なかなか女王様に会えないんですよねー
「なかなか女王様に会えないんですよねー」
朝の電車で、朝霞が十文字にそんなことを愚痴ると、十文字は、
「お前の夢なんだろうが。
自分でどうにかならないのか」
と言ってくる。
「じゃあ、先輩の夢は先輩の意思でどうにかなるんですか?」
と朝霞が言うと、横に立って、こちらを見ている廣也たちが、
お前、十文字になに言い返してたんだ……という顔をしていた。
いや、別に喧嘩を売っているつもりはないのだが……。
そう思う朝霞の横で、十文字はつり革をつかんだまま、少し考え、
「確かに思うようにはならないな。
昨夜も、ライオンが二頭、家の中にいるな、と思ったら――」
と語り出した。
なんとなく、仁美とマキの前に差し出された佐野村を思い出してしまったのだが、そういう話ではなかった。
「どうも『ライオンと遊ぼう』みたいな企画で、動物園の人が連れてきてくれたらしいんだよな」
「ライオンをですか?」
「ああ、連れて帰ってくれと俺は思うんだが。
動物園の職員は、
『怯えた素振りを見せなかったら、襲いかかってはきませんよー』
と笑顔で言ってくるんだ。
俺が、ライオンに怯えない方法があるのなら教えてくれ、と思っているその間にも、ライオンは家中をのしのし歩いてて。
部屋のドアを閉めて隠れてみても、ライオンは頭で軽くドアを押し開けて、部屋の中に入ってくるんだ。
いや、特に襲いかかってくるわけではないんだが。
いつ、気が変わって襲いかかってくるかと思うと、ハラハラするじゃないか。
で、俺は風呂場に追い詰められて。
風呂場の扉を閉めるんだが。
振り返ると、シャワーの前に、もう一頭のライオンがいるんだ。
確かに、自分の夢なのに、なんにも思い通りにならなかったな……」
と呟く十文字に、
「それは大変でしたねー」
と朝霞は同情気味に頷いた。
朝霞と十文字の話を横で聞いていた廣也は、小声で佐野村に言う。
「十文字に朝霞は似合わないんじゃないかと思っていたが。
この二人、話聞いてると、似たり寄ったりだな。
っていうか、意外と十文字は、他の女じゃ無理じゃないのか?」
それ、真剣に話す内容か?
という話題で共感し合っている二人を見て、廣也は笑ったが、佐野村は笑わなかった。
二人を見つめるその横顔を見て、
「……おせーんだよ」
と廣也は、ぼそりと言った。
佐野村が振り向く。
「一番早くから、朝霞の近くにいたくせに。
自覚を持つのが遅すぎ。
今更、土俵に上がっても遅いんじゃないの?」
「……なんの話ですか」
そう、らしくもなく硬い表情で言う佐野村に、
「そんなこと言ってると、ますます出遅れるからな」
と忠告する。
「夢の中とはいえ、姫はついに王子の母親に会いに行くらしいぞ。
親に紹介とか、一気に話が進みそうだな」
と言ってやると、
「じゃあ、うちの親にも朝霞を紹介しますよ」
と言い返してくる。
「いや……、お前んちの親、すでに朝霞、知ってるよな?」
同じ町内会だろうが、と思いながら、
「そういう問題じゃないだろ。
いいから、さっさと決めろよ。
朝霞にお前の気持ちを言うのか、言わないのか。
ほら、着いたぞ」
と窓の外に見えてきたホームに佐野村の肩を叩く。
後ろで朝霞が話している声が聞こえてきた。
「で、地下に犬の帝国があって……」
「降りろ。
何処まで乗ってく気だ」
と振り向き、廣也は二人に声をかける。
犬の帝国……。
どんな夢なんだ。
ちょっと気になるが、と思いながら。




