第1話 はじまり
「ケーボーーー!」
「おーい!ケーボー!!」
・・・。??
何だか空耳が聞こえる・・・。
ほんの少しだけ足を止めたが、「ま、ありえないな」と歩きだす。
ランチを一緒にした同僚に話しかけようと振り返ったタイミングで、
後ろから「おい!ケーボー!」の声と共に肩をつかまれた。
「はいっっ??」
素っ頓狂な声で振り返る。
誰?
「聞こえてなかったのかよ。俺だよ俺!
いやー参ったよ、誰も居ないエリアに出ちゃったもんだから、誰に呼ばれたかもわかんないし。ケーボー見つけられて良かった〜。」
え?
待った待った! え?!
“ケーボー”って言った?今。
ケーボーと言えば思い当たるのは一つ。
ゲーム内でのニックネームだけど…。
でも、リアルで知ってる人間は居ないはずだ。
よし!知らないふりをしよう。うん。
「どなたですか。ケーボーなんて人は知りませんが。」
一本調子で言い放ってその場を離れようとする。
「え?マジか。
ケーボー以外この辺りに知ってる奴いないし、放り出されたら困るんだよなー。
フルネームで呼ばれるの嫌ってたからニックネームで呼びかけたんだけど。
…。
ケ=ツゲボー=ボー マスターだよな?」
うわぁ!
「わーー!待った待った!」
反射的に口をふさごうと手をのばす。
顔が燃えるように熱くなったのを感じて、周りを気にする。
一緒にランチをしていた同僚を見ると、キョトンとした顔をして成り行きを見守っている。
小声でも聞こえるように顔を近付けて
「君、誰?」
と聞いてみる。
相手は少し宙を見る目をしながら
「うわ〜超絶混乱中じゃん。てか何で秘匿モードじゃないんだ??」
しばらくお互い探るように見つめ合う。
「あー。二人で話せる時間ある?」
聞かれて時計を見ると、もう戻らないといけない時間だった。
「えー。あ〜。もう休憩時間終わるから、仕事が終わってからなら。」
「じゃ都合が良くなったらコールで呼んで。
オーケー?」
待った〜!!
「待った待った。コール?
君の連絡先知らないよ?!」
また宙を見る目をしながら、
「じゃココで待ってるから、ココに来て。」
ココ?まぁわかりやすいか…。
「わかった。多分6時半頃に来れると思う。
何かの時のためにケータイ番号聞いてもいいかな。」
「けーたい番号? いやそんなの無い。
大丈夫、ずっとココに居るから後で。」
話は着いたとばかりにクルリと背を向けて道の端に歩いて行く。
振り返ると、笑顔でひらひらと手を振ってきた。
それまでずっと動かず見守っていた同僚が
「戻ろうぜ」
と声をかけてきた。
「わかった。」
後ろ髪引かれる思いだったが会社への道を急いだ。
途中、
「大丈夫か?トラブルなら俺も一緒に行こうか?」
と心配そうに同僚に言われたが
「たぶん大丈夫。ありがとう。」
と断った。
さっきの人物の事は気になったが、考えるのは後にした。
あの感じからするとずっとあの場所で待っていそうだから、残業なんて事になりたくない。
ジリジリとした感情を抑えて、確実第一で仕事を終わらせた。
ランチを一緒にした同僚にもお疲れさまと声をかけて、約束の場所へ急いだ。
ーー ケーボー ーー
待ち合わせ場所へと足早に歩きながら考える。
ケーボーと言うのはゲーム内でのニックネームで、フルネーム表記だと
ケ=ツゲボー=ボーだ。
歩きながら、一瞬頭を抱えてしまう。
何でも良かったんだ!いつもだったら何も問題は無かったんだ!
新しいゲームを始める時は試しにプレイしてみて、ある程度システムが解ってからやり直すスタイルだったから、その時も軽い気持ちで。
テレビで、美容を心がけている男芸人が
脱毛の話からケツ毛の脱毛の話になっているのを見て
「どれだけケツ毛ぼうぼうなんだよ!」
と笑ったのをそのまま使った。
どうせ後でやり直すし。と。
ゲームスタートしてまだ右も左も分からない状態の時に、運試しにと福引を引いた。
丁度、何かの記念で盛大にイベントが開催されていて 福引なんてちっちゃいオマケみたいな印象だった。
思い返すと、超絶豪勢な景品だらけだったんだけど…福引案内バナーに惹かれて気軽にポチっと。
で、大当たりしたんだ。
今でもチート仕様と言われる、1等の超〜優秀な武器。
「はぁ〜」思わずため息が出る。
この武器を手に入れたおかげで、気軽にやり直しが出来なくなった。
福引の注意事項や武器の仕様を後から読んで、絶対に二度と手に入らない物だとわかった。
まず、福引が一人一回しか引けないものであること。
次に、今回手に入れた武器が5本だけであり、この先どんな記念イベントが開催されても同じ仕様の武器は出さない宣言が成されていること。
それと、この武器が贈与・譲渡・貸与・売買が出来ない仕様であること。
つまり、今回手に入れた5人以外手にする事は出来ず、プレイヤーが引退したりアカウント削除したり飛ばされたりした場合は永久に失われる物であると言うこと。
ここまでの宣言付きって、いったいどんな武器なんだ?って思うよね?
これが超〜優秀な武器なんだ。
一言で言えば、自由に自分好みの武器が作れる。だろうか。
いや違うな。
自由にカスタマイズ出来る武器。だな。
攻撃相手に合わせて、属性や特性を変えられる。
しかも、いつでも何度でも。
この武器一つあれば他の武器は必要ない。
そういうとんでもない武器だった。
それがわかった時は小踊りしながら、
「やり直すもんかー(^^)」とウキウキだった。
問題はその後だ。
「よし!名前変更だ!」と思ったら、
名前が変えられなかったんだよ……。
始める時ザッとしか読まなかった規約を読み直したら、はっきりキッパリ書いてあった。
……ケ=ツゲボー=ボー ………
どうするよコレ(-_-;)
凹みながらプロフィール設定画面を見ていたら、ニックネーム設定が出来る事がわかった!
喜び勇んで飛びついたものの、これがまたクセモノで
『フルネーム表記にある文字の組み合わせのみ』と言う決まりだった。
この決まりがあるからか名前は8文字以上となっていて、スタート時に「長い設定だな」と思ったのを覚えている。
色々組み合わせを考えてみて、最終的に
[ケ]=ツゲボ[ー]=[ボー]→ケーボーにした。
ニックネームはいつでも何度でも変更可能で、ゲームプレイ中に他プレイヤーに見えるのはニックネームだ。
ただ、ランキングでの名前はフルネームで発表されるし、ギルドメンバーにはフルネームを隠せない。
ギルド所属が前提のゲームで、レベル20までは運営が管理するギルドに所属出来る。
所属ギルドを決めきれなかった場合、レベル21になった瞬間にギルドマスターになって放り出される。当然のごとくギルド設立資金を徴収されて。
移籍ギルド探し、頑張ってみたけどダメだったんだ。
曰く「超絶武器持ちが入ると足並みが揃わない」「名前が下品すぎて女性メンバーがひく」
等の理由で。
ギリギリまでねばったけどムリだった。
ある日ダンジョン攻略中にレベル21に上がって、お祝いエフェクトと共にギルド肩書がマスターになり、貯めてたゲーム内通貨のほぼ全額を持っていかれた。
このゲームがここまで強行出来るのは、ぼっちギルドが可能なシステムだからだ。
ギルド成立にはメンバーが5人必要だが、プレイヤーで5枠埋まらない場合は自動的にNPCで枠が埋まる。
NPCのレンタルだ。
自動貸与分はレンタル料が一番安いNPCで、
初級ダンジョン1つクリアすれば4人を軽く1年はレンタル出来る。ただその分能力値は低い。
ギルド防衛を考えるなら別のキャラに変更しないとムリだろう。
レンタルのNPCキャラは幅広く、どのギルドも高レベルダンジョンに挑戦する時は弱い部分をレンタルキャラで埋めて出発する。
もちろん、能力値が高ければその分レンタル料も上がるが。
このレンタルシステムがあるからどのプレイヤーでも、しようと思えばぼっちギルドを運営出来る。ただ、本来であれば高望みは出来ない。
中級ダンジョン、頑張っても上級ダンジョン低レベル辺りを周ってギルド運営がギリだろうか。
武器の調達がある程度終われば、もう少し頑張れるだろうけど…ダンジョンで運の良いドロップが続かない限り、一人で全属性分の武器調達が終わるのってたぶんレベル100超えくらいまでかかる。
で、手に入れた武器だけど。
今でも変わらずチート武器と言われるだけあって、とんでもない強さを誇る。
中級ダンジョンの低レベル辺りまでならソロでクリアが余裕。
盾代わりに防衛特化のNPCを3体連れて行けば、中級ダンジョン全クリアが確実。
上級ダンジョンもバランスを整えればクリア可能で、たまに失敗するかなって感じ。
もう一つ上に超級ダンジョンがあるが、ぼっちギルドじゃ無理。
レンタルNPCの定型アクションじゃ対応が難しい上に、防具がまだ揃ってない。
狙ってる最上級防具に後少しで手が届きそうな所まできているから、手に入れることが出来たらチャレンジするつもりでいる。
とは言え、上級ダンジョンクリアまで出来てしまう特別な武器を手に入れたからか、ぼっちギルドでもめちゃ楽しい。
苦労という苦労も特に無く、個人ランキングはいつも20位以内に入る。
まぁこれはランキングの方式、得点対象がどちらかと言うと少人数ギルドやぼっちギルドに有利な仕様だからだけど。
ギルドランキングは、大人数ギルドに有利な仕様だ。
「あ、居た。」
待ち合わせの場所に着いた。
ーーヨウイチーー
「あ痛!」
ちょっと頭をぶつけた。
周りを見回す。
「初?」
見覚えの無い風景。
マップを見ると画面の端に赤い点滅の⅓だけが見える。
「遠すぎ…名前が見えないなー。行けばわかるか ^^」
走り出す。
近づいてきて名前がわかった。
「お!ケーボーじゃん。」
あとチョイの辺りで点滅が動き出す。
スピードをあげつつ名前を呼ぶ。
「ケーボー!おーいケーボー!」
動きが止まらない。
更にスピードを上げて目の前に来たケーボーの肩をつかみ
「おい!ケーボー!」と声をかけた。
「聞こえてなかったのかよ。俺だよ俺!
いやー参ったよ、誰も居ないエリアに出ちゃったもんだから、誰に呼ばれたかもわかんないし。ケーボー見つけられて良かった〜。」
あれ?何?この知らない人を見るような視線。
「どなたですか。ケーボーなんて人は知りませんが。」
ホントに知らない人扱い??
「え?マジか。
ケーボー以外この辺りに知ってる奴いないし、放り出されたら困るんだよなー。
フルネームで呼ばれるの嫌ってたからニックネームで呼びかけたんだけど。
…。
ケ=ツゲボー=ボー マスターだよな?」
確認しようとしたら急に慌てだした。
「わーー!待った待った!」
真っ赤な顔をしてキョロキョロしているマスターに驚く。
いつもと違うなー。
見た感じも いつもよりヒョロいし。
「君、誰?」
と聞いてきた。
マジっすかー!?
ふとマスターのステータスが目に入った。
「うわ〜超絶混乱中じゃん。てか何で秘匿モードじゃないんだ??」
秘匿モードになっていないステータスにも、混乱アイコンが未だかつて見たことが無いくらいの超絶混乱中を示している事にも面食らいながら、
しばらくお互い探るように見つめ合う。
「あー。二人で話せる時間ある?」
混乱が治まるように、二人でゆっくり話せる場所へ移動した方がいいと判断して聞いてみる。
「えー。あ〜。もう休憩時間終わるから、仕事が終わってからなら。」
了解!
「じゃ都合が良くなったらコールで呼んで。
オーケー?」
慌てた様子で
「待った待った。コール?
君の連絡先知らないよ?!」
と言ってくる。
ステータスに目をやると変わらず混乱中…。
「じゃココで待ってるから、ココに来て。」
「わかった。多分6時半頃に来れると思う。
何かの時のためにケータイ番号聞いてもいいかな。」
なんだそりゃ?
「けーたい番号? いやそんなの無い。
大丈夫、ずっとココに居るから後で。」
混乱中の相手とじゃ話にならないから、言うだけ言って道の端に移動した。
振り返ると混乱中のまま見つめているマスターに笑顔で手を振る。
後ろにいた人物に声をかけられて歩きだす。
知り合い?
歩き去る二人を見送って考える。
いつもと違うなー。
さっきケーボーのステータス見ちゃったけど、
何?あの弱さ。
普段は秘匿モードだから見えないけど、あの弱さはありえない。
武器のステータスはある程度わかるから、それをプラスしたとしても俺より弱いじゃん。
それにしても…。
この辺りはみんな弱いなー。
待っている間、周りの人物のステータスをある程度見て脅威が無さそうなので他の事を試してみる。
自分のステータスは変化無し。
武器の所持は確認出来るけど、出現しない。
「と言う事は、ココはダンジョン内じゃないのか。」
身体能力も試して確認したかったけど、もし目立ってしまってこの場所に居られなくなると困るのでやめておいた。
「6時半頃って言ってたな。どの位余裕があるかなー。」
んー…周辺グルッとしてみるか?あまり離れなければ大丈夫かな。
さっきのステータスのケーボーだと通常移動のみだろうし。
よし!
この場所をマップ上でピン止めして歩きだす。
これでピンがマップから外れない範囲でしか動けない。
「どこか、人目が無くて色々試しても大丈夫な場所ってないかな。」
周りで一番高そうな建物に目星を付けて登る。
(ビルとビルの隙間を斜めジャンプでジグザグに)
見渡してみたけど、どこも人が居て無理そうだ。
「待つのは慣れてるし、ケーボーと合流できるまでおとなしくしてるか(^^)」
もとの場所に戻って暇つぶしに通り過ぎる人のステータスを研究する。
基本レベルに特殊レベルプラスって感じか?
構成が俺のと違い過ぎる。
さっきのケーボーのステータス構成もこのエリア仕様だったんかな?
俺のステータス構成に変化が無いのはなぜだ?
「俺も超絶混乱中になりそうだ(笑)」
ケーボーが来るまでの間、ずっとステータス研究に費やした。
マップの端に赤い点滅が現れた。
「お!来た!」
ケーボーの姿が見えた。
ーートオルーー
「ごちそうさまー」
昼食を食べ終わって店を出る。
前を歩く同僚に誰かが話しかけた。
「……俺だよ俺!……」
知り合いか?
よく聞こえない。
同僚の対応は知らない人の様子に見える。
「………ツ……ボー…」
また何か話しかけている。
ボー??
同僚が真っ赤な顔をして小声で話している。
見つめ合う。
何だ??
「ココで待ってるから」と相手が言って同僚から離れていった。
道の端からひらひらと手を振っている。
何だろう?とは思ったが、休み時間が終わる。
「戻ろうぜ」と同僚に声をかけて歩きだす。
途中「トラブルなら俺も一緒に行こうか?」と言ったが「大丈夫」と言われた。
基本的には、
プライベートな事は、言わない事は聞かないし聞かれない事は言わない
のスタンスで生活しているが。
この同僚だけはチョット世話焼きモードに入るんだよな。
企画会議の時に話の流れから、両親共に早くに亡くしている上に兄弟も親族も居ない天涯孤独の身の上だと聞いたからだろうか。
コミニュケーション能力の低さから、友人も少なそうだ。
最近は一人居るかもあやしいと思っている。
そんな同僚に親しそうに話しかける人物。
でも同僚は知らない風だし…。
……。
普段は全くそういうキャラじゃないんだが、待ち合わせに急ぐ同僚の後を同僚に気付かれない距離を取ってついて行く。
何かヤバそうな事になりそうだったら助けようと思いながら。
「お、居た」
お互い軽く手を上げて近づくのを少し離れて見守る。