王子が家に来ましたよ
ある日、朝霞が、
「ただいまー」
とドアを開けると、そこに十文字が居た。
気のせいかなー?
と思って、閉めてみる。
「待てっ」
と廣也の声がした。
十文字が開けてくれたらしいドアの奥側から、
「俺が呼んだんだ」
と廣也が言ってくる。
「いや、十文字も一緒にバンドをやってくれないかと思って」
と言う廣也に、
「先輩は、オカリナをぴぱーの人なのに……」
と朝霞は呟いて、十文字に、
「それ、お前の夢の中での話だろうが……」
と言われてしまった。
だが、十文字はどのみち、バンドをやるつもりはないようだった。
「俺はお前が話があると言うから来たんだ」
と言う十文字に廣也は、
「あるある、話はある。
バンドやろうぜ、という話が。
ほら、上がれ」
と言って、無理やり十文字を二階へ上げようとする。
「あとで、朝霞の部屋に入れてやるから。
な?」
と勝手なことまで言っている。
別に先輩は、私の部屋に入りたくはないと思うが……。
そのとき、
「遅れまして~」
と佐野村がやってきて、
「じゃあ、やりますか」
と張り切っている佐野村に押されるようにして、みんなで二階に上がる。
楽譜を逆さに演奏する朝霞はバンドにスカウトされなかったので、ひとり部屋のベッドに座り、隣りから漏れ聞こえてくる音を聞いていた。
このキーボードは先輩だろうか。
嘘つきめ。
上手いではないか、と思いながら、朝霞は枕を抱いて転がる。
……いや、きっと、どう見ても下手そうな私のために、そう言ってくれたんだな。
朝霞は、十文字たちの演奏を聴きながら、目の前にある、あのゲームのパッケージを眺めていた。
「朝霞ー、ちょっと来い」
しばらくすると、廣也がそう声をかけてきたので、朝霞は廣也の部屋へと行った。
ドアを開けるなり、朝霞は十文字に文句を言う。
「上手いじゃないですか、先輩っ。
トライアングルしか叩けないと言ったのにっ。
やっぱり、貴方は、あの王子様とは違いますっ」
「……最初から違うが」
と言う十文字の後ろで、
「いや、すまんな、十文字。
阿呆な妹で」
と何故か、廣也が謝る。
母親が、みんなご飯食べていきなさい、と言っていたらしく、そのあと、全員で下に下りた。
「運びます」
と十文字が言い、配膳を手伝い始める。
イケメンに手伝ってもらって、麻里恵はご機嫌だった。
それを見て、幼いころ、麻里恵と結婚したかったという佐野村の機嫌が悪くなる。
「先輩、俺より麻里恵さんに気に入られないでください」
ここに若い娘がいるのに、あなた方は何故、母親の方を取り合いますか。
……いや、佐野村が一方的に言っているだけで、十文字は参戦してはいないはずなのだが。
「朝霞。
リンゴ切って並べて」
と言われて、はーい、とリンゴをむいていると、十文字が感心したように言ってきた。
「リンゴがむけるのか」
「むけますよ……」
かなり、なめられているようだ……と朝霞は思った。
「お、そうだ。
十文字、朝霞の部屋、あとで見に行ってもいいぞ。
5分で出て来いよ」
「いや、別に見なくていい。
見なくても想像つくから」
……どのようにですか、と朝霞が思っていると、佐野村が、
「なに言ってるんですか、廣也さんっ。
5分もあったら、いろいろできますよっ」
と文句を言い出した。
横で、麻里恵が笑っている。
……いろいろなにをするんだろうな。
先輩だから、やっぱり、ゲーム?
物によっては、準備して、ロードしている間に終わる気が……、と朝霞が思っていると、廣也が、
「わかったわかった」
と佐野村をなだめるように言ったあとで、
「じゃあ、俺もついてくよ。
佐野村、お前も入っていいぞ」
と勝手に朝霞の部屋に入る許可を出し始めた。
「だからねー、おにいちゃん」
と朝霞は反論しかけたが、
「片付けてなくて、誰も入れられないんだろう。
ゲームと漫画ばっかだし」
と廣也に笑われる。
ちがっ……
わなくはないな。
でも、近代文学もありますよ~、と心の中でさえ、小声で思っていると、テーブルに皿を置いた十文字が言う。
「心配するな、朝霞。
俺は、どのみち、お前のゲームオタクなとこしか知らないし」
うっ。
「いつぞや、部屋にいたときのまま、親に車で乗せてきてもらったみたいで。
すごい格好で店に来たことも――」
わあああと朝霞は耳をふさいで、しゃがみ込みたくなる。
「……真実はすべて言えばいいってもんじゃないですよ、王子」
と朝霞が低く言うと、
「誰が王子だっ。
そして、刃物は下げろっ」
と十文字が叫んでいた。