるからっ」
「朝霞ですっ、ハート。
先輩、大好きっ。
今度、デートしてくださいねっ」
「いや、私、そんなキャラじゃないからっ」
と朝霞は叫んだが、冷静なマキが、
「いや~、そもそも間違ったキャラが広まってるあんたが言ってもあんまり効果ないと思うけどねー」
とお弁当を膝に置いたまま言う。
グラウンドを歩いていた十文字は、スマホに朝霞からメッセージが入ったのに気がついた。
スタンプだ。
可愛いウサギが、
『夜分遅くに失礼します』
とぺこりと頭を下げている。
夜分でもなければ、遅くもない……。
こいつ、スタンプの絵柄で選んだな、と十文字は思っていた。
そのまま、またなにも入ってこないな、と思っていたら、
「朝霞ですっ、ハート。
先輩、大好きっ。
今度、デートしてくださいねっ」
というメッセージが入ってきた。
……絶対に朝霞じゃないな、と思っていると、横から山内が横から覗き込んできた。
「えっ、それ、朝霞姫からのメッセージ?」
そのとき、ちょうど十文字は見てしまった。
校舎と木の間の側溝で何故か揉めている3バカトリオを。
十文字は無言でそちらを指差した。
「バレるって。
バレるってっ。
いや、ほんとっ。
そんなの、私が打つわけないしーっ」
という朝霞の声が此処まで聞こえていた。
山内もそれを聞いて笑う。
「だよなー。
朝霞姫がこんなの打つわけないもんなー。
姫は、もっと楚々《そそ》としたキャラだよな」
……打つわけない、は同意だが。
楚々とはしていない。
お前の目には、今、バスケでボールを奪い返そうとするかのように、スマホを取り返そうと、妙な動きでうごめいているあのマヌケ女が目に入っていないのか。
みんなあいつの容姿に騙されている……。
ゲームオタクで、おかしな夢ばかり見ている女なのに。
にしても、朝霞が送ってきたのは、絵柄で選んだとおぼしきスタンプだけなわけだな。
……『専売、こんにちは』より後退してってどうする。
あっちの方が、文字だけでも打ってた分、マシだったかな、と思いながら、スマホをポケットにしまった。




