やめてくださいっ。唐突に殺し文句を言うのはっ。
かけないけど、とまた、先輩の前で言ってしまいましたよ、と思いながら、朝霞は授業中、窓の外を見ていた。
すっかり先輩への言い訳はすませたつもりだったけど。
よく考えたら、あれ、王子に言っただけだったし。
……先輩が二人いるみたいで紛らわしいな、と思っていると、
「鬼龍院、鬼龍院」
と誰かが呼んでいて。
どかっと後ろから椅子を蹴られた。
振り向くと、マキが、莫迦、という顔でこちらを見ている。
そう。
実はマキは後ろの席だったのだ。
それなのに、気づかなかったとか、ひどい話だ……。
いや、私がだが。
「はい」
と言うと、先生に、
「聞いてたか、鬼龍院」
と言われ、
「はい」
と反射で言ってしまう。
いや、聞いてないだろ、という顔をマキも先生もしていた。
前に出て、今、先生が説明していたところを解かされたが、幸い、予習していたところだった。
昔はあんまり予習なんてしなかったけど。
最近は、ボロが出ないように、真面目にやってるからなー。
姫と呼ばれるのがツライときもあるけど。
こういういい習慣が身についたのは、いいことかな、と思う。
『すごいね。
さすが朝霞姫』
『ねー、先生の話、全然聞いてなくてもわかるんだー』
――という誤解を広げてしまったので、いいやら悪いやらだが。
「ありがと、マ……」
マキちゃん、と授業が終わり、振り向き言おうとしたが、マキが消えていた。
何処かへ行ったのかと思ったが、何故か、マキは机の下に隠れている。
身をかがめて覗いた朝霞が、
「なにやってんの?」
と訊くと、
「いや、あんたが礼を言ってきそうだったから」
と机の下で、膝を抱えてマキは言う。
「私、あんたと慣れ合うつもりはないのよ。
そう。
あんたが佐野村を振ってくれるまでっ。
十文字先輩に電話したっ?」
とマキは言ってくる。
「……まだだけど」
「今すぐかけなさいっ」
と言うマキに、いや、授業始まるし、と朝霞が苦笑いしたとき、周囲の声が聞こえてきた。
『マキったら、いつの間に、朝霞様とあんなに親しく』
『まあ、うらやましい』
『ねたましいっ』
マキにも聞こえたらしく、ひっ、と息を呑んでいる。
マキは机の下から這い出してきながら、仁美と同じことを言ってきた。
「あんた……、そのキャラ、早めになんとかして……」
「お前、暇じゃないのか。
毎日、そんなとこにしゃがんでて」
その夜、王子が穴を掘る手を止め、朝霞に言ってきた。
「いえ、そんなことはないです。
でも、できれば手伝いたいです」
と言ってみたのだが、
「危ないから下がってろ」
と王子はそっけなく言ってくる。
やめてください。
そういう口調とか、目つきとか。
くらりと来てしまうから――。
でも、これ、夢の王子で先輩とは違うんだよな、と朝霞は思う。
だがきっと、これが私の中の先輩のイメージなんだろうから、この人に、くらりと来ても、先輩に来てるのと同じなのだろうな、とも思っていた。
っていうか、日々、王子が此処で穴を掘っているので、乙女ゲームのはずなのに、新しいイケメンが出てこないのだが……。
いや、それは私が現実に出会わないからかな、イケメンに、と思っていると、誰かが洞穴を訪ねて来た。
残念ながら、騎士団長だ。
まあ、イケメンには違いないのだが。
兄そっくりだからな、と思っていると、騎士団長は、
「王子、朝霞姫、差し入れです」
と言って、ラップされた皿を出してきた。
おむすびが載っている。
スープジャーには味噌汁まで入っていた。
私は働いてないんだけど、と思ったが、騎士団長は、
「王子を見守ってくださっているので」
とその夜食を恵んでくださる。
美味しい……。
お母さんが作ったのと同じ味がする。
きっと、寝る前、まだ勉強してるおにいちゃんに、お母さんが夜食作ってるの、見たからだろうな、と朝霞は思った。
ぱっと見、チャラくさい兄だが、実はやるべきことはきちんとやっている。
そりゃそうだよなー。
いくら元の頭が良くても、努力なくして、あの学校でトップクラスにいられないよなー、と思いながら、
「ありがとうございます。
ご馳走様でした」
と綺麗にカラになったお皿を返す。
すると、騎士団長は、休憩中の王子に言った。
「まだ頑張られますか?」
もう気が済んだのでは?
という口調だった。
「いや、俺は宝石が出るまで掘る。
この先に、大量の宝石が眠っていると聞いたし」
そう言う王子に、
「……そうですか」
と言う騎士団長はちょっと物言いたげだったが、結局、言わなかった。
やっぱり、この先に宝石があるなんて、ただの伝説なのかな?
せっかく一生懸命、王子が掘っているので言えないだけとか?
と思ったとき、騎士団長が洞穴の外を窺いながら、言ってきた。
「ところで、先程から、何者かがこの穴を覗いていましたよ。
野盗の類いだといけないので、我々はこの近くに警備も兼ねてキャンプを張りますね」
と言い出す。
「別にいいぞ。
俺は大丈夫だし。
朝霞ひとりなら、俺が守れる」
ぐはっ、やめてください。
唐突にそういう殺し文句を言うのっ、と朝霞は赤くなっていたが、騎士団長は王子の話を聞いてはおらず、
「張ります、ベースキャンプ。
この近くに。
久しぶりですよ、野営~」
と楽しそうに言っている。
……張りたかったんだな、自分が。
そういえば、あまりアウトドア派ではない兄だが、キャンプは好きだ。
意気揚々と王子を置いて、野営しに行ってしまう騎士団長は、完全に本来の目的を忘れている感じだか。
朝霞は気になっていた。
……誰が此処を覗いていたんだろう?
大量の宝石が眠るという、この洞穴を、王子が掘っているというので、ぶんどろうと目論んでいる悪党たちとか?
今のところ、宝石、出そうにもないので、むしろ、一緒に掘って欲しいくらいだが、
と思いながら、朝霞が穴から少し顔を出して、外を見ると。
なるほど。
林の陰でサッと人影のようなものが動いた。
やっぱり誰かいる?
と思ったとき、誰かが後ろから、ぐっと強く腕をつかんできたので、悲鳴をあげそうになったが、王子だった。
よろけた弾みに王子の胸に朝霞の頭がぶつかった。
「危ないじゃないか」
と王子は朝霞を抱きとめて言う。
「そんなところから顔を出すな。
誰かに連れ去られたり、見初められたりしたら、どうするんだっ」
と王子は叱責してくる。
いや、見初められるは別にいいんじゃ……と思ったが、ちょっと嬉しかったので、素直に洞穴内に戻り、またしゃがんでみた。
だが、王子は、よしっ、と犬に言うように朝霞に言い、すぐにまた穴を掘り始める。
うーむ。
飼い犬が迷子になりかけたので、引き戻した、くらいの感じかな?
もうちょっと愛されたい……、
と思いながら、朝霞は朝まで王子の背を飽きることなく見つめていた。
それにしても、誰が覗いていたんだろう――。