どっちだっ!?
結局、あのあと、続き送れなかったな、
ととぼとぼ家に帰った朝霞が玄関ドアを開けると、十文字がいた。
閉めようとする。
「待てっ」
と言われて、向こうからノブをつかまれた。
ドアを押し開けられた朝霞は自分の家だというのに、ビクビクしながら、中に入る。
「せ、先輩、何故、またうちに?」
と思わず言って、
「……来ちゃ悪いのか」
とまた睨まれた。
「ああ、いえ。
もしや、半端なメッセージを送った私を叱りに来られたのかと」
と朝霞が言ったとき、二階からどやどやと廣也たちが下りてきた。
「なんだなんだー?
朝霞、ついに十文字になにか送ったのか?」
佐野村も一緒だ。
うっ、二人とも先に帰ってたのか、と思っている間に、
「どれどれ、見せてみろーっ」
と言う兄にスマホを奪われ、勝手に指を押し付けられて、ロック画面を開けられる。
……つねづね思っていたのだが、身内に敵がいる場合、指紋認証って、なんの意味もないような。
などと思っている間に、朝霞が送ったメッセージは廣也に大きな声で読み上げられた。
「『十文字専売、こんにちは』」
思わず、朝霞も画面を覗き込む。
「なんですか、十文字専売って」
「お前が打ったんだろうよ……。
っていうか、何故、十文字のメッセージが返ってきたときに気づかない」
と廣也が呆れたように言ってきた。
「て、テンパってたから」
と朝霞は目の前に十文字がいるのに、言ってしまう。
「すごいな……。
これに冷静に、こんにちはって返すお前が」
と廣也は十文字を見て言っていた。
いや、文字だけでは、冷静かどうかはわかりませんけどね。
っていうか、みんなで私のスマホを頭突き合わせて覗き込んでるの、なんかおかしくないですか……?
と朝霞が思っていると、その異様な状況に、あら、なに? ということもなく、
「あら、みんな、いらっしゃいー。
晩ご飯食べてく?」
などと呑気に言って、母親が後ろを通っていく。
この人はこの人で、なんか怖いな、と思う朝霞の前で、廣也が言った。
「俺なら、こんなメッセージ送ってきやがったら、このボケがっ、と返すな。
佐野村は?」
と廣也に訊かれた佐野村は、スマホ画面を食い入るように見つめたまま、
「……スクショしますね」
と答えていた。
ははは、そうだな、と廣也が笑う。
阿呆なメッセージだから、スクショしておこうと言うのだろうな、佐野村め。
このときは朝霞も呑気にそんなことを考えていた。
朝霞が部屋に戻ってしばらくすると、隣からバンドの練習の音が聞こえてきた。
先輩、結局、付き合わされてるんだな。
人がいいな、と思う。
少し宿題をやったあと、そろそろ下に行って、夕食の手伝いでもしないとお母さんに怒られるな、と朝霞は部屋を出た。
すると、ちょうどトイレから出てきた佐野村と出くわす。
「お疲れ」
と他に言う言葉もなかったので言うと、佐野村は、ああ、と言って行きかけたが、振り返り、
「朝霞」
と呼びかけてきた。
「そういえば、俺、お前のチャットアプリのIDとか知らないんだが……」
ああ、と朝霞は手を打つ。
「そうだね。
そういえば、知らないね。
まあ、走っていけばすぐだから、その方が早いしね」
となんとなく言って、
「……電波より速いってことはないだろうよ」
と言われてしまった。
細かいやつだ……。
「じゃあ、私の教えるから、佐野村のも教えてよ」
と言うと、
あ、ああ、と言った佐野村はすぐにポケットからスマホを出してくる。
IDなどを交換したあとで、
「そうだ。
佐野村のID、もし訊かれたら、友だちにも教えていい?」
と訊いてみた。
「なんでだ?」
「いや、佐野村をいいって女子、意外にいるから、誰かから訊かれるかもしれないし。
最近、佐野村が幼なじみなこと、結構広まってきたからね。
佐野村が一緒に登校してるし、学校でも話しかけてくるようになったから」
と朝霞は笑う。
女子にモテたいから、崇拝する廣也のいる男子校には行かなかったとまで言う佐野村だ。
てっきり、喜ぶだろうと思っていたのだが。
「いや、教えるな」
と佐野村は言ってきた。
「なんで?」
と言うと、その……と口ごもったあとで、
「なにかめんどくさいことになったら嫌だから」
と言う。
めんどくさいっていうか。
すさまじいことになりそうな予感はするけど、と朝霞は苦笑いする。
二頭の血に飢えた雌ライオンの前に放り投げられて、ぷるぷる震えているうさぎのような佐野村が頭に浮かんだからだ。
……いや、だから、なんでこういう発想になるんだろうな、と朝霞は思う。
佐野村にとって、ハーレム的ないい状況のはずなのに。
あの二人が、泣かぬなら、殺してしまえ、ホトトギスな性格だからだろうか。
「あ」
とそこで、朝霞は声を上げた。
「でも、佐野村のID、私のスマホに入ってたら、勝手に見ちゃうかも」
と言って、
「どんな友だちだ……」
と言われる。
いや、ちょっと手段を選ばない感じな二人なんで、と思いながら、
「じゃあ、やっぱり、私のも消しとこうか」
とスマホの画面に手を伸ばしかけて止められる。
ん? と見上げると、佐野村は朝霞の手をつかんでいた自分の手を慌てて離した。
「いや、いいから置いとけ」
と言うので、
「そう?
まあ、消しても、走ってくから大丈夫だけどねー」
と言って、朝霞は笑った。
なんだ、走ってくから大丈夫って。
俺には十文字専売と打ち間違ったまま放置なくらい雑なメッセージしか打ってこないのに。
佐野村だと、文字じゃなくて、本体が飛んでくるとかどういうことだ、と思いながら、十文字は、廣也の部屋の扉の隙間から廊下を窺いながら思っていた。
後ろから廣也の声がする。
「……十文字。
うちの妹には、口に出して言わないと、なにも伝わらないと思うが」
「なにをだ?
なにも言いたいことなど、俺にはないぞっ」
とつい、反射で言ってしまう。
無言でこちらを見ていた廣也だが、
「……そうか。
まあ、俺はどっちでもいいんだけどなー」
と呟いて、ギターを弾き始めた。
どっちでもって、どういう意味だろうな……。
俺が言っても、言わなくても?
それとも、朝霞の相手になるのが、俺でも、佐野村でも?
どっちだっ、と思ったが、それきり廣也はその話題には触れてこなかったので、こっちからもなにも言わなかった。




