王子の時給は840円のようです
次のおやすみに、朝霞は久しぶりにゲームを買いに行くことにした。
家族であのゲームソフトの店のある街にお出かけしたからだ。
食事のあと、それぞれが行きたい店に別れたので、朝霞は書店で本を買ったあと、やっぱり行ってみるか、と思い、あのゲームの店に行ってみた。
まあ、先輩がいるかはわからないけど、と思いながら、眺めると、レジにいた。
おお、王子が働いていらっしゃる、と思ってしまった。
現実世界の王子は堅実で、宝石で一発当てようとか思わずに、時給840円で働いているようだ。
いや、時給は今、表に張り紙がしてあったのだが……。
そんなことを思いながら、中に入った朝霞は十文字と目が合った。
会釈をすると、会釈を返してくれたが、すぐに奥になにかを運んでいってしまう。
それだけでも、ちょっと嬉しくて、機嫌よく乙女ゲームの棚に行くと、先客の女の子がいた。
同い年くらいのようだ。
ポニーテールの彼女は、ふと、こちらを振り向き、あ、という顔をした。
「鬼龍院朝霞」
その言い方に、この人はあまり私のことを好きではないようだ、と朝霞は思った。
「……こんにちは」
誰ですか、と思いながら、朝霞はビクビクする。
なにやら、クラスで見たことがある気がしてきたからだ。
「へー。
朝霞姫もゲームとかするんだ?」
「します」
と言いながら、朝霞は思い出していた。
そうだ。
よくお弁当誘ってくれる藍ちゃんのお友だち。
お弁当は別のグループで食べているようだが。
「あんたも、乙女ゲームとかすんの?
いっつも、イケメンに囲まれて登校とかしてんのに、わざわざ?」
「はあ。
これとか、これとか。
好きですね」
と朝霞はそこに並んだゲームを手に取りながら、熱心に語り始める。
「ネットで攻略探して見てたんですけど。
いちいち、ネット開くのがめんどくさくなって、全部印刷したら、すごい量になって。
ああ、攻略本買えばよかったと思ったんですけど。
ネットにしかない秘密の情報もあるかもしれないし」
とかつてやったゲームのパッケージを凝視しながら言うと、
「……あんた、骨の髄までしゃぶるタイプね」
と言われた。
「そうなんです。
合わない奴はすぐ売っちゃうんですけど。
これと思ったら、何処までも」
「そう。
私は今までやったのは、これとか……」
と彼女はメジャーなゲームを手にしたあとで、こちらを睨み、
「なによ。
なに、あんた、まだまだね、みたいな顔してんのよ」
と言ってくる。
「いや、してません。
でも、それ、メジャーすぎてまだやってないので。
面白いですか?」
「結構面白かったけど。
……って、なに、歓談してんのよ。
だいたいねっ。
私はあんたが嫌いなのよっ」
おおっ。
ストレートに言われてしまった、と思っていると、
「だいたい、姫ってなによ。
ルックスだけじゃなくて、名前もすごいってみんな言ってるけど。
鬼龍院って、どっちかって言うと、極道っぽくないっ?」
と言い出す。
「……すみません。
それ、私も常々思ってました」
「……だよね」
と彼女も同意してくれる。
「いや、待って。
そんな話をしたいんじゃないのよ」
と彼女は急いで軌道修正し、
「だいたい、あんたの何処が姫なのよっ」
とあだ名にケチをつけてきた。
いや、そこのところも、ごもっともです。
「どっちかって言うと、どっちかって言うと」
と彼女は朝霞を上から下まで眺めたあとで、
「……お嬢さん?」
と小首をかしげなから言ってくる。
「ありがとうございます……」
けなされてない。
いい人だ、と思ったとき、反対側の棚にあったゲームが目に入った。
外国のアドベンチャーゲームだ。
「あっ、私、これ、好きなんです。
古いゲームだけど、まだ置いてあるんですね」
と言うと、
「私もそれやったことある。
全然進まないクソゲーじゃん」
と彼女は言う。
「私、クソゲー好きなんです」
と朝霞が微笑んで言うと、
「ごめん。
その顔でクソゲーとか言わないで……」
イメージ崩れるから、という彼女に、
いや、あなた、私がお嫌いなんですよね?
と朝霞は思う。
気がつけば、レジから十文字がこちらを窺っている。
揉めているので、なにごとか、と思ったようだった。
はっ。
そういえば、この人、あんた、いつもイケメンに囲まれて、とか言ってたなっ、と思い、
「も、もしや、あなた、先輩がお好きなんですか?」
と十文字を手で示し、慌てて訊いてみた。
それでたいして関わりもない自分を目の敵にしているのではないかと思ったのだ。
だが、彼女は、先輩? と振り返ったあとで、レジにいる十文字を確認して、
「十文字先輩っ?
なんでよ。
あんな厳しそうな人、いくらイケメンでも嫌よっ」
と言い出した。
ええーっ。
でも、オカリナをぴぱーと吹いて慰めてくれるよい人なんですが。
いや、あれは王子の方か、と思ったが、まあ自分の中の十文字先輩がああいうイメージなんだろうな、と朝霞は思う。
「厳しいのはお嫌いなんですか?
では、チャラいイケメンで、私の周りにいる人ですね。
ってことは、佐野村っ?」
と言うと、
「……チャラいイケメンで出さないであげて、名前」
と彼女は言う。
どうやら、当たりのようだった。
「ああ、なんだ。
佐野村がお好きなら、敵は私じゃありませんよー」
とつい、言ってしまい、
「じゃあ、誰よ、敵」
と突っ込んで訊かれる。
「……言えません」
「言いなさいよー。
って、まあ、佐野村好きな子、何人か知ってるから、別にいいけど」
と言われ、
「ええっ?
そうなんですか?
なんで、佐野村、そんなにモテるんですか?
この王子よりもですかっ?」
と思わず言ってしまう。
「……王子?」
とレジの方を振り返った彼女は、
「なあんだ」
と言う。
「あんた、好きなの、十文字先輩か」
「やめてください。
先輩、そこにいらっしゃいますし。
それに、私は別に先輩を好きなわけではありません」
と否定したあとで、小声になって、朝霞は言う。
「……ところで、今、うっかり言っちゃいましたけど。
十文字先輩があそこに逆変装でいるの、ご内密に」
普通、眼鏡かける方が変装だと思うのだが、かけてないのが変装という不思議な人だが――。
だが、それを聞いた彼女は、ああ、とレジを見、
「大丈夫よ。
別にいちいち、そんなことチクらないわ。
隠れてバイトしてるって人、結構いるし。
それにこの店、学校から遠いとは言っても、来る人いるでしょ?
何人かは知ってると思うけど。
誰も学校に報告してないし、噂にもなってないじゃない」
と言ってくれた。
「そうですか。
よかったです」
と朝霞が笑うと、通りに面した方を向いていた彼女が、
「あんたのイケメンのおにいちゃんが来たわよ。
中覗いてキョロキョロしてるから、あんた探しに来たんじゃない?」
と教えてくれる。
振り返ると、なるほど、廣也が店の中を覗いていたようだが。
朝霞より先に十文字と目を合わせたらしく、
「朝霞は?」
と口の動きで聞いていた。
入って来い、と十文字が親指で、くいっとやって伝えている。
入ってくる兄を見ながら、朝霞は言った。
「そうだ。
乙女ゲームマニアの人から見て、うちの兄って、どういうキャラですか?」
「……クラスメイトのお兄さん」
「いやそれ、そのまんまじゃないですか。
あのー、例えば、騎士団長とか似合いますかね?」
と朝霞が言うと、
「ああ、そんな感じーっ」
と彼女は叫び出す。
「いい、いいっ。
制服は白でねっ。
全体的に金がメインの飾りにしてっ。
長髪でもいいねー」
と盛り上がる。
なるほど。
やはり、一般的にそういうイメージだから、ああいうキャラで夢に出演してきたのか、と朝霞は思う。
廣也は友だちと盛り上がっていると思ったのか、こちらには来ず、十文字とレジのところで話していた。
……いや、この方は、私を敵だと思っておられるようなんですが。
この方と佐野村がメインの乙女ゲームなら、私はきっと、悪役ですね、と朝霞は苦笑いする。
でも、学校では話せないような話で盛り上がれて楽しかったな、と思ったとき、
「行くぞー、朝霞ー」
と女の話は長いから、この辺で、と思ったのか、廣也が声をかけてきた。
「あ、はーい。
では」
と行きかけ、朝霞は彼女を振り向き訊いた。
「あっ、そうだ。
ところで、お名前なんておっしゃるんですか?」
「……あんた、すっごいキラキラした笑顔でなに訊いてくんのよっ。
入学して、二ヶ月経ってるのよっ。
私、どんだけ存在感ないのっ?」
「あー、いえいえ。
大丈夫ですー。
私、昔から、誰の顔もなかなか覚えられないんで」
「……だから、あんた、素敵な笑顔で、なに言ってんのよ」
なにも大丈夫じゃないわよ、と言われてしまった。
……助けに入る隙なかったな。
と十文字は朝霞たちの方を見ながら思っていた。
っていうか、今、誰の顔も覚えられないとか言ったか?
だから、俺のこともうろ覚えだったんだな、と気がついた。
店で会っているはずなのに、廊下で会っても無視されていたので。
ゲームを買いに来ていることを知られたくないから、わざとそうしているのかと思っていた。
……なのに、なんで、夢に俺が王子で出て来るんだろうな、よくわからん奴だ、と思いながら、じゃあな、と三人を見送ったあとで。
「あいつら、一個も店の売り上げに協力しなかったな」
と気がついた。
本当に、なにしに来たんだ、お前ら……。