王子なら玉子ですよねー
「王子なら玉子ですよねー、きっと」
真昼の日差しの差し込む城の廊下を歩きながら、朝霞は言った。
「なんの話だ、また唐突に……」
と横を歩く王子が言ってくる。
この階の廊下は壁も床も天井も、各部屋へと続く扉もすべて白で統一されていて美しい。
朝霞は扉とは反対側に並ぶアーチ型の美しいガラス窓から外を見ながら言った。
「いえ、もし、王子へのメッセージを打ち間違ったらですよ」
十文字先輩を、十文字専売、と打ってしまったので。
王子なら、玉子、と打ってしまいそうだなと思ったのだ。
だが、現代文明とはかけ離れた場所にいる王子には意味がわからなかったらしく、
「メッセージを打ち間違うとはなんだ?」
と訊いてくる。
えーと、と考え、朝霞は言った。
「伝書鳩へのメッセージを打ち間違うみたいな感じですかね?」
「撃ち間違う……?」
王子が恐ろしげにこちらを見る。
王子の頭の中では、なにかに間違われ、撃たれた白い伝書鳩の羽根が真っ赤に染まっているようだった。
「いや……そうではなくてですね。
その、伝書鳩に託す文を書き間違うっていう意味です」
と言って、ようやく会話が成り立った。
異文化コミュニケーション難しい、と朝霞が思ったとき、王子がひとつの扉の前で足を止めて言った。
「ああ、ここだ。
俺は女の身だしなみのことはわからん。
身なりを整えてもらったら、談話室まで来い」
今日、いよいよ、女王様に紹介されるのだ。
王子はその白いロココ調の扉の前に行くと、扉をノックすることなく開ける。
「朝霞を連れてきた。
あとは頼む」
朝霞は、やり手の女中頭みたいな人が出てくるのだろう、と思っていたのだが、
「わかりました、王子」
と中から姿を現したのは、騎士団長だった。
「なっ、なんでっ?」
と叫ぶ朝霞の腕をつかみ、騎士団長は、
「さっ、入れ。
女王様の前に出ても恥ずかしくない格好にさせてやる」
と言う。
「頼んだぞ、騎士団長」
と言い、王子は朝霞を置いて行ってしまった。
「待って、待ってっ。
ま……っ」
ちょっと待て、この玉子ーっ、
とあやうく叫びそうになったところで目が覚めた。
……ああ。
危ないところだった。
王子を罵るところだった。
夢の中とはいえ、王子に愛想を尽かされたくない。
そんなことを考えながら、朝霞はベッドから起き上がらないまま、枕許のパッケージを見つめていた。
夢の王子は、このパッケージに描かれている王子とは違うキャラになっていっている気がする。
どんどん夢の王子が、現実の十文字に寄ってきているせいだろう。
それにしても、何故、私を着替えさせるのが騎士団長……。
きっと、身支度を整えられても恥ずかしくない相手、というので、身内が出てきたのだろうが。
でも、この歳になると、兄といえども、異性の前で脱ぐのは恥ずかしいんですよ、玉子。
……違った、王子、と素で間違えた朝霞は、寝直そう、と布団に潜ろうして、結局、スマホの目覚ましに起こされた。
スマホを止めてその画面を見つめる。
朝霞のスマホのロック画面は、以前行った水族館で撮った写真になっていて。
真っ暗な中、緑色に光るクラゲがふよふよ浮いているシンプルなものだ。
その画面を見つめ、朝霞は、ぼんやり考えていた。
『先輩、おはようございます』
とか、朝、起きたとき、送れたらいいな~。
チャットアプリを開いて、十文字とのやりとりを見てみた。
だが、まだ、三つしかメッセージの吹き出しがない。
なので、すぐにそれが目に入ってしまった。
『十文字専売』
朝霞はそっと、アプリを閉じ、また布団にもぐり込んだ。




