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その他の短編・冒頭短編倉庫

呪われた俺と炎の勇者



 ソイツが世界に現れてから、全てが変わってしまった。

 魔王は全て倒され、勇者、英雄ともてはやされた男は目につく美女をすべて妻に迎え、歯向かう者にはすべからく死が与えられる。

 俺の幼馴染の婚約者もまた、ソイツに望まれたからと連れ去られた。

 魔王が生きていた頃よりも酷い。

 男は黙って働かされ、女は家から出なくなる。

 ソイツは定期的に国を移動し、美女を漁り、贅を尽くす。

 誰も歯向かえない。

 ソイツは魔王を全て倒した。

 俺たちは皆、縋る相手を間違えたのだ。


 ソイツの名前はゲイルズ。

 神に『絶対勝利』というスキルを与えられた、異世界からの転生者。




「今年はうちの国にゲイルズ様がお越しになるそうだ」

「……そりゃ……今のうちに保存食を多めに作っとかなきゃならんな……」

「うちの娘は今年十六なんだ……連れてかれなきゃいいんだが……」

「おい」

「あ……」


 村の奴らが黙々と畑を耕す俺を見付けておし黙る。

 婚約者のアリンが連れていかれて三年。

 彼女はまだ戻らない。


 ざく。ざく。ざく。

 ざく。ざく。ざく。


 考えたくなくて鍬を振り下ろす。

 俺はただの村人。

 特別な力も神から賜るスキルもない。

 戦う術も持たず、剣を持つ事も許されない、非力で無力な村人だ。

 住む世界が違う。

 アリンはきっと、贅を尽くす勇者のもとで幸せに暮らしているはずだ。

 きっとそうだ。

 だから俺は彼女を忘れて、畑を耕せばいい。

 彼女が少しでも美味いものを食えるよう、ここで。

 それでいいんだ。


「え? お、おい、あれ」

「嘘だろ……」

「?」


 村の奴らが怯えた声を上げる。

 彼らが見る方に顔を向けると、国の兵士たち。

 槍を持ち、鎧を纏う。

 大声で「村長を出せ! 徴収だ!」と叫んだ。


「…………っ」


 そんな、早すぎる。

 まだどの家も穀物を保存食にしていない!

 俺は男の独り者だ、別に構わない。

 でも女子ども、老人のいる家は……。


「ま、待ってください! まだ収穫時期ではないんですよ⁉︎ 今ある食糧を持っていかれたら、飢え死にする者が出てしまいます!」


 慌てて一番立派な鎧の兵に駆け寄って進言した。

 兜の隙間から歪む唇。

 その直後、側頭部に激しい衝撃。

 生暖かいものが頰を垂れる。

 しかし、衝撃を受けたところは激しい痛み。

 体が……震える。


「…………?」


 今、なにをされた?

 滴り、地面にぽつ、ぽつと垂れる血。

 頭から血が滴っている。

 そう理解するのに数秒を要した。

 そして、その時間はとても長く感じた。


「黙れ! 歯向かうなら首を落とすぞ!」


 頭上で槍が振り上げられる。

 太陽の光で煌めく刃。

 振り下ろされ、それが首の皮を小さく軽く破るまでなにも考えられなかった。

 恐怖もまともに感じる事が出来ず、呆気にとられていたのだ。

 俺にはこの男がなにを言っているのか理解出来ない。

 頭が熱く、思考はまとまらなかった。

 ただこのままでは、死ぬ。殺される。

 殺されるのなら、どうか教えてほしいと兵に懇願した。


「ア、アリンという娘の事を、知っていたら教えてください。殺してもいいです。俺を殺すのはいいですが……どうかせめてアリンが今幸せかどうか……それだけは教えてください……」

「あ? ……なにを……アリン? ああ、そういえばいたなぁ。ゲイルズ様の子どもを身篭った女の名前が、確かアリンといったか」

「…………」


 その言葉の衝撃は、先程頭を殴られた時よりも重かった。

 思考が停止した。

 理解出来なかった。

 いや、言葉の意味は分かる。

 しかし、理解し難かった。

 頭をゆっくり上げて、か細い声で問う。


「…………アリンは、幸せですか……?」

「知らねーよ。城の三階から飛び降りて死んだそうだからな。きっと幸せすぎて、その幸せと幸運のまま死を選んだんだろう」

「…………え? 死……」

「ああ、確か死んだと聞いたぞ。なあ?」

「はい」

「ゲイルズ様の子を身篭って死んだんだ。幸せだっただろうなぁ」

「くくくくく……」


 兵たちは、嗤う。

 なにがおかしいのか。

 なにが面白いのか。

 アリンは死んだ。

 死んだ?

 英雄と呼ばれ、勇者と崇められ、世界にもてはやされ、好き放題にするその男の子を身篭って……そして死んだだと?

 彼女は俺の婚約者だった。

 ゲイルズに見つからなければ、この村でささやかな結婚式をして、そして生涯寄り添って、共に困難を乗り越え、子も産んでもらい、二人で育て……そして、ただ一緒に……。

 そんな、ごく普通の幸せを奪っておきながら、ゲイルズはみすみすアリンを死なせたというのか?

 そんな事が?

 そんな男が——⁉︎


「おい、なにを騒いでいる」

「こ、これは! もうお着きになられていたのですか⁉︎ ゲイルズ様!」

「ーー!」


 兵たちが突然畏る。

 馬車が停まり、中から男が降りてきた。

 数人の美女の肩を抱き、下卑た笑いを浮かべた黒髪の男。

 長身で、ガッチリとした体型。

 煌びやかな服。

 その男が歩く場所へ、美女が絨毯を敷いていく。

 男はその上を歩いて村を眺める。


「しけた村だな。おい、十五から二十五までの女を全員ここにつれてこい。醜い女はいらん。初物がいい」

「はっ!」

「…………」


 言葉が出ない。

 男は肩を抱いた美女の髪に鼻を近付け、大きく息を吸い込む。

 美女たちは皆、首輪を付け、泣きそうな顔をしている。

 右の美女の胸を後ろから腕を回して揉みしだき、舌舐めずりをしながら絨毯を回収してきた少女の背中を蹴りつけた。


「きゃあ! ……あっ……」

「ああ、そのままそのまま。うん、いい角度だ。谷間がよく見えてそそる」

「っ……」

「さぁて、少しは食えそうな女は出るかな? くくくくく……」

「ゲイルズ様、お飲物をお持ちしました……」

「ああ、ご苦労」



 ゲイルズ。


 ドクン、と胸が鳴る。

 この男が。

 まさか、こんなに早く村へ来るなんて。

 こいつのせいで世界は——……アリンは——!

 そう思ったら、なりふり構わず飛びかかっていた。

 しかし、ゲイルズに辿り着く前に兵たちに取り押さえられる。


「ア、アリンは——!」

「ん〜? アリン? あん? お前アリンの知り合いか? ……ああ、そういえばこの村の出身とか言っていたな。こんなにしけた田舎の村だとは思わなかった」


 くっくっ、と笑う男。

 頭が煮えるようだった。


「せっかく孕ませてやったのに、俺を化け物と叫びながら飛び降りて行ったんだぜ? 失礼な女だよな。腹の子は引きづり出して、ドブに捨てておいたんだが……そうかそうか、畑の肥やしの方が似合いだったかもな! ははははは!」

「……! ……っ!」

「ゲイルズ様、この者はどう致しましょう?」

「切り刻んで畑に撒いておけ。今年は豊作になるかもしれないぜ。はは、ははは! あはははははは!」


 なにが、それほど面白いのか。

 生まれて初めてこれほどまでに人を殺したいと呪った。

 どうにかしてこいつを殺さなければ。

 でなければ、アリンは浮かばれない。

 でなければ、アリンは……。


「こ、殺して、やる……殺してやる! 殺してやる!」

「貴様! 勇者様へなんという無礼な!」

「ゲイルズ様が魔王を全て倒してくださったからこそ、今の平和があるんだぞ!」

「この世界のどこが平和だ⁉︎ お前のせいで誰も幸せじゃない! お前なんか勇者じゃない! お前こそが『魔王』だ!」

「こいつ!」

「ハハ……いいぞ、そこまで言うなら畑の肥料はやめだ」

「ゲイルズ様?」


 邪悪な笑みを浮かべた魔王が見下ろしてくる。

 側にいた女に目配せすると、女は怯えながら馬車へと走っていく。

 そして、なにが鉄の杖のようなものを持ってきた。

 あれは……焼印の型?


「——まさか……」

「虫けらには、死すら生ぬるいよな? 額を出せ。お前には自由に死ぬ権利すら与えん」

「っ!」


 奴隷の紋様!

 手から炎を出し、焼印を赤く染め上げる。

 暴れるが兵士達が四人がかりで押さえ付け、髪を掴まれてうわ向かされた。

 熱が迫る。

 熱い。


「やめ……っ!」

「ハハ、屈するのか? 魔王に?」

「っ!」

「いいぜ、それでも。もう運命は変えられないけどな! ははははは!」

「〜〜〜〜!」


 俺は、声を出せただろうか?

 声にならなかったような、いや、声にすらなっていない声を発していたのかもしれない。

 焼印が額を焼く激痛。

 熱い!

 痛い!

 薄い皮膚を焼かれ、血が溢れる。

 溢れた途端に焼かれて止まる。


「——————!」


 アリン。

 優しくて頑張り屋で、照れ屋で……俺と幼い頃から一緒にいた、ごく普通の女の子だったアリン。

 なんで、君が死ななければならなかったのだろう。

 俺と結婚する為に、頑張って抗ってくれたんだろうか?

 そんな事、しなくても良かった。

 君が生きてくれさえいてくれれば俺だって——。

 いや、嬉しいとは思う。

 俺も君と……子どもを作って畑を耕して、これまで通りなんの変哲もない日々を年老いるまで続けられたなら……。

 ……ああ、この男さえ……この男さえ現れなければ……。


「………………」

「ショック死したか? 許さねーよ」

「ッガ!」


 雷撃のようなものが胸を貫く。

 俺は、今……!


「村の奴らを並ばせろ。全員奴隷にする」

「!」

「え、し、しかし! この村を潰すとまた税収が落ちます……」

「心配ない。隣の村にここの村の女をあてがえばいい。隣の村の働き手を増やせば税収は安定するだろう。なに、一時のことだ。それに……お前たちにももちろん分け前は出るぜ? ……ああ、俺のお下がりでよければいくらでも好きにしていいし、欲しいものがあれば勝手に持っていけばいい」

「っ……」

「あ、ああ、な、なるほど……さすがゲイルズ様……」


 それはこの村の物はなんでも好きに略奪しろ、ということ。

 女たちは奴に手をつけられた後も兵士たちに自由にしてもよいと……!

 く、腐ってる……こいつら、どこまでも腐ってやがる!


「…………っ! っ!」


 なんで、俺は無力なんだ?

 こんな奴らに力を与える神よ、なぜだ?

 なぜこんな奴に巨大な力を与えた?

 神よ、あなたはこの世界を守る存在ではないのか?

 この世界を…………助けてくれないのか?



『炎の香りがする』

「……?」



 若い、少年の声?

 目を開けると半透明な子どもが立っていた。

 歳の頃は十五か十六ぐらいだろうか?

 青い髪と瞳。

 ファーのついたロングコート。

 髪は長いのか、後ろに一つにまとめてある。

 顔立ちは端整で、清廉。

 穏やかな笑みを浮かべて俺を見下ろしている。

 光の粒を纏い、彼自身も……いや、彼自身が輝きを放っている……?


「お、おま、えは……?」

「?」


 誰だ?

 問うとゲイルズが振り返る。

 お前ではない。

 この少年に問うたのだ。

 少年は『ほう?』と楽しげに目を見開く。

 ゲイルズと俺の間に突然現れた、この光を纏う子どもは何者なのか。

 なんだか神々しいが……。


「……神、なのか? 神ならば、なぜ、その男をこの世界に呼び寄せたのか……なぜ、そんな悪魔を野放しにしておくのか……」

「貴様……まだ言うか!」


 兵士が腕を背後へ捻りあげる。

 痛みはあるが、額の方が痛くて頭が朦朧としていた。

 涙が溢れ出て、それが幻覚だとも上手く思えない。

 思考がまとまらない、という状況だったのだろう。


『…………。そなたが言っているのはこの転生者の男のことか? んん、そなたがその転生者を悪魔と呼ぶ理由はなんだ?』

「理由……? 見れば分かるだろう……? その男は、俺の婚約者を殺したんだ! 今だって俺の村を潰そうとしている! これを世界中でやってるんだぞ!」

「ええい! 黙れ黙れ! この無礼者! まだゲイルズ様にそのようなことを!」

「というか、こいつ誰に話しかけてるんだ?」

「ゲイルズ様?」


 ゲイルズが首を傾げる。

 奴らにこの少年は見えていない。

 俺は続けた。

 神ならば、神ならば——、いや、もう神にしか……。


「神ならばこの責任をどう取る⁉︎ こいつを呼び寄せたのはあなたなのだろう⁉︎ 魔王がはびこっていた時代の方がマシだった! 魔物にいつ襲われるかよりも、この男が村に来る方がよほど災いだ! この世界の神ならば、この男をこの世界から消してくれ! 返してくれ! 返してくれ! 俺たちの平和な『過去』を! 返してくれ!」

『…………』


 少年は黙り、ゲイルズは眉を寄せる。

 周りの兵士も女たちも、怯えたように、気味が悪いというように、そして憐れむように俺を見ていた。

 俺の願いはアリンが無事に、ゲイルズへの奉仕を終えて帰ってくることだけだった。

 いや、帰ってこなくても、彼女が生きていてくれればそれでよかったのだ。

 この男はそれさえ許さず……アリンを…………。


『男、名を名乗れ』

「?」

『名だ。名もないのか? ないならつけてやるが?』

「……オ、オレウだ」

『オレウか。オレウ、人は前を向かねばならない。そなたの怒り、悲しみ、憎しみはこのロギ・シャガ・アルストロメリアが受け止めよう。だからこの愚かで憐れな転生者のことは許せ。力に溺れ、人を蔑み、優しさを忘れ、悪魔にも劣るなにかに成り果てた者は、そなたが憎む価値もないだろう』

「…………」


 今、なんと言った?

 許せと言ったのか?

 この勇者の皮を被った悪魔を?

 そんなことができるはずもない。

 それがこの世界の神の答えなのか?

 この男を、この男の暴挙の数々を許せと——!


『む?』

「————!」



 許せるものか。


 許せるものかよ。



「⁉︎」


 気づけば兵士を振り払い、神に手を伸ばしていた。

 こんな男を許す神などいらない。

 俺がほしいのは……ほしいのはこの男の『死』だ。

 殺してやる。

 殺してやる!


「………………ふむ、憐れなのはこの男も同じか。よかろう、それもまたこのロギ・シャガ・アルストロメリアが受け止めよう」

『……⁉︎』


 ——今の声は……?

 俺の声?

 いや、だが、俺はなにも……ロギ?

 今しがたそう名乗った半透明な少年の名を、なぜ俺は名乗っている?


「な、なんだ貴様は⁉︎」

「これは……憑依か? なんでこんな農民風情が……いや、それよりも……」


 俺は薄汚れた縦長の布で体を巻き、帯で布を固定していただけのありふれた農民の格好だった。

 それがいつの間にやら、先程の少年と同じ格好をしている。

 これはどういうことだ?

 俺はどうなっている?

 俺は俺の意思で身体が動かせなくなっているではないか。

 なにが、どうして……。


「オレウ、そなたの身体をしばし借りるぞ。なに、俺は半神半人ゆえトリシェ殿のように意識を眠らせたりはできん。安心するがよい」

『⁉︎ な、なにを言っている? なにがどうなってるんだ⁉︎ お前、俺になにをした!』

「なにをしたもなにも、俺を取り込んだのはそなたの方ではないか。まあ、霊格は俺の方が上だ。残念ながら主導権は俺になってしまうのは必然よ。うむむ、むしろこれはどうやって抜けたらよいものか……」

『はあ⁉︎』

「神霊憑依……だと? ただの農民が?」


 ゲイルズが剣を持ち出す。

 その目は先程の愉しげなものではなく剣呑としていた。

 距離を取り、ゲイルズのその様子に他の兵たちも一気に離れていく。

 女たちは悲鳴をあげて馬車の方へと駆けて行った。

 神霊憑依?

 神霊?

 では、やはりこいつは神なのか?

 俺は神に手を伸ばし、神をこの身に降ろしたというのか?

 俺にそんな力が?


「うむ。おかげであまり上手く力が出せんな! まあよい。改めて名乗ろう、俺はロギ・シャガ・アルストロメリア! 異世界『花四葉島フォートリーアルア』アルストロメリア王国第三王子である。まあ、生前の話ではあるのだがな」

「……は、王子……?」

「その方も名を名乗れ。礼儀であろう?」

「…………」


 ……俺もだが、どうやらゲイルズも意味が分からないようだ。

 伺うように俺を……いや、俺の体を乗っ取ったロギという少年を見る。

 それから剣に手をかけたまま「ゲイルズ・デンヘルクだ」と名乗った。


「ふむ、ゲイルズ・デンベルク。そなたの行いはこの世界の民を苦しめているらしいが、その辺り自覚はあるか? 先程から見ていると女たちもそなたにとても怯えている。あまり良好な関係とは言い難いように見えるのだが」

「はあ? あれは奴隷だぞ? 俺はこの世界の神に見込まれて最強のスキルを得た勇者! 英雄様なんだ! この世界の民を苦しめる? バカ言え、この世界は俺様に搾取されることこそが幸福なんだよ! 見れば分かるだろう」

「おう……いきなりすごいのに当たってしまった。噂には聞いていたが思っていた以上にダメだこれは……」


 と、呟いてから今度はため息を吐く。

 ロギという少年は、仕方なさそうにゲイルズに向かって手を掲げる。


「よかろう、もう話すことはなさそうだ。言い出しっぺなので早速粛清しよう」

「は? なんだって?」

「先程の自己紹介に少し付け加えるぞ? 俺は今『聖界十二勇者』の末席に認められていてな、『炎帝』の愛称で親しまれている」


 は?


「先輩方はとても立派な方々で、俺のような特になにもしていないのに勇者などと畏れ多い呼ばれ方をしている者にも優しく色々指導してくれたりするのだが……ああ、この話はすべきではないのか? うん、雷蓮がいないと話が逸れるな? いや、ではなくて……そんな立派な皆々様の話を聞いていると、昨今の、そなたのような勇者の行いが実に目に余る。分かるか?」

「……な、なにを言っている? 聖界十二勇者? なんだそれは……」

「うん、すごい偉業を成し遂げた勇者方のことだぞ! とってもすごいのだ! お話を聞いているだけでとてもためになる! ……本来なら優秀な後輩たちの指導もしたいそうなのだが、勇者とは己の力で道を切り開いてこそ、との方針からそれも行われず……放っておいた結果そなたのような残念な勇者が増えたらしい」

「ざ、残念⁉︎」


 残念?

 いや、残念とかいうレベルかよ!

 そんな言葉で片付けられたら、アリンはどうしたらいい!

 俺は! 俺のこの怒りと憎しみは!


「なので、俺はそなたのような『勇者としてアウト』な奴は粛清し、『ダメ勇者』は指導し直し、『多分勇者』は立派な勇者になるよう導くことにした! そなたは先程の解答から『勇者としてアウト』! と判断したので粛清する! 覚悟せよ!」

「……なにをわけの分からないことを……。まあ、いい……」


 にやりと笑みを浮かべるゲイルズ。

 そうだ、こいつには神から『絶対勝利』のスキルを——……っ!


「俺に勝てる奴なんざ、この世界にはいないんだからなぁ! 聖界十二勇者だがなんだか知らねーが、死ね!」

「?」


 剣の切っ先が迫る。

 だがロギは避けようともせず、どこからともなく炎を放ち、その切っ先を地面へといなした。


「!」

「ずいぶんななまくらだな? 神から賜ったのはそれか? 普通の鉄の剣に見えるが」

『……!』


 剣が……ゲイルズが持っていた剣が、溶けて……。

 ど、どうなってる?

 今のは一体……?


「それに動きも悪い。小手調べは不要だぞ? ん? ああ、違うか……この場合、俺が手加減してはいけないんだな。すぐに終わらせて次に行かねばならんのだからな。うむむ、一人行動は慣れていないから段取りが分からないな」

「っ、な……このっ……! バカにするなよ⁉︎」


 ゲイルズがなにもない場所から新たな剣を取り出す。

 白く光る、あれはまさか聖剣⁉︎

 神に選ばれし者のみが扱えるという——。


「エールフレイム=エシャロット」


 コン、と地面に柄先が軽く突く。

 燃え上がる炎。

 その炎が槍の形を作る。

 その様に、ゲイルズの表情がこわばった。

 こわばり、そして愕然となる。

 俺には分からない。

 この炎の槍がなんなのか。

 だがゲイルズの表情が物語っている。

 これは……()()()()()()()()


「な、んだ……その、槍は……その、聖剣よりも強い魔力を帯びた槍は……なんだ……⁉︎」

「ん? これか? 俺の神器の()()だ。使いやすいのでお気に入りなのだぞ。『エールフレイム=エシャロット』という。……心苦しいが、審判の時だゲイルズよ。エシャロットは悪しき者を焼き払う力を持っている。今のそなたは間違いなく焼き死ぬだろう。改心するなら今だぞ」

「……な、なに……ふざけた、ことを……言っ……」

「そなたそのままだとオレウの言う通り魔王に堕ちるからな。俺は殺生は好まぬ。ちゃんとみんなに『ごめんなさい』すれば命は許そう。心配ない、俺も一緒に謝ってやる!」

『……っ!』


 ……こいつは、なにを言ってるんだ。

 そんな言葉で、被害者が……こいつに殺された人たちが許すと思っているのか?

 許せると思うのか⁉︎

 冗談じゃない!

 こいつがなにをしてきたと思ってやがる!

 こいつは! こいつは……!


「オレウ、人は間違える生き物だ。こやつをこうも調子づかせた者たちにも非はあろう。一言に許せとは言わぬよ。許せないのなら許さなくてもよい。ただ殺すな。それはこれと同類に己を貶める行為だ」

『! ……それでもいい、そいつを俺に殺させろ!』

「ならん。憎しみもまた新たな魔王の糧にしかならない」


 なにを、なにを、なにを!

 ふざけるな! 許せない! こいつは殺すんだ! 俺が! 俺がこの手で!

 そうしなければアリンは浮かばれない!

 アリン……アリンを殺したこいつを!

 俺が!


「神器、だと……聖剣も神器のはずだ……な、なのに……」

「んー、それは単純にこの世界の神と俺の神格の差だろうな。あと使い手。つまりそなたの実力がそれに伴わぬゆえに力を半分も引き出せておらんのだよ。まあ、つまりだ」


 燃え盛る槍が、ゲイルズに向けられる。


「そなたがこの世界の神にいかなるスキルを戴いていようとも、この世界の神よりも神格の高い俺には通用しないということだ。この意味は分かるか?」

「——————っ」

『っ⁉︎』


 それは、つまり……ゲイルズが持っている、神より賜りし『絶対勝利』のスキルが……ロギには通用しないという意味だ。

 ゲイルズの顔が、引き攣る。

 俺はなんともその表情に胸が踊った。

 こんな顔を……こいつはこんな顔ができるのか。

 俺のアリンを殺して笑っていたあの顔が、はは、こんな顔に!

 はははははは!


『殺せ……殺せよ! こいつを! 早く!』

「……うーむ、オレウが大はしゃぎになってしまった。こういうのはあまりよろしくないな〜……」

「っ……!」

「というわけでやはりそなたみんなに『ごめんない』せんか? な? みんな真摯に謝ればきっと許してくれ……」

「死ね!」

「……あれぇ……やけくそか? 言っても理解できん人? 致し方ないな」


 光り輝く剣を振り下ろすゲイルズ。

 口許には笑みを浮かべ、大声で「絶対勝利発動!」と唱える。

 だが、俺の目にはあまりにものんびりと剣が振り下ろされるように映った。

 これが、ロギの見ている光景なのか?


「……しかし、なにゆえに勇者たちの質がこうも落ちてしまったのか。魔王が良心的になったり……うむむ、時代なのか? もとより善と悪は表裏一体だからな」


 などと独り言を呟く余裕すら見せ、瞬く間にゲイルズを通りすぎた。

 炎の槍を一振りすると、景色は動き出す。

 ゲイルズは悲鳴をあげて地面に膝をつき、吐血した。

 腹には穴。


「あ……かはっ……ば、ば、バカな……嘘だ……俺は、この世界の神に……! スキルを……誰も俺には、勝てない……はず、なのに……なんで……!」

「いや、先程言っただろう? この世界の神の神格より、俺の神格の方が高いのだから致し方ない。あと、そなたせっかくの聖剣も使いこなせてないぞ。神がなにゆえにそなたをこの世界に招いたのかは知らないが、他国を引っ掻き回すのはよくはないことくらい分かるだろう? なぜやった?」

「……っ!」

「……ふむ、この世界の神に過ぎた力を与えられて己を見失ったのか。……次の世界では清く正しく生きるとよいぞ。一度他世界より誘われた魂は、輪廻の輪に戻れずに彷徨うことになるが……それは俺ではどうすることもできない。この世界に来ることに同意した己の責任だ。遅かれ早かれ有限の命であるそなたのたどる運命よ。せめて招かれたのであればよかったが、その様子を見るに騙されたかなにかだな?」

『?』


 どういう意味だ?

 聞けば、ロギは「最近人口増加における魔王の間引きが間に合わず、他世界より勇者と称して素養のない者を連れてきて力を与え、口減らしする神がいるのだ」と信じられないことを告げてきた。

 それを聞いて俺と同じく驚愕したのは他ならぬゲイルズだ。

 腹を抱え、痛みと、そして怒りで震えながら地べたを這うように振り返る。


「な、んだ、と……そ、んな、こと、がっ……!」

「自我をしっかり持てよ。と、言っても無理だろうな。……そなたはこれから地獄のような長い時間を彷徨うことになるだろう。その地獄の中で、心のままに魔族に堕ちればそなたはこの世界の神の思惑通り新しい『魔王』として再誕することとなる。あるいは、運が良ければ別な世界の神に拾われ、その世界で新たな生を授かることもあるかもしれない。それは本当に運次第だ。……良き行いをしていれば、善行による縁でその可能性も高まっただろうが……」

「…………っ」

「すまんな。だが自業自得であると心得よ。遅かれ早かれその運命だったのだ、そなたは」

「……っ! っく! そ、そんな……そんな! 俺は、事故で……神に殺されて……だからこの世界では自由に生きていいと……! なのに! なんだそれは! 俺は神に利用されただけだったってのかよおおぉ! ……っがっ!」


 再び吐血してゲイルズは今度こそ地に伏す。

 びく、びくと痙攣する身体を見下ろした。


『……、……この世界の神はこいつを騙して連れてきたのか?』

「うむ、そういう神もいるということだな。うっかり殺してしまったので、お詫びにうちの世界に力をたくさん与えて転生させるから、と言って招くふりをするのだ。本当に招かれた者は輪廻の輪に組み込まれる。組み込まれぬ者は『死んだあとどうなってもよい』と思われているということだ。そのような魂はそのまま転生もできずに界と界の狭間を漂い、彷徨うしかない。良い行いをしていた魂ならば輝きにより異界の神の目に留まりやすくなるが……このように好き放題生きた者は魂の輝きは鈍く目立たない。そういう者は界の狭間の吹き溜まりに溜まって、いずれ魔族や魔王の肥やしとなるな」

『…………』


 自業自得だ。

 哀れとも思わない。

 ザマァ見ろ……ザマァ見ろ!


「……ちくしょう、そんなのは……いやだ……助けて、くれ……頼む……」


 ふざけるな……!

 アリンの死を嘲笑っていたくせに!

 アリンを、殺したくせに!

 自分だけ助かろうなんて虫がよすぎる!

 見捨てろ! 見捨てろ、ロギ!

 こんなやつは永遠に彷徨えばいいんだ!


「先程も言ったが俺にはどうすることもできないんだ。……だからせめてこの世界で傷つけた者たちへ『ごめんなさい』しろと言ったのだが……そなた俺の話、最後まで聞かなかっただろう? よくないぞ、そういうの」

「うっ、うっ……そ、んな……はっ、はぁ……そんな……こんなの……うっぐっ……」

「助けた命よりも、殺した命の方がそなたは多かった。だから彷徨うことになる。だが、ちゃんと『ごめんなさい』をするのならば俺の炎の加護を与えよう。そなた自身は輝きが微妙だが、俺の炎の加護で多少は光が増すだろう。異界の神もそれならば見つけやすい。拾われるかどうかは、その世界の神が決めることゆえ確実とは言えないが……どうだ?」

『ふざけるな! そんなやつに、救いなんて必要ない!』


 叫んだ。

 だが、ロギは俺を無視した。

 そうこうしている間に、濁った目でゲイルズがロギを見上げる。

 顔は涙と、泥でぐちゃぐちゃだ。

 だが、こいつに謝らせたらロギはその『炎の加護』とやらをこいつに与えるんだろう。

 そんなの許すか!

 こんなやつには永遠の地獄がお似合いだ!

 やめろ、言うな。

 謝罪など誰も受け入れない!

 口にするのもおこがましいんだよ! テメェは!


「ご、ごめ……ごめんさあああぁぁぁい! ごめ、ごふっ、ごめんなさ……ごめんなさぁっ……いっ! ごめんなさいいぃ!」

「うんうん、心がこもっていてよい!」

『よくねぇ! 俺は許さないぞ!』

「これに懲りたらもう勇者などと名乗らず穏やかに暮らすのだぞ」

「…………」


 炎の槍の柄が、コツ、とゲイルズの額にあてがわれる。

 やつは泣き叫んで、そして、倒れて動かなくなった。

 俺は……俺は……!


『俺の恨みは……どうしたらいい……余計なことを、しやがってえええぇぇぇ!』

「うーん、これは『勇者としてアウト』なやつを粛清後のことを考慮しておくべきだったかもしれん。すぐ終わると思ったのだがな〜。なんか意外と面倒くさいっぽいな〜」

『身体を返せ! ゲイルズの、その身体を切り刻んでやる! 内臓を引きずり出して、ドブに捨てて、畑の肥やしにしてやる! 殺す! 殺す殺す殺す殺す殺す!』

「…………トリシェ殿すげぇな……これを抑え込むのか……。俺も『光属性』持ちだがこんなに過激だと思わなんだ。まあ、半分自分で蒔いた種だしきちんと回収しよう」


 愕然としていた兵たち、女たち、村の連中。

 そいつらに、ロギは笑顔で言い放つ。


「さて、呪いを孕んだ世界の民よ、みんなで力を合わせてよりよい世界にしていこう。微力ながら力になるぞ!」

「………………………………」


 こいつは…………頭がおかしいのか?

 みんなで力を合わせて……なんだって?

 よりよい世界に、する、だと?


『ふざけっ……!』

「やった……やったぞ……ゲイルズが死んだ……! ゲイルズが、悪魔が死んだ!」

「やったぁあああぁ! 俺たちはやっと悪魔から解放されたんだ!」

「っ!」

「ゲイルズが死んだ! 死んだ! 死んだ……!」

『……⁉︎』


 真っ先に武器を放り投げ、涙を流して喜ぶのは兵士と女たちだった。

 それから、村の奴らも両手を上げて、中には抱き合って喜ぶ奴らも現れる。

 ……どうなっている?

 村の奴らはともかく、なんで兵士たちまで……。


「……かくも哀れなものよ……まあ、いい。……さあ、民たちよ世界を立て直そう。……兵士たち、この国の王に謁見は可能か?」

「はい! はい! ご案内します!」

『っ⁉︎』

「うむ、ではまずは首都の立て直しだな。そこの娘たちは故郷に帰りたいなら送らせよう。とりあえずついてこい」

「はい! はい!」

「本当ですか⁉︎ あ、ああ……! ありがとうございます!」

『⁉︎』


 手のひらを返す、とはこういうことだろうか。

 まるで別人のように明るい表情の兵士たちと女たち。

 こいつら……こいつら!

 アリンのことを、笑っていたくせに!

 ロギが強いと分かればこんなにも簡単に尾を振りやがって……こいつらァァ!


「まだ怒りは収まらないか」

『当たり前だ! 誰が許すものか! 誰が!』

「オレウ、先程も言ったがお前は魔族に堕ちる手前だぞ。この世界は今呪いが渦巻いている。一度魔族に落ちればそれらの呪いを一身に吸収して、お前は自我も朧な魔王となるだろう。そうなれば俺はそなたのことも殺さねばならない」

『っ……!』

「まだ理性があるのなら、怒りを抑えよ。許す努力を覚えろ。今は俺が憑依していることで魔族化は抑えているが……それ以上先に進むのであれば行き着く先はゲイルズ以上の地獄だ。それでも構わないというのなら、この俺が手ずから始末してやろう」

『くっ……くっ! ぐううぅぅぅっ!』


 許せだと?

 許すだと?

 無理だ! 無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ!

 ゲイルズを殺したい!

 そこの兵士たちを殺したい!

 許せない、許せない許せない許せない許せない!

 みんな、全て! 許せない!


「……すぐには無理か。よいぞ、ゆっくりで。……時間はたくさんある。共にこの世界をよい世界にしてゆこう」

『……!』

「そなたの望んだ過去にはならないが、そなたの望んだ平和な過去の姿に似せることはきっとできる。前を向こう、オレウ! そして……この世界の神には少し仕置もせねばな」

『…………』




 悪戯っぽく舌を出したロギは、俺が思っているよりも見た目通りのガキだった。

 悲しみと怒りと憎しみに支配され、世界を呪う新たな悪魔になろうとしていた俺を、その無邪気な光は押し留める。

 俺は人間に戻れなくてもいい。

 救われなくてもいいと思いながらも、その少年の起こす奇跡を期待するようになる。

 そう、期待だ。




 それこそが『勇者』だと気づいた時、俺は————

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