老いた英雄
私は、新聞記者。
今日は、伝説の英雄ディラン氏にインタビューすることになっていた。
ディラン氏と言えば、第7次カストラ会戦において、敗戦濃厚の共和国軍を救った救国の英雄である。生涯戦績81勝3敗。そのうち3敗は、すべて敗残処理のために指揮をとった戦いであった。帝国側からは”灰色の悪魔”や”冥王”と呼ばれておそれられている存在だ。
御年81。今ではすっかり好々爺の面持ちになっていた。
「今日は、インタビューありがとうございました」
インタビューの最後に私は、改めてディラン氏に謝意を伝えた。
「ああ、とても楽しい時間だったよ。こんな年寄りの思い出話につきあってくれてどうもありがとう。若いきみには、少し退屈だったかもしれないけれど……」
英雄は、少しだけ悲しそうにそう言った。彼の最愛のひとは3年前に病死しており、ひとり息子はカストラ会戦において戦死している。彼の栄光を共有できる家族はもう近くにいないのだ。
「そんなことはありませんよ。救国の英雄の貴重なお話を聞くことができる機会なんて、大変光栄でした」
「私は、”英雄”なんかじゃないよ」
老人は、そう謙遜していたように見えた。
※
あのインタビューから、私とディラン氏の間には交友関係が生まれていた。
たまに、彼の家にでかけて、酒を飲みながら話し相手になる。そんな関係が、数年続いていた。
「どうやら、妻と息子のところに旅立つ時が、来たようだよ」
ある日、英雄はそう言った。ウィスキーのグラスを持ちながら、私の手は震えていた。
「えっ」
「不治の病というものらしい。もう長くないそうだ」
「そう、ですか」
「なに、悲しまんでくれ。向こうには、家族も友人もたくさんいるのだから」
「ですが……」
「そうだ、身寄りのない老人の頼みを1つ聞いてくれないかね?」
「わかりました」
※
「本日、未明。救国の英雄”ディラン”元帥が、首都病院において死去しました。84歳でした」
テレビのニュースでは、彼の訃報が流れていた。
メディアは、こぞって彼の偉業を褒めたたえた。
”巨星落つ”・”ひとつの歴史の終焉”
そんなワードが、メディアでは飛び交っていた。
私は、彼の遺言を実行する。
彼の財産をすべて、医療大学に寄付しなくてはいけないのだ。
別れの間際、彼はこう言って笑っていた。
「私は、戦場でいくつもの命を奪い、いくつもの若者を未来を失わせてきた。そんな、私が”英雄”なんて呼ばれてはいけないのだよ。英雄は、本来は命を救うべき存在であるべきだ。これで、私も少しは英雄に近づける」
火葬場の煙が、天へとゆっくり昇っていく。




