100年の恋に落ちるはずなんですけどね~
昼休み、朝霞が階段を下りかけたとき、ちょうど、下の廊下に十文字が現れた。
「あっ、先輩」
と朝霞は駆け寄り、
「あれから家出計画はどうなりました?」
と訊いて、
「家出って、子どもか……」
と言われる。
いや、家出には違いないと思うんだけど。
まあ、先輩は一時的な家出とかじゃなくて、ひとりで自立したいようだしなー。
……でも、それだとアパート借りたりとか、水道代とか、光熱費とか、結構お金かかるよね?
先輩、お坊ちゃん育ちみたいなのに、やってけるのかなあ、と余計な心配をしながら、朝霞は言ってみた。
「そうですか。
先輩の意思が硬いのなら、この間、いいバイト見つけましたよ」
「なんだ?」
と聞く前から既に胡散臭そうに十文字は朝霞を見る。
「いやあ、今まであんなもの、あったことすら気づかなかったんですが。
探してると目につきやすくなるものなんですかね?
この間、電信柱に貼ってあったんです。
大阪駅のコインロッカーにある荷物を東京駅のコインロッカーまで運んだら、二万円って」
「俺を殺す気かっ」
運んだあと、消されるかもしれないだろっ、と言う。
「いやいや。
そのくらい一人暮らしするのには危険がつきものですよ、ということですよ」
「一人暮らしが危険、じゃなくて、お前が危険なんじゃないか……?」
お前、俺をどうしたい?
と呟いたあとで、十文字が、
「そういえば、お前、最近店に来ないな。
俺がいないときに来てんのか?」
と訊いてきた。
「ああ、すみません。
今、まだやってないゲームに夢中なので」
「……日本語おかしいぞ」
「いや、例のあれですよ」
と朝霞は言う。
「例のまだやっていない乙女ゲームが夢に出て来て、それに夢中なので。
というか、あのゲームやらないまま、新しいのに手を出すのもな、と思って」
「じゃあ、やればいいじゃないか」
と十文字は、あっさり言うが。
「でも、あのゲームをやって内容を知ってしまったら、妄想が働かなくなって、ゲームの世界の夢を見なくなるんじゃないかと思うんですよ」
「別にいいじゃないか。
見なくなっても」
ええーっ?
と朝霞が不満げに言うと、
「だって、お前、その夢の中で、フリーズしたように動かない俺と気まずい日々を過ごしてるんだろ?」
と言ってくるので、
「いやいや。
先輩、最近はよくしゃべってくれますよ」
と教えると、
「……なにを?」
と自分には関係ない夢の中の話なのに、十文字は警戒したように訊いてくる。
「この間は竪穴式住居にお住まいで、オカリナを吹いておられました」
「お前、俺になにさせてんだ……」
「あ、違いました。
この間は、私がオカリナ吹いてたんでした」
「いや、大差ないだろ……。
俺たちはなにをしてるんだ。
お前買ったの、恋愛シミュレーションだよな?」
「100年の恋に落ちるはずなんですけどね~」
と朝霞は首をかしげたが、
「……落ちようがなかったんだろうな」
と十文字に呟かれてしまった。