なんだか、こっちが振り回されているっ!
お昼休み、朝霞はお弁当を食べる前に、教室を出た。
先ほどの非礼を詫びようと思ってのことだ。
いや、私の非礼ではないし、私の方が先輩から、ブリザードな攻撃を受けた気もするのだが。
そんなことを思いながらも、十文字の教室に行ったが、十文字はいなかった。
ちょうど戸口にいた彼のクラスメイトが、
「あれ? 十文字まだ戻ってない?
十文字、選択、美術だから、美術室じゃね?」
と教えてくれる。
「あっ、ありがとうございますっ」
と言って、朝霞は渡り廊下を急ぎ、特別棟の美術室へと向かった。
十文字はまだ美術室にいた。
最後まで残って、絵を描いていたようだ。
後片付けをしている。
先輩、美術かあ。
絵が得意なのかな。
まあ、なんでもできそうだけど。
私は音楽希望だったのに、落とされて、第二希望の美術からも落とされて、いつも半紙に字がおさまらないのに、書道になったんだが……。
「なんの絵ですか?」
と机の上にスケッチブックが置かれていたので、朝霞はひょいと見ながら、話しかけた。
「わあ、素敵な青紫色の
……ヨーダ」
「うちの犬だ」
「すみません……。
何処ぞのジェダイ・マスターかと……」
「あっ、すみませんっ」
なにがジェダイ・マスターだ、と無言で十文字が見上げていると、机の前に立つ朝霞が苦笑いしながら、そう謝ってくる。
「……まあ、実物も似てなくもない」
と言いながら、十文字は立ち上がった。
「そ、そうなんですか」
と言う朝霞を置いて、荷物を抱えて、美術室を出る。
……俺が怒ってると思ったかな、と渡り廊下まで行って、十文字は思った。
お前がいきなり、携帯の番号とか訊いてくるからだ。
いや、訊いてきたのは、他の女子だったが。
だが、あのとき、十文字の目に入っていたのは、その遥か後ろでびくびくしていた朝霞だけだった。
なんで俺に番号を訊いてくる?
まさか、あいつ俺に気があるとか?
お前が好きなのは、ゲームの世界の王子様じゃなかったのか。
夜、十文字は食事をしながら、スマホを見、風呂から出てスマホを見、寝る前に、スマホを見た。
そして、翌朝、登校中にキレる。
「入れてこねーじゃねえかっ」
「えっ、先輩待っててくださったんですか、すみませんっ」
と朝霞が謝る。
「待ってないっ」
「なんの話だ?」
と朝霞の横で、つり革を持った廣也が口を挟んでくる。
その横にいる佐野村がそっけなく言ってきた。
「朝霞が、昨日、十文字先輩に携帯の番号訊いたんですよ」
「わっ、私がじゃないよっ」
と朝霞は真っ赤になって手を振りまくる。
ほう。
お前じゃないのか。
じゃあ、教えるのやめようかっ、と否定しつづける朝霞に、凶悪な気持ちになって、十文字は思っていた。
「すみません。
おにいちゃんにまだ訊けてなくて。
っていうか、訊くのがちょっと悔しくて」
と朝霞は廣也を窺いながら、言ってきた。
「そうか。
じゃあ、別にいい」
と言うと、
「あっ、あのっ。
これから教えてください、これからっ」
と朝霞は少し背伸びして言ってくる。
……あまり近寄るな、と思いながら、十文字は言った。
「いや、教えて、かけてこられても、うざいからいい」
いや、本当だ。
朝霞からかけてこられたら、らしくもなく緊張して、どうしていいからわからなくなってしまいそうだから、と十文字は思っていた。
だが、
「大丈夫ですよ、どうせ、ほんとにかけたりはしませんから」
とあっさり朝霞が言ってきたので。
「じゃあ、教えなくていいよなっ」
とキレてみた。