知ってるだけでいいんです
そこに番号があるだけで、どきどきするんです。
かけなくても――。
相変わらず、洞穴で穴を掘っている王子の許に、朝霞は大きなシャベルを引きずっていった。
背後から忍び寄ったが、別にそれで撲殺しようというのではない。
ちょんちょん、と肩をつつくと、カンテラの明かりだけで作業をしていた王子は、わああああああっと悲鳴を上げた。
「なんだっ?」
と怒鳴られながらも、朝霞は言った。
「王子、王子。
携帯の番号教えてください」
「……携帯の番号とはなんだ」
「では、伝書鳩の番号教えてください」
と言うと、王子は体育の先生が首からさげているような笛を吹き、真っ白な平和の象徴、鳩を呼ぶ。
平和の象徴を小間使いのように使っていていいのだろうかと常々思っているのだが。
鳩はよく王子に慣れていて、王子の肩にひょいと乗る。
「この伝書鳩の番号は、二番だ」
なるほど。
二番の赤いゼッケンをつけている……。
いや、私が訊きたかったのは、そういう番号ではないのだが。
「王子」
「なんだ。
そして、そのシャベルはなんだ。
お前が掘らなくていい、下がっていろ。
その珍妙な服が汚れるぞ」
珍妙なのはあなた方の格好ですよ、と思いながら、
「いいです。
洗濯するから」
と朝霞は言う。
そういえば、絢爛豪華な中世ヨーロッパ風の世界に来たというのに、一度もドレスを着ていない……。
それどころか、大抵、野山にいて、城にいないのだが。
私の想像力の欠如のせいだろうかな、と朝霞は思う。
それにしても――。
やらなくていいから、下がってろ、とか言われると、男らしくて、きゅんと来てしまうではないですか。
そこにいるのが、十文字本人ではなく、夢の世界の王子様だとわかっているので、朝霞はありのままを話してみた。
「おにいちゃんに上から強く言われたら、腹立つけど。
先輩だったら、どきっとしてしまうんですよ。
私、マゾなんですかね?」
「マゾとはなんだ」
……この世界にそういう言葉がないのか。
いや、単に、この王子がピュアなのか、と思いながら、朝霞は言った。
「100年の恋に落ちるのは、王子のはずなのに。
私ばかりが、恋愛フラグが立っちゃってますよ。
あれって、もしかして、起こした人間に、100年の恋に落ちる呪いがかかるんだったんですかね」
そんな莫迦な……。
起こしてあげたのに、叶いもしない恋の呪いに落ちるとか理不尽な、と思っていると、穴を掘る音がやんだ。
「そうでもないぞ」
王子はこちらを振り向き、そう言った。
「そこで、そうして、俺を見守ってくれているお前を見ると、ちょっと、きゅんと来ないこともない
……こともない」
いや、どっちなんですかっ?
と思ったが、そのハッキリしない物言いがシャイな王子らしくて、また、きゅんと来てしまった。
先輩、と心の中だけで呼びかけ、電話をかけたりはしないかも、と言った言葉の本音を語る。
「……あんなこと言ったのは、知ってるだけでよかったからです。
そこに番号があるだけで、どきどきするからです。
ほんとにかけたりしなくても――」
なんの話だが、王子にはわからないだろうに、うん、と頷いてくれる。
やさしいな、と朝霞は思った。
再び、穴を掘り出した王子の背に向かい、言う。
「伝書鳩の番号もメモしておきますね」
……そうか、と振り向かずに王子が言ったとき、目が覚めた。