ついにドレスを着ましたっ!
電車を降り、駅から学校まで歩く道、朝霞は十文字と並んで歩いていた。
いや、単に、男三人の歩みに少し遅れて歩いていたら、十文字が少しスピードを落としてくれたので、並んだ感じになっただけなのだが。
「さっきの話だが」
と十文字が言い出したので、
「地下の犬の帝国の話ですか」
と朝霞は言った。
その話が途中になっていたからだ。
「……そんなわけないだろう」
と十文字は言う。
えーっ。
結構興味深げに聞いてくれていたのにな、と思う朝霞に十文字は言った。
「その話じゃない。
お前のそのよくわからん夢で、王子が女王に会ってみてくれと言ったという話だ。
……確かに、第三者を間に入れてみるのも手だ。
親子は反発し合うからな、どうしても」
と思慮深げな顔で言う十文字の横顔を見ながら、朝霞は思っていた。
いや、親子が全部反発し合うわけじゃないですけどねー。
それと、今、第三者と言われたのが、ちょっと寂しかったんですけど。
……いや、まあ、第三者なんですが、と。
だが、そんな朝霞の心の揺れには気づいてもいない十文字は相変わらず、淡々と語ってくる。
「お前、うちの親に会ってみてくれないか?
そして、俺にその印象を忌憚なく語ってみてくれ。
今度、なにか奢ってやるから」
ええっ!? と朝霞が叫ぶと、
「嫌か。
嫌ならいい」
と十文字は言ってくる。
「いっ、嫌じゃないですっ。
お引き受けしますっ」
と朝霞は慌てて言った。
ええっ!? と驚いてしまったのは単に、十文字がなにか奢ってくれると言ったからだ。
奢ってもらうとか、ちょっとデートっぽいんですけどっ、と朝霞は赤くなる。
「……親に会わせるとか、話が佳境に入ってきたな」
小声で廣也が佐野村に言ってきた。
ずっと二人で話すフリをしながら、朝霞たちの会話に聞き耳を立てていたのだ。
「割り込むなら今だ」
と言う廣也に、佐野村は、
「割り込ませたいんですか……」
と言う。
だが、廣也は、
「いや、別に。
なんとなく」
とケロっとした顔で言ったあとで、
「あ、俺、こっちなんで、じゃあなー」
とあっさり行ってしまった。
……なんだろう。
いっそ、うらやましいな、あの性格、と思いながら、佐野村は廣也を見送った。
夢の中、朝霞はコルセットでぎゅうぎゅうに締め付けられていた。
柱をつかんで耐える。
「もっと締めつけないと、どれも入らないぞ、ドレスッ」
と騎士団長がコルセットの紐をつかんで締め上げてくる。
足で背中を踏んづけられそうな勢いだった。
死んだら、殺人事件で訴えてもいいだろうか……。
いや、王宮の中での事件だから、握りつぶされるに違いない。
などと思っているうちに締め終わったようだ。
だが、息がしづらい……と思って胸に手をやる朝霞に、騎士団長が、
「これを」
と美しい小箱に入ったものを差し出してきた。
アクセサリーかな? と思いながら開けたが、可愛らしい胸パッドだった。
「このドレス。
胸がないと話にならないからな」
という残酷な話をされ、そっと詰める。
ない胸がちょっとだけ、ぷるん、として見えたところで、他の衣類を着用した。
ドレスを大きく広げるためのパニエ。
その上から着る、ジュップというドレスのスカート部分。
繊細な花柄の淡いラベンダーのドレス。
羽織ったドレスの前側は開いたままなので、袴つけて、十二単な感じだな、と朝霞は思う。
重くて苦しいのもきっと同じだろう。
最後に、その開いた前身頃部分に、フリルや刺繍などの豪奢な飾りのついた三角形のパネルのようなものを装着して完成した。
「すごいっ。
魔法が使えそうですっ」
と鏡に映った自分の姿を見て、朝霞が叫ぶと、
「……いや、魔法は使えんだろ」
と冷静に騎士団長が言ってきた。
いや、違う世界の人間になった感じだと言いたかっただけなのだが……。
「座れ」
と言われて、鏡の前の白い椅子に浅く腰掛け、騎士団長に髪を結ってもらう。
ダウンスタイルだが、コテのような鉄棒で、綺麗に巻いてもらった。
いつもの朝の風景と似ていて、ちょっと違う。
「……嫁に行くみたいだな」
ぼそりと騎士団長が呟いた。
「なんだろうな。
お前を育てたわけでもないのに、泣けてくる」
そう呟く騎士団長に、ちょっともらい泣きしそうになったとき、髪に飾りをつけて頭も完成した。
「朝霞」
と白い扉の向こうから声がする。
「女王様に謁見の時間だ。
準備はできたか」
王子の声だ。
「は、はいっ」
「今、行かせます」
と朝霞と騎士団長が同時に言ったところで、目が覚めた。




