間違った高校デビュー
私は、ゲームのパッケージを眺めるのが好きだ。
やはり、こういうものは、いきなり、初めてはいかん、と朝霞は思っていた。
イラストを眺め、どんな物語なんだろうと思い巡らすときも、また楽しいからだ。
ベッドに腰掛け、朝霞が眺めているのは、いつも行く、遠くの店で買ってきた、甘ったるい感じの乙女ゲームだった。
いつも行く、遠くの店、というフレーズはちょっとおかしい気もするが。
ゲームオタクなことを知られるのが恥ずかしいので、いつも自宅からちょっと離れた店に行くことにしているからだ。
その方が人目を気にすることなく、思う存分、ゲームが選べる。
メインキャラの王子様がなんとなく気に入ったんだよな、と朝霞は黒髪で端正な顔立ちの王子様を眺めながら思う。
ゲームのテーマソングを歌っているのは大好きなバンドだし。
やるの楽しみ、と思いながら、朝霞は枕許にそのゲームを置き、眠りに落ちた。
パッケージに書いてあったセリフを思い出しながら。
お前を愛する呪いにかかってしまった、か――。
夢の中、朝霞は深い森の前に、ぽつんと立っていた。
イバラが覆うその森に、朝霞が足を踏み入れた途端、イバラたちは刺を落とし、朝霞の前に道を開いて
……くれたらよかったのだが、くれなかったので。
朝霞は誰が落としたのかわからぬ大ぶりな剣を拾い、ざっぱざっぱとイバラを切り裂いて進んでみた。
すると、イバラの向こうに、古いが立派なお城が透けて見えてくる。
あのゲームのパッケージにあったお城に似ているな、と思ったが、朝霞は、パッケージに描かれていた顔のないヒロインとは違い、ドレスではなく、高校のブレザーの制服を着ているようだった。
たどり着いた城の城門は特に閉ざされてもいなくて、朝霞はなんとなく、城に入り込みに、なんとなく、塔の最上階まで上がってみた。
すると、そこには、ふかふかのベッドで眠る美しい王子様がいた。
黒髪で、整った顔の王子様だ。
……何処かで見たような、と思いながら、その寝顔を眺めていた朝霞だが。
やがて、どうしたらいいんだ、と悩む。
……たぶん、この王子を起こすんだな。
主人公に起こされた王子に、100年の恋に落ちる呪いがかかるらしいから。
しかし、王子って、どうやって起こすんだ?
朝霞は王子の顔を見下ろし、考える。
眠れる森の王子を起こすには、やはり、キスとか……?
いやいや、夢の中でも無理だな、そんなこと。
だが、王子が寝たままなので、まるで、ゲームがフリーズしてしまったみたいになっている。
仕方ないな、と立ち上がった朝霞は、窓辺にあった糸車の側に落ちていた錘を拾い、おもむろに、腹の上で組んでいる王子の白い手を突き刺してみた。
「こらーっ!」
と叫んで、王子が飛び起き、朝霞は、
ひいいいっ。
すみません~っ、と部屋から逃げ出そうとしたが、今まで寝っぱなしだったわりには俊敏な動きの王子にすぐに捕まってしまう。
逃すまいとしてか、後ろから朝霞を抱きとめた王子は、その美しい顔を朝霞に近づけ、言ってきた。
「お前か。
俺の眠りを覚ましたのは――。
どうしてくれる?
お前を100年愛する呪いがかかってしまったじゃないかっ」
「いや~。
どうしてくれるって言ってる時点で、なんにもかかってないですよね~……?」
……悪い夢を見た。
高校に入学して一ヶ月。
居心地悪いな~、と朝霞は感じていた。
みんなに邪険にされて、とかではない。
なんていうか、こう……
ある意味、チヤホヤされすぎて。
「お、おはようございます、朝霞さん」
ボブカットのおとなしそうな女生徒が、朝の廊下で、恥ずかしそうに声をかけてきた。
確か、同じクラスのなんとかさんだ。
兄がいたら、
「いや、まず、名前を覚えろ。
もう一ヶ月経ってるぞっ」
と突っ込んでくるところだろう。
「おはよう」
と仲良くなりたい一心で微笑んでみたが、彼女は顔を真っ赤にして、
「ありがとうございますっ」
と言って、走っていってしまう。
……ありがとうございます?
おはようで、ありがとうございます、とか意味がわからないんだが、と立ちすくむ朝霞の肩を誰かが叩いた。
「おはよう、朝霞姫」
とにんまり笑って声をかけてきたのは、数少ない同じ中学出身の 土田仁美だ。
「やめて~、仁美まで~っ」
と朝霞は泣きつく。
ほら、よく昔から漫画には出てくるではないか。
美人でスポーツ万能で、頭がよくて、みんなの憧れのなになに様みたいなキャラがっ。
朝霞は、地元からちょっと遠いが、学力的にちょうどよかったので来たこの高校で、知らぬ間にそういうキャラにされ、朝霞姫とか呼ばれていたのだ。
姫とか、全然、私のキャラじゃないよっ!?
確かに小学校のとき、姫とか呼ばれてたこともあったけど。
それは、なにをやっても、どんくさかったから。
一人ではなにもできない人、という意味で、姫って呼ばれてただけなんだよっ?
――と朝霞は心の中だけで叫んでいた。
「まあまあまあ。
この学校に首席で入って、新入生代表だったからってのもあると思うよ。
私なんて、スポーツ推薦でなかったら、こんな頭いい学校入れてないからねー」
と仁美は軽く言ってくる。
「いやいや、あれはね。
単に、受験の前日張ったヤマが当たっただけなんだよ……」
「……受験でヤマ当てないでよ」
どんな幅の広いヤマよと言われてしまう。
だが、本当だ。
運良くヤマが当たったり、運良く得意なところが出ただけで。
本来、自分は、こんな学校に首席で入れるような人間ではない、と朝霞は思っていた。
だが、人々の期待に満ちた眼差しを向けられると、それを裏切るのも申し訳ない気がしてしまう小心者なので。
抜き打ちの小テストなどにも対応できるよう、日々、勉学にいそしんでいた。
ああ、なんだか噂話に踊られている……と思いながら、朝霞は仁美に訴える。
「中学のときは、少々、髪がハネてようが、ボサボサになってようが、平気で学校来れてのに~」
そこで、仁美が、
いや、そもそも、そんな頭で学校に来るな……、
という目をしていたが、とりあえず、無視して朝霞は続けた。
「でも、今、そんなことしたら、皆様のご期待を裏切るようで申し訳なく。
朝起きて、すごい頭のときは、おにいちゃんに直してもらったり――」
「あんた……廣也様になんてことを……」
廣也は、この近くの男子校に通っているうちの兄だ。
この人こそ、幼稚園から高校まで、ずっと王子か王様か、と言った感じの扱いを受けて来た男で。
私のこの困った状態の元凶も、ほぼあの人だ、と朝霞は思っていた。
「だって、朝霞様は、あの廣也様の妹さんだから」
みな、そう言うが。
いやいやいやっ。
兄は王子でも、妹は、どんくさいんですよっ、
と嘆く朝霞を仁美がなだめる。
「まあまあ、朝霞。
大丈夫だって。
夏休み前ごろには、いい加減、あんたの本性もバレてるってー」
「そうだ。
仁美が、自分のクラスで、朝霞はそんなキャラじゃないって言ってくれたら、みんな、もっと早く私の本性に気づくんじゃない?」
と言ってみたのだが。
「やあよう。
人気者のあんたを妬んで言ってるんだと思われてもやだし。
それに、このままの方が面白いから~っ」
と仁美はカラカラと笑う。
友よ……。
ってか、かえって、クラスで孤立しちゃって、みんなの輪の中に入れてないんで、人気者って感じでもないよなー、と思いながら、朝霞は、今日もしょんぼり自分のクラスに入っていった。
お昼休み。
朝霞は、近くの席の二階堂藍子というショートカットの少女に誘われ、みんなでお弁当を食べていた。
すると、突然、藍子が言い出す。
「あっ、いけないっ。
昨日、始まった深夜アニメ、録画しそびれてたっ」
「ああ、あれかー。
ほらっ、なんだっけ?
なんとかってゲームがアニメ化されたやつ?」
と他の子がその話に乗っかった。
ああ、あれねっ、とゲームオタクの朝霞もそれがなんの話だか、すぐにわかった。
そうだっ。
私も録画しそびれてたっ、と思っていたのだが、彼女らは朝霞の存在に気づき、
「ああっ、すみません。
朝霞さんっ。
朝霞さんがいらっしゃるのに、こんなオタク話でお耳をよごしてしまってっ」
と恥ずかしそうに言い出した。
いいえっ。
どうぞ、およごしくださいっ、と朝霞は思っていたのだが。
みな、朝霞に遠慮するように、話を変えてしまう。
うう……、言い出せない自分が憎い……、と朝霞が思っている間に、みんな、お弁当を食べ終わっていた。
自分がいると、みんな、ゆっくり好きな話ができないだろうと、朝霞は、
「私、図書室行ってくるね」
と微笑み、席を立つ。
「あ、はいっ」
と言ったあとで、藍子たちが後ろで話しているのが聞こえてきた。
「朝霞さんって、どんな本読むのかなあ?」
「詩集とかじゃない?」
いや、まさか……。
「近代文学かな?」
いや、あんまり……。
図書室の本で、私が好きなのは、海外ミステリーと歴史マンガなんだけど……。
おかしいな~。
私のこのキャラ、かなり無理がある気がするのに、何故か、いつまでも崩れない。
クラスで決められてしまったキャラ設定、崩すの難しいなあ、と思いながら、朝霞は、本当に図書室に行ってみた。